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「大和警部!大丈夫ですか!?」
後ろから男の人の大きな声が聞こえたので振り向くと、足を押さえて座り込む敢助がいた。慌てて敢助の元へ集まり同じように屈む数名の部下に、「悪い、大丈夫だ」と告げているが、大量に汗をかいており、無理をしていることは一目瞭然だった。
詳しくは知らないが、先の事件で負った傷だということはわかる。杖を使わないといけないほど足が悪いのに、何時間もあの鎧の中で動かずに待っていたのだとしたら、足に相当負荷がかかっているのでは…
「敢ちゃ…っ」
部下に支えられながら立つ敢助の元に、すぐに駆け寄りたかったが、由衣にはそれができなかった。今はまだ虎田家の嫁という立場で、敢助の幼なじみでも部下でもない。そんな自分が敢助の元に行く資格などないのだと、由衣自身が1番良くわかっていた。
本当は駆け寄りたかったのに、声をかけることも、支えることもできず、ただその場で遠くなる敢助の背中を見つめることしかできなかった。
それが悔しくて、由衣は自分の腕を痛いくらいに握りしめていた。
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もう会うことはないと思っていた敢助と事件をきっかけに再会し、敢助に戻ってこいと告げられ、由衣は刑事に復帰した。
刑事に戻ってから敢助と行動を共にすることが多かったが、敢助はいつだって無茶ばかりする。助かる命があると思えば後先考えずに行動するし、犯人確保のためならどんなことだってする。なんと言われようと、常に心配が絶えなかった。
しかし、ただ見ていることしかできなかったあのときとは違い、真っ先に敢助の元へ行くことができるようになった。こんなことを思うのは筋違いだとわかってはいるが、それが嬉しいと、この場所は誰にも譲りたくないと、由衣は思っていた。隣にいられるだけで満たされるし、ここに戻って来ることができ一緒に過ごせる時間こそ至福のときだと思っているから、それ以上は何も望まなかった。
野辺山で起きた事件を追っているとき、発作に苦しむ敢助を何度も目にした。
もう無茶なことはしてほしくない。敢助が死んでしまったかもしれないと、あんな身を裂くような思いをするのは二度とごめんだ。そう伝えたかったのに、話が違う方に向かってしまい、つい声を荒らげてしまった。痛い思いや辛い思いを、もうしてほしくないと、ただそれだけを言いたかったのに…
犯人に命を狙われ車から逃げ出す際、敢助の杖に気を取られていたら、強い力で手を引かれた。こんなときですら、由衣を守ることが第一で、伸し掛る重みに胸が痛くなった。
雪が積もった山道を普通に歩くことだって過酷だというのに、今の敢助の身体では1歩進むことだって堪えるに違いない。片足を思ったように動かすことができず片目が見えない中で、犯人にも気を配らなければいけない。肉体的な負担だけでなく、精神的な負担も大きいはず。
怪我をする前の敢助は走るのも速く体力もあり、銃の腕前だって優れていた。この状況に陥り、どんな苦しい気持ちやもどかしい気持ちを抱えているのか、由衣は想像するしかできない。見上げた敢助は尋常ではない汗を流していて、グッと唇を噛んだ。
心も体も滅入ってしまいそうなのに、敢助は絶対に言い訳をしないし、諦めたり下を向いたりもしなかった。いつだって冷静で、すぐに状況を把握して判断を誤らない。どうしてこんなに、強くいられるのだろう…
敢助の痛みを由衣は知ることができない。それならば、この人を支えたいと思った。不自由な片足と失ってしまった左目の代わりになれるくらい強くなって、今度は自分が敢助を守るのだと、由衣はこのとき固く誓った。
それなのに、結局自分は守られてばかりだ…
「ずるいよ、敢ちゃん…」
移動観測車から敢助の胸に飛び込んだとき、抱きしめられた腕の強さが今でも忘れられない。自身の足のことなど考えもせず、安定しない車の後部座席に立ち大きく手を広げてくれた姿が、名前を呼んでくれた声が、まっすぐ見つめてくれた力強い眼差しが、焼き付いて離れない。
あんなことをされて、期待しない人がいるなら教えてほしい。
「すき……」
口からぽつりと零れ落ちる。隣にいられるだけで良いとか、そんなの綺麗事だ。
幼い頃からずっと、敢助に伝えたい想いがある。同僚でも幼なじみでもない、敢助にだけ抱いている特別な感情を、長い間胸にしまっていた。
一度は諦めてしまったが、やはり消すことなんてできない。どんどん膨らんで溢れてしまうから、もう隠すなんて無理だ。
いつか、伝えるから…だから、そのときは-……
fin.
読んでくださってありがとうございました。
前半のtrdが書きたかったのです笑