来世兄弟7「月末恒例家族会議始めまーす」
「はーい」
「お願いします」
今日は5月の最終土曜日。記憶が戻ってからは月一くらいは顔を合わせて話合おうと決めていた。青宗が中学に上がるとリズムが変わったから、毎月最終土曜日と定めた。今日で2回目、司会は順番に次男のオレ、隆が務めまーす。
なにか変わったことがあった、とか不安なことや、学校行事の連絡をしたりする。一応親権を持っている親戚に報告することが無いか、それをまとめたりするのもこの会議で。一応な、親権持ってるんでね。あっちがオレたちに興味が無くてもね。
「何かあるやつ挙手で」
発言は順番じゃなくて挙手制。何もねえやついるだろうし。
「いい?」
「はい千冬どうぞ」
1番手は千冬。この前ちょっと泣いてたんだよな、大丈夫だったんだろうか。理由は知らねえけど何か迷ってたら吐き出させてあげたいし。
でもスッキリしているようにみえるから、多分大丈夫だろうけれど。
「えーっと、最近ちょくちょく武道置いてどっかに行ってるんだけど」
「そうだね」
「知ってる」
え、まってオレそれ知らねえわ。つか千冬が武道置いて行くって相当じゃねえ? お前らずっとべったりだったじゃん。
しかもなんでオレだけ知らねえんだよ。武道は兎も角青宗は何故。
「オレは武道から聞いてた」
「際ですか」
……なんかちょっと悲しくなってきたな。
「違うって、たか兄を省いてるわけじゃなくて言うタイミングが!」
「……うん、わかったありがとう千冬。続きをどうぞ」
オレの顔色を見て何か思ったのかすごい勢いで補足が入った、大丈夫気にすんな。ちょっとだけだからダメージ受けたの。ちょっとだけ。
でもこの会議で出すってことは言ってくれるんだろう、今から概要やらを。
「えっと、オレ最近行ってる場所があって。ペットショップなんだよ」
武道たちは驚いた顔をしていたがオレは納得した。多分あの日からだな、って。里親募集のやつを見て猫でも見に行ったんだろう。
後から知ったけれど、里親は審査が厳しいらしい。千冬はそれを知っていた。で、猫を見るためだけにショップに行っていたというところだろうか。あくまでも予測。
「でさ、そのいくつか回ったうちの一つが……場地さん、の店だったんだよな」
絶句した。言葉が出なかった。武道も口が開いている。
正直その考えすら思い浮かんで無かった。この世界だと場地は東京卍會の専務をしているっていう固定概念があった。あいつペットショップやってんの!? 専務やってる傍ら!? んな器用じゃねえだろ。
「あ、いや偶にくるオーナーみたいな、そんな感じの。常に居るわけじゃ無くて」
……あ、そうだよなビックリした。場地にマルチタスク無理だろって思ってるから。失礼かもしれねえけど。
「でも結構見てるかも。週3くらいは」
訂正する。場地これ専務の仕事してねえだろ。ずっと店にいるやつだろ。誰だよ場地を専務にした奴。言い換えれば場地が常に居なくても会社が回っているということで。それはそれでどうなんだ。
ほら武道も何が言いたそうな目をしてる。
「あれ、千冬。場地とそんなに会っててなにも無いんだ?」
ちょっと不思議だった。結構な回数会っていれば場地のことだから気付く可能性あるとは思うから。千冬のことは一等目にかけていたと思うし。
「まあ……黒髪のオレとは場地さん会ったことねえからな」
そういえばそう、だったかも。場地が最初千冬を連れてきたときは既に髪は金に染まっていたような。それ以降ずっと金髪だっけ、この軸では。場地が死んでしまったときの世界では社会人になってからは黒髪になってたな。その千冬を知らなければ気付かないってこともあるかも。
……いや、普通だったら気づきそうかもってちょっとは思ってるけど。なんだろうな、実際の様子を見てないから千冬が頑張ってたりして。
「と、こんな感じで一応報告。あとは特に変わったことはない」
「ん、分かった」
正直これがどうなるかは分かんねえけど、千冬がやりたいようにやってくれりゃ良いわ。なんか悩んでたようだったし、それもふっきれたみたいだから。
「ペットショップ通ってるってことは猫飼いたかったりするの?」
「あ、あー……うん、えーっとな」
武道の問いにしどろもどろになる千冬。
「飼いたい、とは思うけど……やっぱり金かかるしさ」
やっぱりそれ、なんだよな。金。パーッと贅沢したくても出来ない。特に生物を飼うことなんて、余裕がなかったらその子が可哀想になってしまうから。
千冬の顔が少し曇る。武道も。あー、お前たちにそんな顔させたくねえんだけど。……どうしよ。
「はい」
ここで今まで静観していた前回司会で長男の青宗が手を挙げる。珍しい。大体見ていることが多いから。どうぞ、と促す。
頼む流れきってくれ。
「最近常々思ってたんだが、スマホ欲しくないか」
「欲しい、って言えば欲しいけど」
千冬がそれも金かかるよな、って顔してる。わかる。
でもスマホ、な。周りの学校の友人たち、みんな持ってんだよな。時代の変化か1人1台は当然とでも言うように持っている。持っていないって言った方がビックリされるというか。
それにスマホってのは契約するものだ。本体だけあっても意味がない、通信会社との契約が必須になる。未成年者の契約には親の同意が必須だ。……親権者の。
「持てねえだろ、契約ができねえ」
契約がそもそもできないのだから。オレたちの親権を持つ大人はオレたちに興味がない。もしかしたら手当の金だけ貰ってるかもしれねえけど。
オレたち家族の通帳は増えたことはない。減るばかりだ。
「そう、契約ができない。親権者の同意が得られないからだ」
青宗も分かってんじゃん。じゃあなんでそんなこと言ってんの?
「金についてはまあ置いておく。金は常にオレたちに付き纏うからな。最悪オレが中卒で働けば良い」
……いや、今聴きづてならない言葉が聞こえたんだが?「いやいやいや青宗お兄さま!? それは辞めましょ!?」
「なに言ってくれてるんですかね青宗お兄さま!!!」
武道と千冬が椅子から立ち上がって詰め寄った。顔が近いのにビクともしねえ青宗。双子は本気で問い掛けたいときや茶化すときに“お兄さま”って呼ぶんだけど、どっちの意思でいってるか分かんねえから辞めろって言ってるんだが。まぁ今回のは本気のやつ。
「オレも同意。中卒は辞めとけ、双子も真似して中卒になる可能性あんぞ」
「それは……駄目だ」
「じゃあ青兄は高校行きますよねぇ!?」
「冗談でも中卒はやめてほしい、マジで。オレたちに投資してくれるのは有難いんだけど自分を蔑ろにするの辞めて」
千冬の投資って言葉に少しドキッとした。そっか、投資……そう考えることもできるのか。ちょっと引け目に思ってるのか。
でも双子にはのびのびとして欲しい、好きなことをしてほしいっていうのはオレと青宗の総意だから変わらねえ。だから多分、双子優先も変わらないと思う。
「わ、悪い」
青宗のバツの悪そうな顔。珍しい。思わず笑いが漏れた。
「隆何かあんのか」
「いーや何も? 話の続きがあればどーぞ」
不服そうな顔してる。最近表情割と変わるようになったし、なんとなく分かるようになってきた。半年も経ってるんだからそりゃそうだと言ってしまえばそうなんだけど。
「……続きだが、スマホが要るにしても契約が必須、それには親権者の同意が必要。金の話は抜きにしても、立ちはだかるのは“親”だ」
「でもオレたちの親権持ってる人って……」
「全然会ったことねえしそもそもオレらに興味が無えだろ」
「そうだ」
会ったことなんて、この身体に記憶やオレたちの意志が入ってから1度だけ。青宗が中学に進学する為の手続きの為でしかない。それだけやってすぐに帰っていった。
興味がない、っていうのはオレたち全員思っていること。
「だから親権をどうにかする」
いや、いやいやいや。
「どうにかするってどうやって!?」
決め顔で青宗が言うものだから次はオレが詰め寄った。
青宗が口を開こうとしたとき。
にゃあ。
……?
「ねこ?」
「ねこ、だね」
自転車置き場、庭と言っていいところから猫の鳴き声がした。
千冬が庭を見ることができる窓から覗く。
「どう?」
「いる!」
すぐに見つけたらしく千冬は玄関の方に駆けていった。武道も続いていく。
オレもちらっと覗くと首輪をした猫が居た。飼い猫だ。
会議は一時中断となったのでオレも行く。青宗も着いてきた。
玄関に行くと千冬はもう靴を履き終わって立ち上がっていた。玄関の鍵を開けようと手を掛けている。
ピンポーン。
それと同時にチャイムが鳴った。なんだなんだ、色々あんな。
千冬がどうする? と顔を向けてくる。いつもはインターホンで顔を確認してからにしろと口を酸っぱくして言っているから。
でもまあ、いまは良いだろ。オレも青宗もいる。
「開けちまえ」
促すと千冬はそのまま玄関のドアを開けた。
「は〜い?」
「あ。えっとお宅の敷地にウチの猫がはい、っちゃ……って……、…………」
「…………」
……全員沈黙。ドアの前に立っていた一人の男に視線が集中する。来客もこっちを見ていた。目が開ききっていた。
こんなことある? こんな偶然存在する?
でも発生するときは突然だって言うもんな。いや、でも心臓に悪すぎるだろ。
しかも取り繕うことなんてことも出来やしない。
「ち、ちふ……タケミチ、み、つや……???」
まるで亡霊を見るかの様にこっちを見るのは、一虎だった。
お前、頭良いもんな。……分かっちゃうか。
「親権者候補、できたな」
青宗はちょっと何言ってるか分かんねえけど、取り敢えずこれどうする?