新年快楽・恭喜發財夜明けに。
濃紺の夜を呟い煌めきで金青へ 。蒼く、淡く白縹に光で染め上げながら金烏が飛び立つ。
本年は爽やかな晴天で幕を開けた。
足元には小さくぱちぱちと、消え入りそうな小さな焚き跡。
白く仄かな煙は、檜より柔らかい清涼感と土臭い苦みの混じった香りを真直ぐに空へ還している。
白朮の名を持つ薬草の香を身に纏い、キンと冷えた清涼な空気の中を歩む。
吉兆縄に移した種火をくるくると振り回しながら、調子外れの鼻唄交じりで母屋に戻る。
電子暖炉の上に飾られたRitual Tea (儀式の紅茶)という名のキャンドルへ燈明代わりに火を入れる。ついでに丸いグラスにシャンパンと水を揃えて置いた。鏡と神饌は省略してもバチは当たるまい。
鬼が設える神棚なんぞ、ブラックジョークも良い処だがこの世に『鬼神』も居るのであれば手づから具えたこの場のご利益は十二分に有りそうだ。
ダイニングテーブルに料理を並べ、ジャスパーエトトレイの中の丸く白いウサギのレリーフを撫でる。
四角形の器に並べたオードブルを『御節』と認識するのは呪術師だろうか?文豪あたりも知見があるやも知れぬ。日本酒に漬けた薬草に顔を顰めるのは迷探偵か。マフィアの彼はファミリーの挨拶伺いを躱して開始時間迄にこちらへ辿り着けるだろうか。
柄にも無くソワソワと、甘い豆のスープに火を入れる。餅は後入れだ。
Say the bells. 玄関のベルが鳴った。
『 I wish you a Happy New Year. 』
◆
程無く集まった同僚達は、ヴォックスの思案通り銘々の騒がしさを纏ってやって来た。
「Xmasの匂いする?!オレンジとスパイス?」
「んへへ。お汁粉あるんだ♪」
「お重のお節料理!そう言えば初音ミクのお正月フィギュアがお節のタグで発売されてるんだよね。是非手に入れようと思ってるんだ!」
「みんな〜!明けましてPOG!!」
ミスタは香りに、甘味にシュウが反応して。アイクはお節どころかコラボレーションに言及し、元気いっぱいに飛び込んで来たルカは硝煙の匂いを落とす為、挨拶後にシャワールームへ駆け込んだ。
乾杯は屠蘇で。ベースが日本酒の為かアブサンより口当たりがまろい。
此れで邪気を屠るとは片腹痛い。と評した私に、昔は猛毒の烏頭(トリカブト)や瀉下薬である大黄を配合して(抗炎症作用や駆瘀血作用もあっただろうが)いたとシュウが教えてくれた。毒を持って毒を制す。とは言うが中々攻撃的な処方だ。
黒豆、長老喜、海老に八頭、手綱こんにゃくに金団。図らず長寿延命と立身出世を願う品。
アイクは酒を炭酸に切替えて鴨のスモークに舌鼓を打つ。毎度思うのだが、ビタミンBの匂いと食事は喧嘩しないのだろうか。
旨いウマイとルカが餅を頬張っている。焼き餅は芳ばしく、電子レンジで加熱した餅はとろとろだ。チーズやら海老やら、何だったらクリームやジャムと合わせても中々イケる。但しソイツは炭水化物のカタマリで、カロリーモンスターだ。傍らで笑っているシュウは教える気が無いらしい。まァ、ルカなら問題無いかも知れん。
さらりとした小豆汁に丸い餅を入れた汁粉を啜りながら、自分の国にもギナダンという甘い、餅を入れた汁物があるとミスタが言う。南国らしくココナッツミルクやバナナも入っているらしい。
晴やかに賑やかに。
嗚呼、今年もこの幸せがずっと続きます様に。
「あれ?ヴォックス寝ちゃったの?」
「結構頑張ったから疲れたのかも」
「沢山呑んでたよ!俺も眠いー!」
「オレ知ってる。休日のオヤジの正しい姿だろ。これ」
皮肉りながら、ココロの柔らかい処に敏感な彼は青翡翠の眼をクリっと廻してヴォックスの前髪に隠れた朱が滲んで居るのを目敏く覚る。
「あー!オレも眠くなっちゃったな」
ミスタは左隣にボスんと座り、さらさらと牡丹鼠色の髪をかき上げ頭を肩に押し当てた。
「今日だけだからね。起きてびっくりすれば良いよ」
アイクは炭酸を置いてひらり、反対側に陣取ると、体躯に似合わずがっしりと肩を支えて新緑のアイオライトの瞳を閉じる。
「ルカ、そこのフカフカのラグ持って来て〜」
「シュウ、毛布も持って来ようよ」
日光の香りと月夜に燻ゆる麝香、対象的な紫の瞳を持つ二人は、3人の座るソファの足元で秘密基地で遊ぶ子供の様に布団を被る。
光の王達は、これから始まる新たな年に微睡んだ。