我儘 ペラペラと捲る雑誌は格闘技の記事ばかり。そもそもが、そう言う雑誌だけを買っているのだから当たり前なのだが、求める答えやヒントの無さに、がっかりと溜息を溢す。
「って」
後頭部への軽い衝撃に振り向けば、ベッドの上を陣取る天生目に、蹴飛ばされたらしい。本で顔を隠しつつも隠れない不機嫌な気配に、言いたい事は山とあれど、撤退を余儀なくされる。
どうやら溜息がお気に召さなかったのだろうと見当は付くが、そもそもの不機嫌の理由には心当たりが無く、鬼島は眉を潜めて雑誌へ向き直ると、読んでるフリをしながら必死にこれ迄を振り返った。
今日の朝は、ホワイトデーとは男性が女性に菓子を贈る日ではなかったかと、なけなしの知識で鬼島は首を傾げていた。とは言え、鬼島に手作りのクッキーをくれたのは、義母の那津美と義妹の愛海である。何くれとなく心配をして世話を焼こうとする那津美から、何かに付けても付けなくても、差し入れをされる事は多々あるので、礼を言いながら受け取った。その量が若干多い気がしたが、クッキーを見る愛海の目の輝きで、理由は直ぐに理解した。元々、甘い物は得意で無い事も有り、食後のデザートとして活用される事が決まった瞬間である。
そんな愛海と那津美は、日曜日で経営するバーが休みの為、母娘2人、買い物に行くと言う。鬼島も誘われたものの丁重に断り、ぬくぬくと休みを満喫し日も落ち始めた頃、訪ね人の限られるドアベルを次に遠慮無く鳴らしたのは、他ならぬ幼馴染の天生目だった。
何の連絡も無くフラリとやって来るのはいつもの事。特に用事と言う用事も無さそうな様子の割に何処か楽しげで、随分と機嫌が良さそうにしていたが、小さなテーブルの上のクッキーが貰い物で、鬼島の手作りでないと分かると綺麗な笑顔のまま不機嫌となり、ベッドの上で臍を曲げた。
そして今に至る。
結局分からないままベッドに寄りかかると、髪に何かが触れた気がして振り返る。また足じゃ無いかと言う予想に反し、すぐ真後ろに茶色い後頭部が転がっていて、鬼島は少しばかり驚いた。
眠ってはいない様で、ゆっくり頁は捲っている。
何がしたいのか分からない頭を殴ってやろうか、と思うも、解決どころか悪化する未来しか見えず、そろそろ鬼島も面倒が勝ち始めた。声を掛けて、調べて、それなりに手間を掛けたのだから、もう答えを得ても良いはずだ。
「ぐえっ!?」
鬼島は目の前の首根っこを引っ掴んで、腕力に物を言わせる。突然の出来事に天生目が蛙みたいな声を上げたが、容赦無く引き寄せると、ベッドからずり下ろして、逃げられぬ様に足の間に座らせて腕の中へと抱え込む。何事かと目を白黒させていた天生目も、状況が分かると良い位置を探しつつ、目では怒っているのだと訴えてきた。
「悪かった。で? 何怒ってんだ?」
「……怒ってないし、キミは訳も分からずに謝るのか」
「わかんねぇもんは、仕方ねぇだろうが」
開き直って聞いてみれば、やはり怒っているらしい天生目が口を尖らして、モゴモゴと言いたそうにするも、結局は肩口に懐いて拳で胸を叩く。痛くも無い攻撃に、どうしたものかと鬼島か溜息を吐くと、天生目は僅かに肩を震わせた。気が付いた鬼島が伺えば、不機嫌を全身で表すも、横暴さは鳴りを潜め始めついて、変わりに不安げな上目遣いで見上げている。
わからない事だらけだが、畳み掛けるなら今がチャンスだと、格闘家の勘に従い、天生目を抱きしめる力を少し強めた。
「じゃあ、拗ねてんのか?」
じとっとした目で口を紡ぐが、目は何処か揺らいでいる。
「……天生目」
抱きしめて、ゆっくりといつもより丁寧に口にする。服を掴む天生目の手に力が籠った。
「……ホワイトデー、なのに。……僕には、何も、……くれないのかい?」
弱弱しく吐露する言葉は丸切り子供で、自覚が有るのか、耳まで赤くした天生目はすっかり肩口に顔を埋めている。鬼島は拍子抜けながら、本日2度目のホワイトデーとは、を考えるも、そもそもバレンタインデーには強請る天生目に負けて菓子を作った覚えがある。なら、貰うのは自分では?、と疑問が浮かんだが、子煩悩の父親を筆頭に甘やかす大人に囲まれて育った天生目は、あげるより貰うが当たり前か、と妙に納得した。
「……まったく、ふざけた野郎だ」
身体から力が抜ける。菓子を貰えずに拗ねてこの騒ぎ。だが、天生目と言う男は、それなりにプライドが高く弱みを見せず、甘やかされて育った割には他人を頼らず甘えない。そんな男が、手作りの菓子一つで臍を曲げ、腕に抱かれて大人しくなる。自分にだけは甘えて、弱みも見せている。その優越感が鬼島には殊更気持ちが良く、緩む口元に些細な我儘も一言で流せてしまう。
「菓子は無理だが、夕飯なら作ってやる」
鬼島の言葉に、天生目がおずおずと顔を上げる。
「ただし、買い出しにはおまえもついて来いよ」
ぱちりと瞬いた天生目が、安堵で満面の笑みを浮かべた。
「仕方ないね、それで手を打ってあげるよ」
ご機嫌に調子づいて天生目は主導権を握ろうと、いつもの調子を戻し始め、早く行こうと鬼島を急き立てる。軽くいなして支度する鬼島は、デザートのクッキーにアイスとフルーツを添えるくらいはサービスしてやろう、と心弾ませながら鍵を閉めた。