永久に「ちょっと、遅くなっちゃったな…」
夕方のセールタイムを狙って、スーパーへと買い出しに行った暁人がアジトへと戻ってきたのは、七時近い時だった。合鍵で玄関を開ける。玄関から、KKの革靴が今にでも歩き出しそうだ。リビングの明かりに忙しいと言っていたのに帰ってきたのかと、食料が詰まり、重くなったエコバックを抱えなおす。
「ただいま」
スニーカーを揃えて脱ぎ、歩き出しそうな革靴を整え、隣に並べる。スリッパを取り出し、履き替えた。先に買ってきた食料を仕舞う為に、キッチンに入り冷蔵庫を開ける。アジトの面々は頻繁に買い物に行かないのがわかる。冷蔵庫の中は空っぽだ。調味料と栄養ドリンクしかない。不健全な中身にため息が出てくる。
「後で夕飯作らないと…」
キッチンを後に、リビングの扉を開け、中へと入ると、室内には誰も居らず、暁人は首を傾げる。
「KK?」
周囲を見渡すと、ベランダのカーテンが揺れている。開いた隙間から、風に乗り、煙草の臭いが鼻を擽る。ソファの上には脱ぎ捨てられたトレンチコートがかけてある。
「ただいま」
「おぅ」
ベランダの扉をゆっくりと開け、室内のスリッパからサンダルに履き替える。フェンスに背を預けたKKが煙草を吹かしていた。室外機の上にはいつもの倍の量の吸い殻がのっている。額に皺が寄り、目元に薄く隈が見える。少しやつれた顔つきに心配になった。
「疲れてる?」
「あ?ああ、まあな…」
素っ気ない返事が返ってくる。放っておいてほしいと態度で示してくるKKを気に掛ける。身体に悪い物質を深く吸い、深く吐く。服の上からもわかるほど胸が上下している。相当深く吸い込んでいる。
「KK」
「ああ…」
「KK!」
「あ”ん?」
口から煙草を離し、険しい顔でこちらに視線を寄越す。出会った当初なら、ここで尻ごみしただろう。人殺しでもしそうな悪人面だ。
「禁煙しない?」
「あ”?」
「吸いすぎ、ストレス溜まってるのはわかるけど、煙草を安定剤にしないで…」
「……」
向けていた視線を逸らし、火が付いたままの煙草に再び咥える。気まずそうな顔が横顔からもわかる。
「別に、安定剤にしてるつもりは…」
「してるよ」
「……」
「僕さ、KKには長生きしてほしいよ…おじいちゃんになっても、傍にいてほしい…」
フェンスに肘を置き、身体を預け、星が見えない都会の夜空を眺める。KKは黙ったまま、視線だけが暁人に向いている。
「KKが早死にしたら、僕、ずっと独り身だからね!」
「…お前」
「新しい人なんて、絶対探さないから!」
「……」
「僕にとって、一番大切な人はKKで、KKの代わりなんて絶対居ない…」
永久に傍に居たい。人として当たり前の感情で、でも大切な思いだ。共にあの夜を駆け抜け、相棒となり、恋人となり、今を一緒にいるだけでは足りないと思う暁人に取って、死んでも離れたくない気持ちは少し強欲かなと思いつつも、KKには知っていてほしい。
最後の方はぼそぼそと呟くように告げれば、ちょっとだけ女々しいかなと、思わずフェンスの上に頭を伏せる。腕で顔は隠れているが、赤い耳が見える。
「……」
「ん」
「え?」
短いKKの声に、顔を上げる。吸っていた煙草を消しながら、もう片方の手が暁人へと伸びている。煙草の箱が握られていた。
「KK?」
受け取り、中身を覗くと、半分以上残っている。
「一緒に居たいんだろ?なら、長生きしないとな…」
そう言って、KKは嬉しそうにほほ笑んだ。
『永久に』