放課後の茜色の教室は七ツ森と風真の二人きりだった。窓際の席で、今日の当番日誌を書く風真に向かい合って、七ツ森は座り、風真の手元を見ている。粒の揃った文字が、空白を埋めていく様子は見ていて面白い。自分が夢中になっているゲームよりも、こちらを見ていたいとも思う。七ツ森の視線を感じ、風真は日誌に落としていた視線を七ツ森に向けて問う。
「……ん? 何見てるんだよ」
「……べつにー。カザマのことしか見てませんが?」
「なっ……、お前学校でそういうこと言うなよ」
「誰もいないんだからいいでしょ」
そう言いながら、七ツ森は窓枠に頬杖をついて、窓の外を眺めている。その横顔から耳に掛けて赤いのは、斜めに傾く太陽の光の色が映っているからなのだろうか。どこかの腕の良い彫刻家が丹精込めて丁寧に削り上げたような整った七ツ森の横顔と、その彼の頬にあてた手を見て、七ツ森の手が好きだな、と風真は思った。骨の形が浮き出た肉の薄い長い指に、ラグビーボールのような楕円形の整えられた爪、手首の内側に浮き出る数色の血管も、いい。身体の大きさに見合う大きな手のひらを自分に向けて差し出し、耳元で「手、つなぐか」と言われたとき、身体の中を正しく循環していたはずの血液が逆回転したのかと思うぐらい、心臓が不穏な動きをしたのを思い出す。
はばたき学園は海の街にある学校だ。だから、風向きによっては窓辺まで、潮の匂いが運ばれてくる。この匂いを嗅ぐと、七ツ森はなんとなく懐かしいような、寂しいような、人恋しいような気分になる。幼少期の、家族で行った海水浴で、遊び疲れて眠ったときにおぶわれた、母の背中のあたたかさを思い出すからかもしれない。一人暮らしをしていると、生活の合間合間に、過去の五感の記憶が鮮やかによみがえる。そんな時、七ツ森は風真に会いたい、風真のそばにいたい、風真に触れたいと、思う。
「よし」という風真の声と、日誌をぱたんと閉じる音がして、七ツ森は幼少期の海水浴場で眠った自分から高校生の自分に戻ってくる。
「これ、提出したら帰ろうぜ」
「……どっか、寄ってく?」
二人は鞄を持って教室を出る。廊下には、窓枠の影が斜めに等間隔で伸びている。