「ふーちゃん、この世で1番うざいものって何かわかる?」
放課後、隣のクラスに浮奇を迎えに行けば、開口1番に始まるクイズ。机に散らばる筆記用具をポイポイ可愛い筆箱に突っ込む浮奇は、質問とは裏腹に機嫌はそこまで悪くなさそうだ。
「う〜ん。前髪が決まらない時とか?」
「うん、それもある」
訳知り顔で頷く顔は真剣さに溢れていて、重要な会議にいるかの様な気持ちになる。
「それもか…正解は?」
「正解はね〜5限のプール」
「あぁ……」
言われてみれば、教室には塩素の香りが微かに漂っている。
自分が声をかけるまで、古文の教科書を枕に爆睡していたのはそれが原因か。
「プールがあるのにドライヤー持ってきちゃダメなの頭おかしいでしょ」
今は夏とはいえ、自然乾燥なんてしようものなら大変なことになるだろう。
紫の髪に手を伸ばしてみると、プール上がりにしてはサラサラした髪が指を流れていく。
「にしては髪が綺麗なままじゃないか?」
「まあね。サボったから」
「そうか……」
ならさっき爆睡していたのもただ眠かっただけか……
「ふーちゃんとのデートで髪が死んでることの方が考えられないもん!行こ!」
鞄を引っ提げて教室、学校をでる。
下駄箱で知り合いに声をかけられながら、なんの変哲もない校門を通る。
この校門、セキュリティ上なんの問題がない様に見えて、アルバーンが夜忍び込んだ時は、正々堂々門をよじ登ったというのだから笑えない。
そんな学校から駅までの歩き慣れた道を進めば、ランニング中の運動部とすれ違った。
「あれ何部だろうな?」
「さあ……サッカーとかじゃない?もうすぐ試合なんだってよ」
「ああ、サッカー……
思い出したんだが、浮奇と付き合ってるとかなんとかって噂の奴がいなかったか?」
「うげ。ふーちゃんにまで話がいってるの?あっちが勝手に勘違いしただけだし」
「勘違いする様なことするからだろ」
肩をすくめて見せれば
「何のことだかうきわかんなーい!」
ぷくっと膨らむ浮奇のほっぺた。
軽く怒るような仕草で言葉が続けられる。
「そもそも、勘違いだなんだをふーちゃんに言われたくないんだけど!?」
……?
ああ、あの事か
「ふーちゃんも何のことだかわっかんないなぁ?」
揶揄れば、またまたプクッと膨らむ浮奇の頬。
思わずツンツンすると普通に嫌がられた。可愛いのに。
「誤魔化さないで。後輩に告られたの知ってるんだからね」
流石の情報網に舌を巻く。
学校で浮奇が把握できないことなんてないんじゃないのか?
「あ〜文芸部の後輩からの告白だろ?ちゃんと断ったよ。そもそも勘違いとかじゃなくて、」
「は?」
「え?あっやべ」
「部活でも告られてたの?委員会だけじゃなくて?」
ギリリと釣り上がる眼に要らぬ墓穴を一つ掘ったと自覚する。
前言撤回。浮奇にも知らない事はある。
あった。今はないっぽい。
「ふーちゃんと付き合ってるこの浮奇・ヴィオレタを無視するなんて良い度胸してるじやん」
1つ厄介な事がバレた辺りで駅に着き、いつもの帰り道と反対の電車に乗る。
電車内でボリュームが下がったとはいえ、浮奇の追求は止まらない。
「これ以上変な虫がつかない様にどうにかする必要があるよね」
「どうにかって大袈裟な。浮奇がよく告白されるのはともかく、今回のは偶然だよ」
「あのねぇ、ふーちゃんはね、自分の魅力をもっと客観視するべきだよ」
こんこんと説き伏せられた所で自分は浮奇のようにはなれないという結論にしか至らないのだが、浮奇はそうは思っていないらしい。
「不安だよ、ふーちゃんの1番は俺だからね!!」
「心配しなくても1番だよ」
小さく言い合いをすれば駅まであっという間だ。
「あ〜どっち行けば着くんだっけ?」
「方向音痴。ここ何回も通ったでしょ」
「真の方向音痴は道を覚えていても何故か目的地につかない。なら、自分は記憶さえすれば着けるだけ上等じゃないか?」
「じゃあ道筋覚えてよ!」
なかなか道順が覚えられないのは単に浮奇との話が盛り上がっているだけなのだが、まあ割愛しよう。
浮奇について行けば無事にショッピングモールに着いて、冷えた室内の空気にほっと一息ついた。
「何だっけ、今日ふーちゃんの好きな本が発売日なんだよね?」
「そう、ずっと待ってたんだ。取り置きもしてもらってる。」
「オッケー。長くなりそう?」
「いや、そんなには。でも、待たせるのも悪いし…何か欲しい本あったか?ないなら、他の店で待ってていいぞ?」
「う〜んそうしよっかな。右隣のお店にいるね〜」
◇◇
トラブルなく目当ての本をゲットする事ができた。いつ読もうか、わくわくが止まらない。
「さて、浮奇はっと……」
右隣、右隣……の、店は下着屋だ。
「あ、ふーちゃん本買えた?」
「ん、ああ、おかげさまで」
「よかった~。そうだ。ふーちゃんどれが好き?」
「え?下着?」
「そう」
そう、ではない。何当然のようにうなづいてるんだ?
「え、えーと」
急に話題を振られ、困窮する。
てっきり、「これ、似合う?」とでも聞かれるものだと思っていたので。
それに、種類…種類が多い!
「これとか…かな」
手に取ったのは普段着ているものより可愛らしいような…フリルがついた淡い色合いのものだ。
「えー可愛い!」
「いや買わないぞ?ただ選んでみただけで」
「まあまあそう言わずに」
鏡の前まで連れていかれ、浮奇の前に立たされる。
「想像してみて、これを着て、ふーちゃんはベットにちょこんと座ってるの」
「な、」
「後ろから、手が伸びてくるでしょう?」
「ゆっくり脱がされて、ふーちゃんはどう思ってる?恥ずかしい?興奮する?」
浮奇にどろどろにされた休日がフラッシュバック。
思わず、ゆだりそうになる頭から必死に煩悩を振り払う。
「わか、わかった。買うから、この話は終わりだ……!」
レジに並び、買い終わるあたりで肩に手を置かれ、再び囁かれた。
「えへへ。エッチするときそれ着けよーね?」
「な、ぐ、〜〜〜!も、もう買ったんだから行くぞ!他に買いたいものあるのか?」
「えーーと…あ!あるある!」
◇◇
「ふーちゃんネイルしないの?」
またまた浮奇に連れてこられたのは化粧品エリアだ。
「綺麗だとは思う…でも爪に塗った後の色と瓶に入ってる色ってなんか違くないか?」
「重ね塗りとかするとまた変わってくるよ〜。興味ないわけじゃないなら今度塗ったげる!」
何色がいい?と聞かれ、やっぱり答えに困る。何でこんなにも種類があるんだ。
ピンクだけで5個くらいないか?
「ふーちゃんならなんでも合うと思うけど」
「なら……浮奇と一緒のをつけてみたいな」
今日の浮奇の爪は綺麗なラベンダーで彩られている。
ぱぁ、と明るくなった顔をみて、何だかむず痒くなった。
◇◇
「今日はありがとうな!また明日…じゃなくて月曜!」
「え、ふーちゃん家泊まってかないの?」
「えっ?」
初耳だが。
「何その顔。思い立ったが吉日でしょ?ネイルしてあげるよ。
それにさ、下着も着るっていったじゃん」
「え、いやそれはいつかの話で今日というわけではないような、」
「問答無用〜」
半端引き摺られるように手を引かれる。
これから起こるであろうお泊まり会を想像して、楽しさと焦ったさでファルガーの心臓はきゅう、と音をたてた。