若者のすべて 夏になると、花火が上がる。それはこの国に住んでいる人間ならば当然のように受け入れている風物詩である。誰しも子供の頃に親に肩車をしてもらいながら、あるいは友達と浴衣を着て綿菓子を食べながら、夏の夜空に咲く大輪の花を眺めたことがあるだろう。
しかし、五条悟は例外だった。特殊な育ちゆえに一般的な行事ごとをあまり経験したことがない彼は、ある時「俺、花火大会って行ったことねーなー」と呟いた。そしてそれを聞いた呪術高専の同級生たちは、「じゃあ今年はみんなで行こうか」と提案し、彼は晴れて友人との花火大会を初体験することになったのである。「みんな」とは五条、同級生の夏油と硝子、そして五条が片思い中の先輩——庵歌姫の四人で、という意味だ。
「さて、そろそろ行こうか」
着たばかりの黒の浴衣の合わせを整えながら、夏油は五条にそう声をかけた。五条も「ん」とだけ返事をする。五条は紺色の浴衣を身につけていた。二人で連れ立って寮から出て、高専の正門へと向かう。そこで硝子と歌姫と待ち合わせをしているのだ。
「花火大会なんて私も久しぶりだな。楽しみだね」
「って言ってもなー。空に火の玉が上がるだけだろ。一瞬で消えちまうもんの何がそんなにいいんだよ」
「わかってないねえ悟。儚いものだからこそ、人は美しいと感じてそれを愛でるんだよ。それに、他にも楽しみはあるだろう?」
夏油は意味ありげににやっと笑いかけてくる。「楽しみ」が何を指しているのかを五条は十分承知していた。
「……別に、歌姫まで誘わなくても良かったのに。うるさいだけだろ」
「まあまあ。好きな人と花火大会に行けるなんて一生のうちでそう何回もあることじゃないんだから、素直に楽しみなよ」
「だから俺は歌姫のことはなんとも思ってねえって」
「あ、二人とももういるよ。おーい、お待たせ」
五条の言葉は無視して、夏油は正門前にいた硝子と歌姫に向かって手を振った。五条も二人の方に顔を向けると、その姿を見て思わず息を呑んだ。
「あら、あんたたちも浴衣着てきたのね」
「せっかくなんでね。二人とも可愛いですね。ね、悟」
「あー……」
硝子と歌姫の二人は、色違いでお揃いの浴衣を着ていた。硝子のものは紺地にピンク色で、歌姫のものは白地に紺色で朝顔の柄がついている。歌姫は普段とは髪型も変え、長い黒髪を簪を使ってアップにまとめていた。うっすらと化粧もしているらしく、薄桃色に染まった頬が愛らしかった。
「……馬子にも衣装、って感じ」
五条は内心どぎまぎしながら、辛うじてそれだけを口にした。
「ふん。どうせそう言うだろうと思ってたわよ」
歌姫は五条を睨みつけながらそう言った。硝子はそんな歌姫に向かって宥めるようにこう言う。
「こいつガキなんで、放っときましょう。先輩はめちゃくちゃ可愛いです」
「硝子もすっごく可愛いわよ」
「はいはい、それじゃそろそろ行きましょうか」
夏油の一声で、一同は高専最寄りのバス停まで歩き始める。二人できゃっきゃとはしゃぎながら前を歩く女子二人の後ろを歩きながら、夏油は五条にそっと耳打ちした。
「もっと素直に褒めればいいのに。あれじゃますます嫌われるよ」
「……うるせー」
そう言いながら、五条は前を歩く歌姫の白いうなじに目を奪われずにはいられないのだった。