催花雨(さいかう)Está chovendo hoje. Onde está meu guarda-chuva
(今日は雨だな。私の傘はどこだろう?)
雨の日の記憶は鈍色。
短い夏の前に、冷たい冷たい雨が音も無く降る。
霧が空と街を繋げて、眼の前を白く烟らせ。手を伸ばせば流動する水滴は指の間を擦り抜けて、ひやりとした感覚だけを遺して消えた。
蒼い夜が来訪を告げても、ミスタは其処から動けなかった。酷い倦怠感とドン底に落ちた気分で、いじっているスマホの内容は目が滑って全然理解できない。ささくれ立った神経は眠る事も赦してくれない。
ソファに丸まってスマホをいじり続ける、悲壮な仔狐を見付けたのは、配信を終えてリビングにやって来た就寝前の同居人だった。
内側から光を反射するかの様に、暗闇でも判る金色の眼は、薄青色の室内を一瞥すると、踵を返し、何処かへ去った。
ミスタは背後の気配を辿りながら、あぁ、とため息を吐いて、再度自己嫌悪の生温い思考に沈みかけ…柔らかく滑らかな毛布に包まれた。
「隣のスペースをお借りしても宜しいかな?」
「勝手にすれば」
「失礼。今日は一段と冷えるが、丁度良いホットウォーターボトルが」
そっと引かれ、ヴォックスの膝を枕に寝転がると、身体を撫でているのか、毛布の毛並みを整えるか判らない位の力で、男らしい手が滑っていく。
「雨の日は物悲しい気分になるから、人恋しくてな」
「嘘つけ」
理由を付けてもらって、ようやく身体を緩ませる。やっと何かから目を離す事が出来て、ミスタの長い睫毛が思考の帳を下ろした。
◇
「出かけるぞ」
朝早くに叩き起こされて、回らない頭のまま連れ出された先が、飛行機で2時間って、馬鹿じゃねぇの?
え?電車にも乗るの?ちょ。
「美味い飯じゃないと許さない・・・」
海を越えても雨雲は俺達を解放してくれなかったけれど、小さな街は白い漆喰とタイルを基調としていて明るく、俺たちの住む島国とは違って、雨も陽気にきらきらと発光しているように見えた。
それにしたっていきなり国境超えはねぇよ。上機嫌に先を歩くオリエンタルな黒髪を追いながら、少々げんなりとして大通りに向かう路地を曲がった先には。
虹が咲いていた。
建物と建物の間を埋めるように、鮮やかな傘。傘。傘。宝石箱をひっくり返したように赤、青、黃。ピンクに緑。通り毎に趣向の違う工夫が凝らしてあって。
隙間から溢れる雨も、極彩色のシャワーに変わる。
「これからお前が見る景色は全て、私が彩ってやる。覚悟しておけ。」
気障ったらしい台詞を吐いて、俺の為だけに時間を使ったこの男は、傘の大輪を背に得意然で破顔しやがって。こちらも笑うしか無いじゃないか。
「ばーか」
見上げたアクアマリンの瞳の中で、溢れる色彩が滲んで溶けた。