影の落ちる廊下。直線的に伸びる白と黒のコントラスト。
その光景に風真もまた、幼い頃の記憶を蘇らせた。学校の帰り道、横断歩道の白い所だけを渡るという、ひどく単純な遊びだ。黒い所にはワニがいて食べられてしまう、などと、子供は空想とはいえ物騒な事を言う。『だめだよ、落ちちゃうよ』と思い出の中の幼い彼女が笑った。それは彼にとって懐かしく美しく、そして少しの切なさを携えた、記憶の欠片だった。
「どこ行きますかね。アルカードに季節限定のスイーツ出てる筈だし、ショッピングモールに新作チェックに行ってもいいし」
カザマはどこか行きたい所ある?と尋ねる声に応えが無く、七ツ森はもう一度、彼の名前を呼んだ。
「カザマ?」
「あ、えっと、…悪い、何だった?」
「ボンヤリするなんて珍しいね。疲れてるならまっすぐ帰る?」
「いや、大丈夫だ。その、昔の事を、思い出して、」
風真の少し俯いた顔を覗き込むように、七ツ森は身を屈ませる。眼鏡の奥、新緑の瞳が、夕日に染まりその葉を紅く染めていた。
「何を思い出してたの?」
「…横断歩道の、白い所だけ渡るやつ」
「うわ、なつかしー。黒い所は溶岩で、踏むと溶けちゃうんだよな」
「溶岩?!何だそれ怖すぎるだろ」
「あ、学区によってちょっと内容違うのかも。カザマのとこは何だったの?」
「ワニに食べられる」
「え、その方が怖くナイ?」
「そうか?」
七ツ森は、四角く切り取られた夕日の中でぴたりと立ち止まる。
「久々にやってみる?」
そう言って廊下に浮かんだ光の道を、とん、とん、と進んでいく。風真は苦笑しつつも、七ツ森に続くように足を踏み出した。時折現れる深い影も、あの頃とは違い、造作もなく越えていけた。
「「あ、」」
突き当たり、曲がり角の先は、この時間薄暗く光が差し込まない。つまりそこは一面、湿原の波立つ沼、あるいは灼熱の黒い谷だった。
「まぁ、そうなるよな」
職員室はこの廊下沿いにある。残念ながら懐かしい遊びはこれまでのようだ。
「カザマ、待って」
構わず進もうとする風真の手に、その小指に、七ツ森は自身の小指をそっと絡めた。きゅっと結ばれたそれは、窓の外、校庭で部活に励む生徒の声にゆっくりと離される。
「…魔法をかけました。俺たちは無敵になったので、どこへでも行けマス」
「…ありなのか、それ」
「ありデショ。ほら、日誌出しちゃお」
「ワニに食べられたら責任とってもらうからな」
「だから溶岩だって」
そう言って笑う二人の声が、廊下に響いた。