escort(1)
いつもはおよそ女性らしい格好などしていない女子高生が、ドレス姿でエレガントに振る舞い、流暢に英語を操り、会場のゲストたちと談笑している。
立食パーティー会場の人混みの中を優雅にすり抜け、誰かに話しかけてはまた別のゲストへと、まるで蝶のように会場を飛び回っていた彼女が、アップルタイザーの入ったグラスを手に隣に舞い戻ってきた。
淡いコーラルに彩られた唇がグラスにつけられる様子を凝視していたら、彼女の眉が少しはね上がった。
「…なんだよ」
お嬢様然とした雰囲気はそのままに、ただ口調と視線だけいつもの調子で、不満気な呟きが投げつけられる。
「単純に…驚いてるだけですよ。」
人間、珍しいものを見ると無意識に目が離せなくなるものらしい。不本意ながら、さっきからこの小娘に目が釘づけだ。
「君がこんな格好で優雅に動き回れるとは思ってもみませんでしたから。」
「着席のフルコースだっていけるよ。子どもの頃からママにけっこう厳しく仕込まれてるからね。」
「その割に、いつもの振る舞いには問題がありすぎるんじゃないですか?」
「できないわけじゃないよ。やらないだけ。」
「お年頃の女の子が、もったいないことですね。」
「日本のことわざで、能ある鷹はナントカ、っていうだろ?」
上目遣いに笑う表情がいつもよりも大人っぽく見えるのは、場所の雰囲気に飲まれているからだろうか。
「でも、あんたがOKしてくれて本当に助かったよ。正直こんな場に連れてこられるスペックの人なんてそうそういないからさ。」
(2)
事のきっかけは彼女からの依頼だった。
ポアロで放課後のガールズトークに盛り上がる3人組の一人が、ひらひらと伝票をを掲げてカウンターまでやって来た。
「安室さーん、お願いがあるんだけど。」
追加注文かと思いきや、カウンターまでやってきた少女は他には聞こえないような小声で話しかけてきた。
「なあ、あんた英語しゃべれるよな?」
顔を見ると、いつもの秘密を探るような疑り深い視線はなく、純粋に、言葉通りのことを聞いて来ているようだ。
「ええ、問題ないですよ。」
特別なオーダーを受けたかのような、こちらの返事に満足したのか、ニヤリとした笑顔と共に伝票が差し出された。
「じゃあこれ、頼めるかな。」
差し出された伝票には彼女が書いたであろうFish&chipsの文字と、いっしょにクリップに挟まれた小さなメモ。そこには会員制のフォーマルな外国人クラブの名前と日付が見て取れた。
「できたら、で構わないよ。」
ヒラヒラと手を振って席に戻って行く彼女の後姿を見送り、改めてメモに目を落とす。
クラブの名前とアドレス。時刻の下にそこに程近いランドマークの建物の名前があるのは、待ち合わせ場所ということか。雰囲気から察するに、このお誘いは彼女の仕事への協力依頼のようだ。
彼女が戻ったテーブルでは、友人達が何の頼みごとをしたのかと興味津々で聞いている。
「ちょっとメニューには無いものを注文してみたんだ。」
確かにポアロのメニューにフィッシュ&チップスは載っていないが、フライドポテトは付け合わせで常に用意してある。そして今日の日替わりランチのメニューは白身魚のムニエル。なるほど、このオーダーをテーブルに運べは仕事を受けるという意思表示になるというわけか。
先ほどの女子高生探偵の言動をもう一度頭の中で辿る。
いつもとは違う友好的な態度が怪しいといえば怪しいが、なにかを企んでるような雰囲気は感じ取れなかった。もし何か考えがあってのことなら、どうも直情的なきらいのある彼女のことだ。企みが視線や口調に表れるのを押さえきれないだろう。
ならば断る理由はない。
冷蔵庫から下ごしらえした白身魚の切身を取り出し、フライヤーの温度を確かめる。白身魚に衣をつけ、拍子木状に切ったじゃがいもにスパイスを振りながら、もう一度、この依頼のリスクとリターンを天秤にかける。
興味本位ではあるが、運が良ければ何か目ぼしい情報が転がり込んでくるかも知れないし、なによりこのじゃじゃ馬の素性がもっと調べられるだろう。
「GO」
小声で呟いて、フィッシュ&チップスの材料を油の中に滑り込ませる。楽しげな音を立てながら踊るフライの様子を見ながら、頭の中でスケジュールをパズルのように組み立てた。
「君のリクエスト、これでどうですか?ビネガーの代わりに和風のドレッシングを使ったんで、お望みの通りかわかりませんが」
テーブルに突如登場した熱々のフライドポテトと白身魚のフライに感嘆の声をあげる友人たちに合わせ、軽く口笛を吹きながら、気づかれないように女子高生探偵はウィンクを投げてよこした。
「期待してるよ」
契約成立。緑色の瞳にこちらもさり気なくウインクを返した。