ミレニアムの格納庫にパンッ!と乾いた音が響く。
無茶をした新人女性パイロットの頬をキラ・ヤマト准将が容赦なく叩いた音だ。作業をしていた者も手を止めてそちらをうかがっている。
「なんで叩かれたか、わかる?」
いつもは穏やかな弧を描いている口元が引き絞られて、眉間にシワが寄っている。相当お怒りだと誰の目にも明らかだった。
「……危ないこと、したからです」
自覚はあった新人は、地面を睨みつけながら不承不承に答える。内心「でも戦果はあげたんだからいいじゃないですか?」と思ってるのがバレバレの不服顔だった。
「あの場で君が出る必要はなかった。君の行動は君自身はもちろん、仲間も危険に晒す行動だって、ちゃんとわかってた?」
「でも!私はっ!……っ!?」
反論しようと新人が顔を上げると、准将の辛そうな表情が目に入る。成人男性にしては大きめな紫色の瞳には瞬きをすればこぼれてしまいそうなほどの涙が溜まっている。それを見たら、何故かものすごく罪悪感を感じてしまい、新人は口ごもった。
准将の眉間に寄せられたシワからは怒りよりも悲しみが伝わる。強く引き絞られている口元は、泣くのを堪えているように見えた。
「功を焦って、それで死んでしまった人を、僕はたくさん知ってる。死にたかったの?」
「……違います。でも、私………」
死にたいわけなんてない。自分が死ぬことなんて微塵も考えてなかった。それでも彼女は他の同期より戦績が低いことを気にして、焦っていた。自分は悪くないと思ってた。「アカデミーでは優秀だったのに、実戦では使えない」そんな言われてもいない陰口に怯え、必要以上に前に出て、僚機と敵機の間に入り込んでしまった。
それは自分勝手で、危険なことで、そして目の前の優しい人を悲しませることだと少しも気が付かなかった。
階級も高く、接点もほとんどない。モビルスーツ乗りなら名前を知らない者のいないほどの、そんな雲の上の人物で、生きる伝説なエースパイロットが、自分なんかの命を心配してくれるなんて思ってもみなかった。
「君が無事で良かった」
ふわりと抱きしめられ、肩口でスン、と小さく鼻をすする音がする。それを聞いたらもうダメだった。緩みかけた涙腺にとどめを刺される。
「…………ごめ、ごめんなさっ。……ごめんなさいっ、グスッ」
「もうしちゃダメだよ?」
「……グスッ、はい!すみませんでした!……スンッ」
新人は馬鹿なことをした自分が許せなくて、そんな馬鹿なことをした自分をちゃんと叱ってくれる人がいることが有難かった。
「報告は後でいいから、顔と頭を冷やしておいで」
「……はいっ!すみませんでした!!」
目を擦って鼻をすすっている新人は、その頭をぽんぽんと軽く撫でて去っていく准将に深々と頭を下げた。
「ちょっと、大丈夫?」
准将の背が扉の向こうに消えた頃、近くにいた同期の友人達が彼女を心配して駆け寄ってくる。
「今……」
「今?」
「今、抱きしめられた時、メッッッッッチャいい匂いして興奮した!フローラル!!」
「あ、こりゃ大丈夫だ。なんか心配して損した」
「いや、むしろダメなんじゃね?私はかえって心配になったよ」
落ち込んでいるのではと心配してた友人は呆れ、自業自得だから怒られても仕方ないぐらいに思ってた友人は、友が道を踏み外して准将のストーカーにでもなったらどうしようと心配し始めた。
そして聞き耳を立てていた者達は「そうか、准将はフローラルなのか」と思いながら作業に戻った。
こうして、コンパスの謎多き男、キラ・ヤマト准将に「理由もなく人を殴ったりはしないが、理由があれば女でも殴る。そして殴った女から何故か好かれる」という新たな謎が加わった。
ちなみに殴られた女性によると、ものすごくびっくりはするが全然痛くはないそうだ。
余談
シン「もう!隊長!!誰彼構わず落とすのはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!?払っても払ってもすぐ次がわいて、俺が大変なんですけど!!」
キラ「えっと、……よくわかんないけど、なんかごめんね?シン。でも、シンがいつも色々気を回してくれるから、僕はすごく助かってるよ。ありがとう」
シン「んんっ!!……いや、まあ、それほどでも、……ありますけど!ふふん!」
キラ「ふふ、良い子、良い子」
アグネス「……ねぇ、あんたの彼氏チョロすぎない?いいの?」
ルナマリア「るっさいわね。いいのよ、あれで。馬鹿な子ほど可愛いって言うでしょ?」
アグネス「あ、馬鹿なのは認めちゃうんだ?」
ルナマリア「だって、ねぇ?……あれが賢く見える?」
アグネス「全然」
シン「おい!お前ら!聞こえてんだかんな!」
キラ「あはは、みんな仲良しだねぇ」
ヤマト隊は今日も仲良し!(幻覚)