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    呪霊退治したり、呪力譲渡したりするお話。五条にとっての乙骨とは。
    ※付き合ってはいないので、五乙未満みたいな感じです。

    #五乙
    fiveB
    #乙受FES2
    bIsSubjectToFes2

    切り札は手の中に 内気なタイプであることは自覚していた。否、里香を失う前までは至って普通の、活発な子供だったと思う。肺炎をこじらせて入院したこともあるけれど、外で遊ぶのが大好きな男の子。病院であの子と出会ったのは、運命だったのかもしれない。なんて、あの時は考えもしていなかったが。一緒に居られるのが楽しくて、嬉しくて、こんな日々がずっと続くと思っていた。
     突如として襲った受け入れ難い現実が、自然と心を閉ざすきっかけとなってしまったのかもしれない。学校と言う小さな社会にすら馴染めず、周りと壁を作ったのは己の意思。幼い乙骨が背負ったのは、手に余る強大な力だ。
     激しく雨粒が窓を叩く音と、教室内に漂う鉄錆のニオイ。気弱だった自分は、嗜虐性を持つ人間にとって恰好の的だったのだろう。恍惚とした表情を浮かべながら詰め寄られ、恐怖を抱いたが最後。乙骨の制止も空しく、同級生を掴んだのは人ならざる手。下劣な笑い声は途絶え、悲鳴が掻き消されていく。そこからの記憶は曖昧で、ただただ壊れた機械のように謝っていた気がする。
     騒ぎを聞きつけて駆け付けた大人の顔は覚えていない。自分に抵抗するつもりはなくとも、里香は違った。殺気を向けられれば敏感に反応し、外敵から守るように立ちはだかる。彼女が落ち着くのを待って、半ば強制的に連れて行かれたのは、札に囲まれた檻のような部屋だ。誰も傷つけることのない安心感から、割と居心地が良かったのは秘密。不本意だったとしても、たくさんの人を巻き込んでしまった。
     消えてしまいたいと思ったのは、単に精神が不安定だったからではない。諦めて、絶望していたのだ。どうすることも出来ないのならば、と受け入れた秘匿死刑。それなのに一人の教師らしくない男によって、その判断が覆されることになるなど誰が想像していたか。

    『一人は寂しいよ』

     ぽっかりと穴の空いていた心が、震えた。“寂しい”なんて感情は、見て見ぬ振りをしてきたものだ。他者との関係を断ち切り、家族との間にさえも出来た溝。生きる気力すら失っていたのに、なぜあの人の言葉には揺れ動いてしまったのだろう。
     覚悟を決めても尚、足掻こうとした自分がいたのか。彼の全身から放たれていた異質なオーラが、淡い期待を抱かせたのかもしれない。恐る恐る踏み出した一歩。最初こそ上手くはいかなかったが、気付けば友達が出来ていた。白黒だった世界は、鮮やかになっている。ごく一般的な家庭で育った乙骨からすれば、非現実が溢れる日常。そこに違和感もなく溶け込めたのは、あり得ないほどの適正と里香がいたおかげか。
     そんな彼女はもう傍にはいない。引き取られた理由が理由なだけに、いずれ別れが来るのはわかっていたことだ。時間を掛けて解くと言われていたのが、イレギュラーな事態で早まっただけの話。本当ならば目的が達成されたのだから、喜ぶべきなのだろう。けれど残ったのは悲しみだった。もっとも感傷に浸る暇すらなく、忙しい毎日を送っているのだが。今の自分にはそれくらいが、丁度いいのかもしれない。

    「とは言っても、適度な休みは欲しいよね。みんなにも会いたいなぁ」

     ドンッと土埃を巻き上げながら、地面に叩き付けられた巨大な腕を交わし、抜き身の刀を持ったまま体勢を立て直す。任務中に考え事など邪道なんて言うのは、真面目な人間くらいか。世の中にはヘラヘラしながら、遊びの延長戦のように仕事をする人もいるのだ。
     呪術高専に来てから、もうじき一年が経つ。一度は四級に降格されたものの、三ヶ月で特級へと返り咲いたことは、呪術界に大きな衝撃を与えたらしい。誇らしげにしていたのは五条だけ、乙骨からすれば複雑である。上層部に目を付けられていたのは元から、扱いは以前よりも酷くなっていないか。

    「上はよっぽど、僕のことが嫌いなんだろうなぁ。ま、先生側に付いてる限り仕方ないよね。さて、これはどうしようか」

     図体がでかいだけの一級呪霊を祓うのは簡単だが、刀で斬り倒すのはワンパターンすぎる。もちろんどんな状況であろうとも、敵の殲滅が最優先。悩むまでもないのだが乙骨は、呪術師としての経験も知識も乏しい身だ。力があってもまだ、手数は限られてしまう。何よりも実践の中でしか学べないことも多く、このくらいの相手ならば、と授業で聞いた内容を試してみようと思った。
     呪詛師絡みの案件ではあったが、すでにそちらは片が付いている。その際にたまたま負った傷を、放置していて正解だったか。乾きかけていた血を親指で拭い取り、呪力と一緒に刀へと滑らせる。手入れが面倒になるのは難点だが、効率的には悪くないはずだ。強化させた足で地面を蹴り付け、急激な加速で縮めた敵との距離。突き立てた切っ先から、正のエネルギーを撃ち込む。
     一瞬にして弾けた呪いを一瞥、ほうと息を吐く。消耗が激しいのは、反転術式を使っているせいか。コントロールの問題もあるのかもしれない。残っていた傷を治しながら、戦闘を振り返っていれば帳が上がる。現れたのは黄色い月が浮かぶ藍色の空。刀を鞘に納めたのと同時、近付いてきたのはよく知る人物の気配だ。

    「やっほー、憂太。問題なく祓えたみたいだね。お疲れサマンサー」
    「先生! 何でここに?」
    「僕もこの近くで任務だったからね。どうせまた、補助監督を追い返したんでしょ?」

     ひらひらと陽気に手を振りながら、軽い足取りで五条が歩み寄ってくる。鋭い指摘には口を噤み、さり気なく逸らした視線。特級呪術師の任務ともなれば、補助監督ですらも同行を躊躇う。化け物、異端児などと言われようは様々で、決していい目では見られていない。
     これが普通の術師ならばショックを受けるのだろうが、乙骨は五条と同じく常識から逸脱した人間である。そのうえ特級過呪怨霊に憑かれていた特級被呪者で、他者から向けられる恐れなんてものには慣れていた。それでも補助監督がいないのは一目瞭然。下手に誤魔化すよりは、潔くありのままを告げるのが得策か。

    「追い返したわけではないです。足が竦んでいたので、お帰り頂いた方がいいと判断しました」
    「それを追い返したって言うんだけど? まぁ、足手纏いになられる方が迷惑か。伊地知に言って、後処理は別の奴にお願いしようね」
    「すみません」
    「憂太が気にすることじゃないよ。で、任務はどうだった? 楽勝だったでしょう?」
    「問題ありませんでしたよ。と言うか、僕が行くほどでもなかった気もしますが」

     言うようになったね、なんて厭味ったらしい褒め言葉。しかしながらどんな強敵が待ち受けているのかと思えば、拍子抜けもいいところだった。呪詛師のレベルも低く、脅威になるような敵ではなかったと言うのが素直な感想。あくまでも上層部の嫌がらせみたいなもので、新人に対する洗礼か。
     支配できないものを、手元に置いておきたくはないらしい。一癖も二癖もあるような人たちだからこそ、五条も毛嫌いしているのだろう。ボーっとしていれば顔を覗き込まれ、満足したように頷かれる。

    「うん。初めて会った時とは大違いだね」
    「先生は、先が視えていたんですか?」
    「まさか! 予想外もいいところだよ。憂太が遠縁だなんてねぇ……でもまぁ、その呪力量と才能を見れば、道真公の血が流れてるって言うのも説明がつくかな」

     アイマスクのせいで、読み取れない表情。五条と言う男は出会った時から、何を考えているのかわからない人だ。言葉に意味があるのか、思ったことを口にしているだけなのか。詳しく聞いたところで話をはぐらかされるだけ、真実はいつも曖昧にされる。
     血統なんてものに興味はなく、誰が先祖であろうと他人事のようにしか思えなかった。馴染みが無いのは然り、呪術界の事情には疎い。自分の身に起こったのは予期せぬ事象が、積み重なっただけの偶然ではなかったのか、と。必然だったとしたら、残酷過ぎるだろう。
     呪いが解けたあの日、告げられた衝撃の事実。明確な根拠はなくとも、薄々感じていたのかもしれない。仮説が正しかったと知り、押し寄せて来た罪悪感。押し潰されそうになっていた乙骨を、救い出してくれたのは里香だ。生きる目的が出来てしまった。愛しいあの子との約束がある。それを果たす為には、強くならなければならない。家柄がどうであろうとも、周りからどう見られていようとも、乙骨にとってはすべてどうでもよかった。

    「僕としては、あまり実感はないんですが……」
    「気にしなくてもいいことだよ。血が関係していたとしても、今の実力は憂太が自分で身に付けたものだ。強くなったね」

     ポンッと頭に手が乗せられ、くしゃりと撫でられる。術式を解いているらしく、ほんのりと伝わって来る体温。戦闘で冷え切っていた心が、温かくなるような気がした。普段の態度からは想像も出来ないほど、五条は自分が認めた相手に対してとことん世話を焼く。生徒たちと一緒になって悪戯をしたり、無理難題を押し付けてきたりしながらも、面倒見自体は悪くない。不満があるとすれば調子に乗って、限度を越してくるところか。
     現に今も最初こそ優しかった手付きは徐々に荒さを増し、首があらぬ方向に行く前に腕を掴む。そこで抱いた違和感はやはり、彼が常時発動している無下限の影響がないことだろう。不意打ちだろうと意味のなさない反則的な強さを誇り、用心深い五条にしては珍しい。じーっと見つめていれば、「熱烈だね」と茶化され手を離した。

    「ノーガード、なんですか?」
    「ん? ああ、まったくってわけじゃないけどね。ちょっと範囲を狭めてる。憂太がいるし、もしもここで僕が狙われても、君なら敵が攻撃してくる前に仕留めてくれるでしょ」
    「凄い自信ですね」
    「信頼だよ。あと、期待かな。それくらい出来て貰わないと困るってこと」

     驚く間もなく額を弾かれ、尖らせた唇。あまりにもさらりと、とんでもないことを言われたのは確か。少し前の自分なら、狼狽えていただろう。戸惑いが半分、喜びが半分。五条に振り回されるのも慣れたものだ。

    「先生からの信頼ほど、迷惑なものはない気がしますけど……」
    「酷いなぁ。本音だっつーのに」
    「でもそう言ってもらえるのは嬉しいです。これでも死に物狂いで頑張ってますから。まだまだですけど」
    「謙虚だなぁ。僕としては憂太の底が見えないから、伸びしろがあって恐ろしいんだけど? それに君は唯一、僕の隣に並び立てる人間なんだよ?」

     ドクン、と鼓動が鳴った。刀袋の紐を握り締め、生唾を飲み込む。飴と鞭の扱い方が上手い人。厳しいながらも助言は怠らず、自分たちは五条の手の中で踊らされている。負けず嫌いなところが、彼の教育方法に向いているのか。
     信頼も期待も、望んでいたものだ。追い付きたいと思ったのは、軽い気持ちではない。自分で選び、そして決めた。認められたいとは思っているが、嘘偽りのない急な五条からの賞賛には動揺する。

    「僕は先生にとって、特別と言うことですか?」
    「そうだよ。僕にとって特別で、とっておきのジョーカーさ」
    「それはちょっと、言い過ぎでは……?」

     過大評価もいいところ、乙骨はやっとスタートラインに立ったばかりだろう。他の術師から一線を画しているのは力くらいで、五条の切り札となるには不足している物が多い。もっと、もっと――湧き上がってくるのは渇望だ。

    「自己評価が低いくせに、憂太は貪欲だなぁ。言葉の割には、やる気に満ちてんじゃん」
    「あはは……挫けてはいられないので、意地ってやつですかね」
    「向上心があるのは良いことだよ。君の強さは僕が保証する。最強のお墨付きだ。それはそうと、呪力乱れてるけど何したの?」
    「あー……呪霊を祓うのに、反転術式をアウトプットしたせいかな?」
    「は? そんな方法、教えたっけ?」
    「いえ。授業で正のエネルギーの話を聞いたので、出来るかもしれないと思ってやっただけです。初めてだったので、要領がわからなくて……」

     不調を感じていたのは僅かだったが、五条の六眼には見抜かれていたか。何かを考えるように顎を掴みながら、頭のてっぺんから爪先までを観察される。そこまで心配されるようなことをしたつもりはないのに、神妙な面持ちをされるのがもどかしい。気まずさからこのまま逃げてしまおうか、なんて思案していると胸元に人差し指が突き立てられた。

    「ちなみにどうやって流した?」
    「上手くいくかわからなかったので、自分の血を付けた刀を使って正のエネルギーを撃ち込んだだけですよ?」
    「怪我したの?」
    「掠り傷です。もう治しました」

     墓穴を掘った、と気付いたのは直後のことだ。腰に手を当てながら、一文字に結ばれた五条の口。ひしひしと不機嫌さが伝わって来る。今日の任務の内容を、彼が把握していないわけがなかった。反転術式を利用して、己の身を顧みないような戦い方をすることもしばしば。無茶をし過ぎだと、何度咎められたか。
     呪霊との戦闘くらいで、自分が怪我をするなどあり得ないと言うのが五条の見解。よほど知能が高いか、術式が優れているか、受肉体かなら話は別だが。通常の呪いはもはや、乙骨の敵ではない。そうすればおのずと、怪我の原因が絞り込まれてくる。

    「憂太は平然と言うけどさ、とんでもないことしてるからね? 確かに血は強力な媒体だ。でもさ、その傷って呪詛師とやり合った時のでしょ? すぐに治さなかったのはどうして?」
    「大したことなかったので、後からでもいいかな、と」
    「はぁぁ……呪詛師なんて何するかわからないんだから、怪我したらすぐに治しなさい。憂太の無鉄砲さには、参っちゃうねぇ」

     諫められて落ち込むほど、乙骨は素直ではなかった。否、強かになったと言うべきか。数か月に渡る五条との特訓と、度重なる任務のおかげで鍛えられた精神。戦いに関しての指摘ならば、ちょっとやそっとでは折れない。むしろ開き直っているくらいで、呆れられるのは無理もないだろう。
     反転術式をアウトプット出来る人間は稀な為、呪いに対する効果は推測の域だと聞いていた。ゆえに使えるものを試して、何が悪いのか。

    「丁度いい機会だったんで、試しただけですよ。想像通り、効果は抜群ですね。でも一つ思ったのが、刀がない時は直接流し込むのも有りかなって」
    「やーめーてー! 相手考えて どんだけぶっ飛んだ思考してんの! あーもう、さすが憂太だわ。でもこのまま放置するのはよくないなぁ。ただでさえ君の呪力は膨大なんだから、不安定になられるのはマズイ」

     スウと伸びて来た指は顎に添えられ、頭一つ分よりも上にある五条を見上げる形になる。目隠しはいつの間にか外されていて、煌めくターコイズブルーの瞳が露わになっていた。スローモーションのように、下りて来た唇。触れた柔らかさに目を見開きながらも、注がれる呪力に肩の力が抜けていく。
     溶かされるような温かさと、真綿に包まれているような感覚。呪力を譲渡されるのは初めで、反発することなく順応しているのは、元を辿れば同じ血筋だからか。力の質が似ているのだろう。心が安らぐ気持ち良さと疲れも相まって、微睡んでいるような錯覚。耳朶が撫でられればぞわりと背筋が粟立ち、縋るように服を掴む。離れていく唇が、名残惜しいだなんてどうかしている。

    「せ、んせ……」
    「これで、よし。あれ、憂太?」

     緊張していたわけではないが、気が抜けたのだろう。身体はふわふわとしていて、足腰に力が入らない。襲ってきた急激な眠気に、名前を呼ぶのすらやっとだ。連日の任務で友人たちにも会えず、知らずの内にストレスも溜まっていたのか。
    五条の呪力が全身を巡る頃には瞼が重くなり、膝から崩れ落ちていく。擽ったくなるような笑い声に、「お疲れ様」と囁かれれば、意識は闇の中へと沈んでいた。


    ***


    「遅い。一瞬の迷いは命とりだよ。ほら、早く立ちな」
    「っ……」

     ポケットに両手を突っ込みながら、薙いだ足は憂太の腹部を直撃する。軽い身体はあっさりと吹き飛び、数メートル先の木に叩き付けられた。ズルリと地面に四つん這いになりながらも、咳き込んでいるが気は失っていない。上出来だ、と引き上がる口角。これが並の術師ならば、失神していただろう。
     百鬼夜行から二ヶ月が経ち、損壊した校舎の修繕も兼ねて、早い長期休みに入ったとある日。未だ荒れたままのグランドに目隠し用の結界と帳を下ろし、五条は憂太の特別指導をしていた。わざわざ二重にしたのは、見られたくないと言うのも一理ある。だが最大の理由は、よろめきながらも立ち上がったこの子の為だ。
     膨大な呪力の所持者が特級過呪怨霊ではなく、平凡そうな少年だったなんて誰が想像していたか。呪われているのではなく、自分が呪ったなんて極端に低い確率。非現実的だと、一抹の可能性を否定していたところはある。そんなこともあって明かされた真相には、どれだけ度肝を抜かされたか。
     刀の扱いや体術、呪力の操作に至るまで、飲み込みが早いとは思っていた。里香の存在があってこそだと考えていたが、蓋を開ければ本人の才能。菅原道真の子孫で己の遠縁だなんて、予想外もいいところだ。呪術とは無縁の世界で生きてきたにしては、秀でた適応性があったことにも頷ける。
     呪いから解き放たれても尚、呪術高専に残ると決めたのは憂太だ。もっとも彼が拒んだところで、普通の生活を送らせてやることは出来なかっただろう。自分に匹敵する力を宿している以上、野放しにはしておけない。何よりも磨けば磨くほど輝きを増す原石は、五条が求めていた人材でもある。それをあっさりと見過ごしてやれるわけがなかった。
     四級へと降格させられたのは、都合が良かったと思う。憂太にとっては見聞を広める絶好の機会だったのではないのか。呪術については無知も同然で、圧倒的に足りない知識。そのくせ戦闘能力だけは高く、最近の成長も目まぐるしい。手加減のない訓練は、彼の実力を考慮して判断した結果。これほどまでの逸材を、上層部の駒にされるのは癪に障る。お披露目は時期尚早だが、そう言っていられるのも時間の問題だろう。
     考え事をしている間にも詰め寄られ、下から突き上げられた拳を片腕でいなす。顔の横に迫った足は、容赦なく無下限で弾いてやった。後退しながらも刀を持ち替え、着地と同時に蹴り付けられた地面。呪力の込められた刃を、人差し指と中指で挟む。

    「ほら、ほら。もっと呪力を込めないと、僕には掠りもしないよ」
    「っ、そんなの……」
    「出来ない? 違うだろ? ビビんなよ」

     悔しそうに眉根を寄せる憂太に、垣間見えるのは迷いか。解呪後に呪力の制御が出来なくなったのを、根に持っているのかもしれない。里香に注がれていた力が、すべて戻ってきたのだから、反動が来るのは当然。急な変化に身体は追い付かず、一時は危険な状態だった。数日間だけのこととは言え、周りを巻き込む恐怖を思い出してしまったのだろう。
     大胆そうに見えて、心は繊細だ。自己評価の低さは難点だが、自信がないわけではない。臆病な人間が無意識に、他人を煽るようなことはしないだろう。引き篭もっていた時とは別人のはずで、腰が低い割には図太い神経。呪術師が彼にとっての、天職だったと言わざるを得ないか。
     無言の睨み合いに憂太が痺れを切らし、呪力の出力が上げられる。素早く刀が引き抜かれ、三歩ほど後ろに引かれた。警戒心は解かれないまま、不機嫌そうに漏らされたのは不満だ。

    「先生は、意地悪ですね」
    「怖気付いてる憂太が悪いんだよ」

     人ならざる者を相手にしているのだから、妥協や甘えは許されない。情けを掛け、戸惑った人間の末路など決まっている。誰に何を言われようが、やり方を変えようとは思わなかった。非情になれなければ意味がないのだ。特に自分の隣に並べる素質を持つ憂太には、生半可な鍛え方をしてやるつもりはない。が、些か度を越えているか。

    「生徒相手に殺す勢いで、手合わせする教師はいないのでは?」
    「手加減して欲しいの?」
    「別にそんなことは言ってません。手加減なんてしたら怒ります」
    「ぷっ、ははは! 最高だねぇ……そんな風に言えるのは、君くらいだろうけど」

     呆れと驚きと感心。さらりと衝撃発言をするこの子の心理は、特級と言われるに相応しいくらい狂っている。批判しておきながらも、加減などいらないと来たか。傲り高ぶっているのではなく、純粋な心意気。それでも自分に対して、強く出てきたものだ。
     力があったところで、常識に捕らわれているようでは話にならない。人を手に掛けるのを厭わない冷酷さが必要な時もある。残酷だなんて今更、地獄なのは元からだ。真っ当な人間ほど、挫折していくのも無理はないだろう。その点、憂太の思考は斜め上をいく。

    「何で僕にここまでしてくれるんですか?」
    「話しながら戦うの? 余裕じゃん。ま、いっか。憂太はどうしてだと思う?」
    「聞いたのは僕なんですけど……まだ、弱いから?」

     ほら、また。この子は五条の予期せぬ言葉を落とす。こんなところが異端児なのだろう。呑気に会話をしながら、自分と対峙できる人間などまずいない。それこそ憂太を除いて、だ。振り下ろされた切っ先を躱し、米神を目掛けて打ち付けようとした爪先。寸でのところで鍔と腕によって防がれ、すかさず反撃される。先程の挑発は有効的だったらしい。力を抑えることなく、本気で向かってくる憂太に笑みが深まった。
     積極的な攻めの姿勢は上々、防御の硬さも上がってきている。戦いの最中で調整してくるあたり、頼もしい限りだろう。その反面、まだまだ隙も多いのだが。

    「残念、はずれ」
    「っ、かはっ!」
    「君が強くなったからだよ。そして僕に一番近いところにいる。さぁ、次行くよ」

     不意を突いたつもりだったが、完全には入りきらなかったか。己のスピードに付いてくること自体が異常で、耐え切るなど論外。鳴りを潜めている闘争心が、昂らないわけがないだろう。息を整えるように俯いていた憂太の顔が上がり、揺れた瞳に喉を鳴らす。

    「僕が、先生に近い?」
    「そう。僕の攻撃を受けても立ち上がるなんて、普通ならあり得ない。一級術師でも防戦一方かな。でも憂太は最強の僕と、対等にやり合ってる」
    「そ、んなの……」
    「信じられない? 君の呪力量は僕以上、バトルセンスはもはや天性。頭の回転は速いし、判断力は熟年の術師並みだよ。一年前まで一般人だったとは思えないくらいにね」

     納得していないと言わんばかりの雰囲気。憂太の力は本人が思っているよりも群を抜いていて、贔屓でもお世辞でもないのだと伝わるのはまだ先か。グッと奥歯が噛み締められ、燻らせていたであろう本心が告げられる。

    「でも、僕はまだ弱いっ! 先生には及びません」
    「うん、その通り。まだ弱い。全然ダメ。他の術師たちが認めても、僕からしたら雑魚」
    「っ――、言ってくれますね」
    「本当の事だよ。それを受け止められるのか、そうでないのか。さぁ、君はどちらかな? 乙骨憂太君」

     突き放して現状を認めさせるのも、師匠としての役目。ぶち当たった壁を乗り越えられるのかどうか、後は彼次第だろう。
     それから一ヶ月も経たない内に、憂太は特級呪術師へと舞い戻って来た。四級へと降格されてから、たった三ヶ月の出来事で、訝しんでいた上層部を一蹴。罵詈雑言には聞く耳も持たず、意のままにいかない苛立ちに、歯噛みする連中の滑稽さと言ったらない。
     付いた二つ名は――異能。そう呼ばれるに相応しいほど、この子は五条とも違うのだ。ようやく実った果実に、「ようこそ」と差し出した手。躊躇うことなく握られたのは、真新しい記憶である。と、まぁ、今の憂太には凛々しさの欠片もないが。
     胸元に寄り掛かりながら寝息を立てられ、倒れないように背中へと回した腕。本来ならば他人の呪力は反発し合うのだが、同じ血が流れているからか上手く馴染んだらしい。あどけなさが愛おしくて、スルりと撫でた頬。目を細めながら膝の裏へと手を入れ、成長真っただ中でも軽い身体を抱える。
     任務終わりにふと頭を過ったのは、特級へと返り咲いたばかりの教え子のことだ。危うさはあるが、心配はしていない。なんとなく会いたくなっただけで、思い立ったら即行動。伊地知に進路変更を告げ、有無を言わせず向かわせたのは横暴だったか。
     着いた現場に補助監督の姿はなく、「またか」と溜め息を一つ。その様子を見ていた伊地知が、言うまでもなく後処理の手配をしてくれていた。面と向かって伝えることはなくとも、彼の仕事振りに文句はない。そんなことなど知る由もない憂太は熟睡。眠っていてもわかる呪力の圧に、自然と口元が弧を描く。

    「期待通り、いや……それ以上か。ここまで化けるなんて、本当堪んないねぇ」

     最初は哀れな特級被呪者としてしか見ていなかった。教師として導けるだけ導いて、特級過呪怨霊を解呪したらお役御免。預かると言ったからには、五条に責任がある。ましてや命を懸けた相手、あわよくば呪術師として育って欲しいと内心は願っていたのだと思う。その時はまだ、簡単に呪いを解くのは不可能だと、決めつけていたのだから当たり前か。
     実際はと言えば、想定外もいいところだ。呪われていたのではなく、呪っていたなんて聞いたこともない。潜在能力の高さには唖然。自分に引けを取らない術師が現れるなど、考えもしていなかった。憂太のやることなすことが、型破りなのは誰に似たのか。閉ざされた瞼を眺めながら、想い耽っていれば伊地知が駆け寄って来る。

    「五条さん、乙骨君は大丈夫なんですか?」
    「へーき、へーき。疲れて寝ちゃっただけだから。伊地知、高専の寮までよろしくね」
    「わかりました」
    「少し、頑張らせ過ぎちゃったかなぁ」

     人手不足だと言うのに、優秀な人材を潰したいのか。上の人遣いの荒さには困ったものだ。憂太がそこそこ器用な子だろうと、学業との両立が楽ではないのは一目瞭然。精神に負荷が掛かっていようとも、表に出さないからこそ限界を見誤った。こればかりは五条の失態。二、三日くらいは友人たちと過ごせるように、調整してやるのも教師の務めだろう。
     車に乗り込んですぐのこと、バックミラー越しに伊地知と目が合った。どこか不服そうな表情に、珍しいと鼻を鳴らす。

    「烏滸がましいかもしれませんが、乙骨君はまだ子供です。五条さんが対等に接したい気持ちはわかります。しかし彼の気持ちも尊重してあげてください。乙骨君にはいろいろな物が、足りないように見えます」
    「伊地知のくせに生意気じゃん。でもまぁ、わかってるよ。わかってるけどさぁ、嬉しいんだよねぇ。僕に並び立つ人間が現れたんだから」

     普通の年代の子供たちが、経験していることを乙骨は知らない。呪術師の家系に生まれ、どんな環境であろうと、それなりに与えられるものを彼は与えられずに来た。始まりは突然奪われた日常から、彼の未来は大きく変えられてしまったのだろう。
     たった一度きりの青春を取り上げるのは本意ではないが、他の子たちと同じ道を進ませてやれそうにはない。縛り付けることになろうとも、憂太はもう五条にとってなくてはならない存在である。

    「ごめんね、憂太。もう逃がしてあげられないや」

     前髪を払い、形の良い額に口付けを落とす。自分に何かあれば、任せるのに値する人物。重荷になることがわかっていようとも、託せるのは憂太だけだ。


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    2k000ng

    DONE一日遅れたのですが、呪0地上波放送記念で!
    WEBオンリーで発行した「揺蕩う白銀」の一章部分を少し削って、これだけでも読みやすいようにしてみました。(本編に関わりありそうなとこ消してます)
    揺蕩う白銀「憂太の事が好きだよ」

     雪が解けてもまだ、肌寒さの残る季節。桜の木にようやく、蕾が見え始めた頃。呪術高専に来て二度目の春が、もうすぐ傍まで迫っていた時だ。
    校門の前で出迎えてくれた五条に、開口一番に告げられた言葉。理解が追い付かず、踏み出そうとした足が止まる。肩からずり落ちかけた刀袋の紐を握り締め、「えぇぇ」と心の中で叫ぶ。
     特級と言う未知の領域に踏み入れて早々、次から次へと与えられる任務に呪術界の闇を見た。里香がいた時とは違って、己の意思と力で上り詰めた場所。決して楽な道のりではなかったが、その後の洗礼も無茶苦茶なものだ。
     北から南、西に東へ。呪いが出現すれば、駆り出される日々。五条が毎日のように、不満を漏らすのも無理はないか。低級の呪霊だろうとお構いなし、どんなことが起ころうとも一人で事足りるのが特級呪術師である。そのおかげでさんざん振り回され、三日ぶりに帰って来た乙骨には刺激が強すぎた。
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    2k000ng

    DONE呪霊退治したり、呪力譲渡したりするお話。五条にとっての乙骨とは。
    ※付き合ってはいないので、五乙未満みたいな感じです。
    切り札は手の中に 内気なタイプであることは自覚していた。否、里香を失う前までは至って普通の、活発な子供だったと思う。肺炎をこじらせて入院したこともあるけれど、外で遊ぶのが大好きな男の子。病院であの子と出会ったのは、運命だったのかもしれない。なんて、あの時は考えもしていなかったが。一緒に居られるのが楽しくて、嬉しくて、こんな日々がずっと続くと思っていた。
     突如として襲った受け入れ難い現実が、自然と心を閉ざすきっかけとなってしまったのかもしれない。学校と言う小さな社会にすら馴染めず、周りと壁を作ったのは己の意思。幼い乙骨が背負ったのは、手に余る強大な力だ。
     激しく雨粒が窓を叩く音と、教室内に漂う鉄錆のニオイ。気弱だった自分は、嗜虐性を持つ人間にとって恰好の的だったのだろう。恍惚とした表情を浮かべながら詰め寄られ、恐怖を抱いたが最後。乙骨の制止も空しく、同級生を掴んだのは人ならざる手。下劣な笑い声は途絶え、悲鳴が掻き消されていく。そこからの記憶は曖昧で、ただただ壊れた機械のように謝っていた気がする。
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    DONE呪霊退治したり、呪力譲渡したりするお話。五条にとっての乙骨とは。
    ※付き合ってはいないので、五乙未満みたいな感じです。
    切り札は手の中に 内気なタイプであることは自覚していた。否、里香を失う前までは至って普通の、活発な子供だったと思う。肺炎をこじらせて入院したこともあるけれど、外で遊ぶのが大好きな男の子。病院であの子と出会ったのは、運命だったのかもしれない。なんて、あの時は考えもしていなかったが。一緒に居られるのが楽しくて、嬉しくて、こんな日々がずっと続くと思っていた。
     突如として襲った受け入れ難い現実が、自然と心を閉ざすきっかけとなってしまったのかもしれない。学校と言う小さな社会にすら馴染めず、周りと壁を作ったのは己の意思。幼い乙骨が背負ったのは、手に余る強大な力だ。
     激しく雨粒が窓を叩く音と、教室内に漂う鉄錆のニオイ。気弱だった自分は、嗜虐性を持つ人間にとって恰好の的だったのだろう。恍惚とした表情を浮かべながら詰め寄られ、恐怖を抱いたが最後。乙骨の制止も空しく、同級生を掴んだのは人ならざる手。下劣な笑い声は途絶え、悲鳴が掻き消されていく。そこからの記憶は曖昧で、ただただ壊れた機械のように謝っていた気がする。
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