早朝ハプニング!とある日の朝、
ファルガー・オーヴィドはソファに腰掛け優雅にお茶を飲んでいた。
雲一つない快晴の空、爽やかな目覚め、じゃんけんには勝って朝ご飯のパンも兄が買いに行っている。
ひとつゆっくりと溜息をつけば、久しく感じることの無かった穏やかな充足感が体の隅々に行き渡る。
今日はさぞ穏やかな日になるに違いな
「ファル!このクソ野郎と付き合ってるって本当なのか!?!?」
リビングまで届く大声と、蹴破られんばかりの勢いで開けられたであろうドアの悲鳴。
いつもより少々荒いお帰りに面くらいながら玄関まで迎えに行こうと立ち上がって、兄の質問に答えようと頭をまわ、
まて、兄は今何と言った?
付き合っ、いや、一度も話したことは無い、よな!?
「ど、ど、何処で聞いたんだ兄さん!!!」
「ご本人様の口からだよ!」
ドダダダ、とリビングに勢いよく入ったファルガーの兄、レガトゥスはずい、と持っていた物、いや人を差し出す。
そこには朝ご飯の焼けたてパン…ではなく、猫よろしく襟首掴まれたヴォックス・アクマが引き摺られていた。
鬼の口が開く。
「おはようmy sweet 。お兄様にこの手を外すよう頼んでくれないか?」
何でヴォックスは優雅に喋っていられるんだ…?
首が締まっているだろうに余裕しゃくしゃくの態度を崩さないヴォックスと、それを射殺さんばかりの眼光で睨むレガトゥス。
2人の状況と先程の発言。あまりの情報過多でショート仕掛けの頭から、ファルガーはなんとか言葉を絞り出した。
「あ、あー…兄さん?まず、おかえり… あと首が締まってるのは、流石にまずいと思うぞ……」
一瞬きょと、と首を傾げられたが、
すぐ、確かに、という表情をして挨拶を返された。
「確かにただいまを言うのを忘れていた。ファル、ただいま」
「ああ、おかえり…」
「何か家でトラブルはあったか?」
今この瞬間がトラブルそのままだよ、と思わず独りごちる。
レガトゥスは朝ご飯の用意をするのか、ヴォックスを一瞥もせず、ぽい、と乱雑に手を離した。
自由になるいなや、ヴォックスは我が物顔でソファを占領する。
彼はどこまでも呑気だ。
「お帰りは俺に言ってくれないのかファルガー?」
「え、ああ、おかえ」
「クソ悪魔。此処はお前の家じゃない。あと勝手に座るな」
「ご丁寧に招いてくれたのはそっちだろう?ファルガーパン食べるか?」
取り出した紙袋はレガトゥスが買いに行ってくれたパン屋の物。
どうやら本日のハプニングの起源はそこらしい。
パン屋で言い合う兄と恋人の姿が余りにも想像しやすくて、出禁になっていないか心配になる。流石に店に迷惑はかけないだろうが…
そんなことを考えているうちに、兄は横から袋を奪い取っていた。
「話を逸らそうとするな。交際している、というのは本当かと聞いているんだ」
ソファの真ん前に立ちはだかり、ヴォックスを上から見下ろし話すレガトゥス。
なかなか迫力があるが、そんなオーラを意にも介さないヴォックスは流石というべきか。
喧嘩の経験が豊富だ。
「だから真実だと何回言えばその故障しかけの脳にデータが入るんだ?」
「お前の言葉は何一つとして信憑性が無いからこんな事になっているんだ、なあファル」
ゆるり、と再びレガトゥスの頭がファルガーの方を向く。
「本当か?」
「あ、いや、その、うん」
気まずい。
助けを求める様にちら、とヴォックスを見ると何とニコニコ満面の笑み。こいつこの状況を楽しんでるな!?
大丈夫だ。やましい事をしてる訳じゃない。ただ、今まで話して無かった罪悪感が…
「あー--。その、うん。付き合って、る、」
「? ……マジでか?」
パカ、とフレーメン反応を起こした猫さながら開かれるレガトゥスの口。
ふふん、と勝ち誇った顔をするヴォックス。
思わず頭を抱えるファルガー。
固まった空気の中、最初に口火を切ったのはヴォックスだった。
「だから言ったろう? お前の過保護っぷりが酷いからファルガーも教えてくれなかったんじゃあないのか?とっくに弟は兄から卒業している事実を認識したくないようだがね」
その後もしばらく大回転したヴォックスの口に対して、
からからの喉から搾り出した声でレガトゥスは呻く。
「いつ何処で俺の弟をたらし込んだ…」
「お兄様と違って趣味が良かったんだな」
「今すぐ、その、気色悪い呼び方を止めろ」
「ははは、もう実の兄みたいなものだろう?なあ、お•に•い•さ•ま?」
ビキ、と兄の額に青筋が浮かんだ。
一段と目が据わって、腕を振り上げ殴る寸前の状態に
「わーまてまて!」
殴る3秒前状態の兄をどうにか引き剥がす。
「ヴォックス紅茶飲むよな!?俺らで淹れてくるからちょっと待ってろ!」
強制的に台所までズルズル引き摺れば、抵抗こそしないものの百人中百人が不機嫌だと分かるオーラを醸し出す兄。
「落ち着け兄さん、な?」
まだ怒りが収まらないのかぶるぶる震えながら
電気ケトルに水を入れる様は、ファルガーが見た中で2番目に混乱している兄の姿だった。
「いいか?ファル、俺は今誰よりも落ち着いてる。落ち着いてる。神に誓える! というか、大体なんでヴォックスなんだ?? あいつの良さなんて顔と声がいいだけだろうが!」
鬼を罵倒しまくるレガトゥスに、
顔と声は良いと思ってるのか…なんて呑気な感想を持ってみるが、兄の悪口は止まらない。
「大体、過去の奴らはいつだって未来の人間が踏む土だ。古臭い奴なんて願い下げだね」
ガチャン、とケトルの電源を荒々しく付ける姿は酒を飲んで悪酔いした兄を思い出させる。
想定内と言えば想定内なのだが、心の芯から気に食わない奴と弟が付き合ったならやはりいい気はしないだろう。
俺だって兄が誰かと付き合うってなったらそれはもう驚く。
どうしたものか…
「ああ、ファル。一つ言い忘れてた」
「何を?」
「………別れろなんて絶対言わないから安心しろ。………………これは本人達の自由だからな。」
……兄のこういう所が好きだ。
どんなときも個人を尊重してくれる兄。
過保護な所はあってもいつも助けられて感謝しているのだ。
…ただ、今回は苦虫を噛み潰しまくった様な顔になっているけれど。
「あはは、兄さんがそんなこと言わないのは最初から知ってるよ」
「なら、どうして教えてくれなかったんだ?俺は少し寂しかったぞ。反抗期か?」
「それは…」
「色々面倒臭そうと思ったからか?」
ぶっちゃけそれもある。
が、
「その、ヴォックスは俺の事なんてすぐ飽きると思ってたから、兄さんにわざわざ言う必要は無いな、と思っただけなんだ」
俺から告白して、付き合えることになったヴォックス。
付き合ったはいいものの、いつも一枚上の彼を見ていると、どう頑張っても、一端のサイボーグと400年以上生きた鬼では年期が違うと思い知らされる。
デートだってなんだって完璧すぎてこっちが困ってしまうのだ。
「はぁ????」
「だから言ってなくてごめん…」
「そっ、そこじゃえねよこの馬鹿!!!」
「え?」
「お前は誰の弟だ!?アイツをファル無しじゃ生きていけないようにしろ!」
肩をガクガク揺さぶられる。
「いや、でも」
ヴォックスに敵わないと思うのは惚れた弱みだからだろうし。
「俺じゃあ出来ないと思うんだが…」
「できるできないじゃなくてやるんだよ!!!!」
割と大きめの声で話していた2人だったが、お湯の沸いた音に紛れて、レガトゥスの叫びはリビングまでには聞こえていなかったらしい。
その後ヴォックスをもっと惚れさせようとする大作戦があったとか無かったとか……?