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    ふく波羅探題

    @fukuharatanda1

    K暁の短い小話置き場
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    ふく波羅探題

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    2025年5/4のスパコミで出す新刊のサンプルです。CPはありません。
    般若さんの寄る辺作戦が最初から起こらなかった世界線のお話。
    冒頭に自死未遂描写があります。苦手な方はお気を付けください。

    文庫サイズ 186p

    【5/4新刊サンプル】光のほとり、夜のあと   二〇二二年 十月

         1

     伊月暁人は生きてきた。
     チャンスを逃したのか、はたまた奇跡が起きたのか、クローゼットのハンガーパイプにキツく結んだはずのビニール紐は綺麗に解けている。パイプが折れたわけでも途中で千切れたわけでもなかった。床に強く打ちつけて痛みの走る膝をさする気にもなれないほど、暁人は放心した。
     世界は自ら死ぬことすら許してくれないらしい。微かな怒りと絶望とともに湧いた安堵に気付くと、まだ痛みの引いていない膝を抱え込んだ。
    「ごめん、麻里……ごめん」
     その謝罪が、自分がまだ生きていることに対してなのか死のうとしたことに対してなのか、暁人自身も分からない。妹である麻里も、棚の上に置かれた家族写真の中で静かに微笑むだけで答えてはくれない。
     本気で死ぬ気でいた。
     これ以上生きていても意味がないと思っていた。事前に計画していたわけではなかったが、バイトが二連休だった今日は都合がいいと思った。
     麻里が居なくなってからは、いつだって生きていたくはなかった。これでやっと自分も楽になれると安心したほどに。
     遺書も書いた。もっとも暁人には遺書を受け取ってもらえる家族は誰一人としていない。すでに両親も妹も死んでいる。この遺書はアパートの大家とバイト先の店長への謝罪を綴ったものだ。部屋を汚すことへの詫びとして、まとまった金も一緒に置いた。
     死を恐れていたつもりはない。心臓が止まって冷たくなって、いずれ焼かれる。先に亡くなった家族と同じようになるだけだ。
     気がかりがあるとすれば、もしも死後の世界があるのなら、自ら死を選んだ自分は両親や妹と同じ場所には行けないだろうことくらいだ。それも暁人にとっては生きることと比べれば些細なことでしかなかった。
     だが実際どれだけ死ぬつもりでいたとしても、首に紐を巻き付けるのには想像以上に時間がかかった。これで死ぬのかと思うと身体は未練がましく震えた。いざ首に巻いた紐へ体重をかけようとすると、ガチガチと奥歯が鳴り、とめどなく涙が溢れた。これから酸素を断たれることを知っているかのように、心臓は大きく鼓動を打つ。体は死を忌避している。
     それでも生きることを選びたくはなかった。
     これで人生が終わるのだと、もう罪悪感に苛まれ自らを責め続ける日々が終わるのだと信じて目を閉じる。暁人は息を止めて首の紐に体重を預けた。
     だのに生きている。
     抱えた膝はまだ痛い。決死の覚悟が打ち砕かれた悔しさは、やがて諦めへと変わった。再び同じ思いをする気力は尽きている。もう一度紐を括り直すことなんて到底できそうにない。しばらくはまたしぶとく生きながらえることになってしまう。
     しかし今は未来を考える余裕もなかった。弛緩した体を動かすこともできず、ただ涙を流すしかなかった。

     麻里は暁人をまっすぐに見つめる。死んだはずの麻里がいることに、暁人は疑問すら抱かなかった。光のない目はひどく冷たい。その視線に射抜かれながら、暁人は延々と広がる暗闇の中で立っていた。終わりの見えないその世界はどこか現実味がなかった。
     辺りを見渡そうとしても、体は凍りついたように動かない。手を伸ばすことも声を出すこともできず、心臓だけが大きく波打っている。
    「お兄ちゃん、また逃げるんだ」
     違う、と言いったつもりが音にはならなかった。辛うじて動かせた首を横に振る。
    「嘘つき」
     麻里の声に感情はない。それが余計に胸を刺す。段々と上手く呼吸もできなくなっていった。頭の中で「ごめん」と繰り返す。その謝罪すらも、言い訳の言葉がすぐさま打ち消していく。『逃げたかったわけじゃない』『僕だって疲れた』『怖かっただけだ』自分の中でだけ駆け巡る声は麻里には聞こえていないはずだ。それなのに麻里は、蔑むように目を細める。
     麻里の姿を見ながらどこか他人事のように、逃げていたのか、と自問する。何から逃げているのかなど分からない。家族からか、自分からか、世界からか。ただ、大切な人が一人ずつ居なくなることが苦しかっただけなのに。
    「どうして、僕だけ……」
     今まで全く出なかったはずの声が響く。それに反応したように麻里が嘆息する気配を感じて、暁人は反射的に息を呑んだ。
    「お兄ちゃんだけじゃないよ」
     心から憐れむような声だった。麻里は一歩ずつ暁人へ近付く。足音も立てずに目の前に立つと、顔を覗き込んで、虚ろだった目をゆっくりと開いた。
    「一人だけが苦しいふりしないで」
     麻里と暁人の間を炎が隔てる。あの日の火事のように、暁人は麻里が炎に包まれる様を、名前を叫びながら見ることしかできなかった。

     固く耳障りな音が部屋に響いた。スマホのバイブが机を震わせる音だった。少し前まで死のうとしていたはずなのに、この体は休息を求めていた。しばらく眠っていたらしい。もう涙も止まっているが、微かな頭痛が残っていた。ずっと固い床に座り込み、背中を丸めたままの姿勢でいたせいで、全身が軋んでいる。
     暁人は大きく溜め息をついた。顔を上げると部屋は暗闇に包まれていた。陽はとっくに落ちている。必要最低限の物しか置いていない部屋は、家電のLEDとスマホの画面に青白くぼんやりとだけ照らされていた。
     重い体を文字通り引きずってクローゼットから這い出した。無意識に伸びをしようとして、足が痺れていることに気付く。立つこともできずテーブルのそばまで這ってスマホを取る。ロック画面に表示された時刻はすでに日付を跨いでいた。
     時刻の下に表示されている新規通知は二件。バイト先のグループチャットだった。送信主は同僚の一人。今日のシフトの代替者を急遽探している内容だ。どうやら出勤したはいいが体調が優れないらしい。
     今夜のシフトは彼一人のはずだ。彼が最初にシフト交代の打診をしてから三十分ほど経っているのに、グループチャットにはまだ一人しか返信していなかった。それも、交代は難しいという謝罪とともに体調を気遣うだけの内容だ。察するに、店頭には未だ彼一人で立っているのだろう。
     暁人はスマホのサイドボタンを押してスマホを伏せる。無視するつもりだった。しかし再びスマホが震え、放そうとした手が止まる。
     覚めきっていない頭を雑に掻きむしり、ディスプレイを確認した。案の定彼からの個人チャットだ。申し訳なさそうな文面でどうにかならないかと打診する内容だった。
     体はまだ重い。しかし、かなりの時間眠ったからか、どれだけ思考は霞んでいても眠気がくるとは思えなかった。このまま部屋にいても、気持ちが沈む一方なのは目に見えている。
     迷いながらふと上げた視線の先で、写真の中にいる麻里と目が合った。すでに朧気になっていた夢の記憶が蘇る。麻里の言葉を思い出し、たまらず顔を伏せた。手の平で目を覆って、荒く深呼吸を繰り返す。
     体の怠さと天秤にかけても、今この部屋に居たくはない。罪悪感に押しつぶされてしまいそうだ。胸の中に立ち込めた暗雲はいつまでも居座って、息をするのも苦しかった。
     同僚のチャット画面を開いて返信を打ち込む。
     そっけない一言だけのメッセージを送信し、スマホを伏せて細く息を吐き出す。外に出られる顔ではないだろうと、まずは洗面所に向かうことにした。想像通り、鏡に写る自分の姿は酷いものだ。瞼は赤く腫れて瞳も充血している。冷たい水を頭から被るように洗っても、マシになったとは思えなかった。だがもう交代を了承してしまった以上このまま家を出るしかない。
     暁人は鏡の中の自分を見つめる。
     一瞬だけ、その後ろに麻里の姿が見えた気がした。

    「お疲れ様です。ありがとうございます」
     暁人がバイト先に着いたのを見て、同僚――藤井は真っ先に礼を言った。藤井の顔色は見るからに白い。いつもなら暁人も笑って返せただろうが、取り繕いきれなかった。どうにか薄い愛想笑いだけ浮かべて会釈を返す。体調をうかがう言葉もかけられず、小さく「お疲れ様です」とだけ言ってバックヤードに入った。
     ジャケットを脱いでハンガーラックに掛ける。
     持ってきた荷物も、財布とスマホをポケットに入れてきたくらいだ。制服は中に着てきたのだからすぐにでも表に出られたが、そう簡単に気持ちを切り替えられはしなかった。
     気付けば意味もなく部屋の隅を眺めていて、今日無理をして出てきたのは失敗したかもしれないと後悔する。だが助けを求めてきた藤井も、一目見ただけで分かるほど体調は悪そうだった。ここで無駄に時間を過ごして、万が一表で倒れられたりでもしたら、それこそ後悔するだろう。
     暁人は深くため息を吐いた。喉につっかえるような重たい息を飲み込む。その時ちょうど客の入店音が響いた。これ以上彼に任せておくのは酷だ。数秒間目を閉じてから、頬を軽く叩いて無理やり自分を鼓舞した。
    「すみません、待たせて。あとは僕が……」
     足早にバックヤードを出て隣のレジカウンターに向かい声をかけた。だが扉を一歩出た瞬間に、店内の雰囲気が異様なことに気付く。
     客は一人。真冬でもないのにニット帽を被っている。暁人が出てきたことに驚いた様子で向けられた顔は、サングラスとマスクに覆われていてうかがい知れない。背格好からして男だろう。羽織っている黒いブルゾンのポケットに手を突っ込み、そこが不自然に膨らんでいる。
     客と藤井の間には妙な緊張感が漂っていた。暁人は思わず足を止めた。
    「伊月さん!」
     同僚は暁人の姿を見ると震え声で叫んだ。その声に反応して、客の男は焦ったようにマスクの中で大きく舌打ちた。ポケットから手を出す。その手に握られていたのはナイフだ。向けられた刃先がギラリと光った。
    「クソッなんでもう一人居るんだよ……! お前はそこから動くな!」
    「……え?」
     状況を飲み込みきれずに上擦った声が漏れる。どこから見てもこの男が強盗なのは明らかだ。まるでドラマのような光景だった。目の前にナイフを向けられてもなお現実味が湧かない。その刃先と男の顔を交互に見る。男は苛ついたようにナイフを持つ手を揺らした。
    「いいか、絶対に動くんじゃねえぞ!」
     怒鳴って念押しした声には焦りが見えた。暁人の方を警戒しながら再びレジ前の同僚へと刃を向ける。同僚は縋るように暁人へと視線を向けたが、やがて諦めたのか、レジ金庫の引き出しを開けた。
     男の指示だろう、カウンターに置かれたスクエアトートに金を詰める。手が震えているのがこの距離からでも分かる。掴み損なった小銭が床に落ちる音が響いた。
    「早くしろ!」
     男は大声を上げた。それに怯えた同僚は、一万円札を男の足元へと滑り落とす。男は一瞬、その一万円札の方へと気を逸らした。
     今ならいけるかもしれない。ふと、思い付きのような考えが暁人の脳裏を過ぎる。
     先ほどから男はレジの金にばかり気を取られ、暁人への警戒は緩んでいる。落ちた一万円札を追って視線が下に向いている今なら、自分でどうにかできる可能性もあるのではないか。
     男が持っている凶器は刃渡りの短いナイフだけだ。万が一反撃されたとしても致命傷になるとは思えない。いや、それが致命傷になったとしても、たとえ死んだとしても、むしろ本望だとさえ思えた。
     強く拳を握る。男を睨みつけ、一気に駆け出した。
    「うおおおお!」
    「っ……!?」
     暁人は叫びながら男に体をぶつけた。その拍子にサングラスが床に落ちた。分厚い瞼につり上がった目。左側には目尻のすぐ下に涙ぼくろがあった。男はナイフを持ち直そうとしたが、刃先を向けるには間に合わなかった。暁人と二人して商品棚の方へ倒れる。同時に、ナイフが床に転がる音を確かに聞いた。
    「ナイフ!」
     暁人が叫ぶと、一瞬遅れて同僚はナイフを店の奥へと投げ捨てた。
    「……こいつっ!」
     しかし安心したのも束の間、男は暁人の体の下でもがき顔面を殴りつけた。その衝撃で倒れ、背中を棚へ打ちつける。痛みで動けずにいる隙に男は立ち上がり、よろよろと出口へと走った。開き切らない自動ドアに身を滑り込ませ、足を絡ませながら逃げていく。小さくなる後ろ姿を、暁人は見ているしかできなかった。
    「伊月さん大丈夫ですか!?」
     カラーボールもレジカウンターの下にあったはずだが、藤井はそれを投げるよりも暁人の心配をした。暁人の元へしゃがんで肩を支えながら、体を起こすのを手伝ってくれた。棚にもたれた暁人の怪我を確認するように顔をうかがうと、表情をゆがめた。
    「氷持ってくるんで待っててください。多分警察もすぐ来ると思います」
     立ち上がった藤井はふらついて頭を押さえた。暁人が来たときから悪かった顔色は、さらに色を失っている。随分無理をしているのだろう。
    「すみません……」
     体調が悪い彼に、余計な手間をかけさせてしまったことを後悔した。店の金が取られようとも、たかだかバイトである自分たちには何の関係もない。素人が刃向かうよりも、大人しく犯人の要求を飲む方が得策なのは明白だ。今になって考えれば簡単に分かることのはずなのに、たった数分前にはそんな考えすらなかったことを、暁人は恥じた。
    「はい、どうぞ」
    「……ありがとうございます」
     冷凍庫に入っていた氷入りのカップを受け取る。これも商品だ。勝手に拝借していいのかとためらったが、店長かオーナーに何か言われれば買い取ればいいだろうと頬に当てる。その様子を見て藤井は微かに表情を緩める。だがそれも束の間で、藤井は辛そうに表情をゆがめながら、暁人の隣へ腰を下ろして顔を伏せた。
     遠くの方からパトカーのサイレン音が近付いてくるのを、二人とも無言のまま聞いていた。

     たとえ自分が罪を犯したわけでなくとも、警官に囲まれるのは心地よいものではない。ましてや、以前警察と話をしたのがあの火事の日なのだからなおさらだ。これが普段交番で見かけるような、制服を着たいわゆる〝お巡りさん〟ならもう少し気も楽だっただろう。今はそんな日常で見るような甘いものではなく、鑑識も刑事も来ている。暁人の心は始終落ち着かなかった。
     藤井はいよいよ体調がもたなくなり、警察に付き添われて病院へ行ってしまった。店長にも連絡を入れたが、到着するまであと三十分はかかるらしい。
     藤井に先に病院へ行くよう促したのは暁人自身だったが、こんな非常事態で一人きりは心細かった。
    「すいませんね。キミも怪我してるのに」
    「いえ……」
     バックヤードから持ってきたパイプ椅子に座った暁人に声をかけたのは、先ほど暁人に聴取していた刑事とは別の、壮年の刑事だった。顔には皺が刻まれ、無精髭をたくわえている。ドラマで見るようないかにもといった風貌だ。
     刑事は暁人の目の前に警察手帳を開いて見せた。しかしそれもほんの一瞬ですぐに閉じられてしまう。疲労とストレスの溜まった頭では、たったの数秒にも満たない時間で名前を読み取ることはできなかった。わざわざ聞き直すことも億劫で、暁人は何も言わずに刑事の話を聞いた。
    「えっと、伊月暁人さん。さっきも聞かれたと思うけど、私からもいくつか確認させてもらいますね」
     その刑事は愛想笑いを浮かべながら、先ほどの刑事が聞いてきたこととほとんど同じ内容を尋ねた。犯行時刻に犯人の特徴、犯行方法。二度目ともなれば話すのもスムーズだった。しかし目の前の刑事は何が気になるのか、質問の合間にいちいち暁人の反応を探るような視線を向けてくる。
     まさかこの状況で疑われることなどないだろう。防犯カメラの映像も藤井の証言もあるのだ。大丈夫だと確信はあっても当然気分は悪かった。だが、わざわざ指摘して下手に長引かせたくはない。言葉には出さなかったが、どうしたって態度は隠せなかった。無意識に刑事を睨みつける。刑事は暁人の様子を見て苦笑すると「失礼」と咳払いをした。
    「ところで、キミは何かスポーツを?」
     先ほどまでよりも明るい声色で刑事は尋ねる。世間話で場を和ませようとしているのか、はたまた何かを聞き出そうとしているのか、意図ははかりかねた。
    「いえ、とくに何も……。それが何か」
    「いやね、仮にも獲物──刃物を持ってる相手に丸腰で立ち向かうたぁいい度胸してるじゃないですか。腕に自信があるのかなと思いましてね?」
    「別にそんなんじゃないです。なんとなくいける気がして」
    「下手したら死ぬかもしれないのに、なんとなくいける気がしたってだけで?」
    「……はい」
     刑事は眉間を寄せてじろりと目を細めた。
     まるで心を見透かされるようだった。あの時死んでも構わないと思っていたことを、全て知られてしまうように感じた。現にむしろ死ぬことを望んでいたのだ。それすらも勘付かれてしまいそうで思わず視線を逸らす。
    「とにかく、怪我がそれだけで済んだのはまさに不幸中の幸いだ。キミ自身のためにも命は大事にしてもらわないと。次はくれぐれもこんな無茶しないでくださいよ」
     刑事が言った言葉は、やたらと嫌味たらしく聞こえた。
    「……すみません」
     こんなことが次もあってたまるものか、何も知らないくせに知った口を叩いてくれるな。と、心の中で反論する。それが表情にでも出ていたのか、刑事は聞こえるように大きくため息をついた。
    「我々も見回りを強化しますがね。簡単に命を投げ出すような真似を市民にしてもらうのは困るんですよ」
     刑事の声に、茶化すような雰囲気は感じられなかった。むしろ微かに怒気すらはらんでいるように聞こえる。いくら警察だとしても、ほんの数十分前に初めて会った相手に叱責されるいわれはない。こちらの心配をしているような物言いだが、どうせたかがコンビニ強盗くらいで人死にが出られるのが困るのだろう。
     あまりにも曲解しているのは暁人も自覚していた。だが昼間に自死を失敗している手前、素直に受け取ることはできなかった。少しでも、命を放棄しようとした責任から逃れたかった。
     頷いて顔を逸らす。幸いなことに、刑事はそれ以上追求してはこなかった。
    「悪いね。キミも被害者なのにこんな時間まで付き合わせて」
    「いえ……」
     刑事の方を見ないように返事をする。
     その時、商品棚の後ろの方で人影が横切った気がした。俯いていたせいでよく見えなかったが、確かにセーラー服を着た女の子だ。まだ店内にはほかの警察官も残っている。しかし誰も気付いていないようだ。
    「じゃあ、また後日改めて……」
    「あの、今人入ってましたけど、まだこの店立ち入り禁止ですよね」
     暁人は自分が思っていたよりも冷たい声で言い放った。散々人のことを拘束しておいて、職務怠慢同然のことをしている警察に腹が立っていたのかもしれない。しかもまだ夜中のこの時間に女子学生を見逃していたのだから、多少言葉尻が荒くなっても当然だと正当化する。
    「人ぉ?」
    「そこに。セーラー服の子が居たでしょ」
     刑事は暁人の指差した方へと足を向けた。棚の後ろを覗き込み、しばらく辺りを探していたが、すぐに暁人の方へと戻ってくる。
    「……誰も居ませんでしたがね」
    「そんなはずないでしょう! 絶対いましたよ!」
     暁人の声にほかの警察官が振り返った。一瞬しんと静まり返り、暁人の方へと視線が集まる。暁人はたまらず小さく頭を下げると、不審そうに向けられた視線は次第に散っていった。
    「セーラー服の子、ねぇ」
     刑事は顎髭を擦りながら暁人を見た。含みのある言い方だ。だが暁人にはあれが見間違いだとは絶対に思えなかった。対抗するように睨み返す。
    「嘘はついてませんよ」
     刑事は何も答えなかった。かわりに再び棚の方を訝しげに眺める。
    「まさか、な」
    「え?」
     刑事が小さく一人ごちた言葉は暁人には聞き取れなかった。
    「疲れが出たんでしょう、無理もない。今日はもう病院へ行ってもらってゆっくり休んでください。病院へはあっちのに送らせるんで」
    「でも確かに」
    「嘘だとは思ってませんよ。そっちの方も任せて。ご協力感謝します」
     反論しようとした暁人の言葉を、刑事は形式ばった礼で遮り、半ば強引に話を切り上げる。ちょうど店長も駆け付けて、刑事はそちらへ会釈をした。この様子を見るに、目の前の刑事はもう話をする気もないらしい。
     制服を着た若い警官が暁人に車へ乗るように声をかけた。暁人は釈然としないまま、促される通り車に乗り込んだ。
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    💗💴💴💴💴💴💴💴💴💴💴💖💖
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    Replies from the creator

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    らいか⛩

    DONE25日はK暁デーのお題「犬or猫」です

    素敵なお題ありがとうございました!
    とても楽しかったです
    「お、いたいた、俺の話聞いてくれるか?」

    煙草を吸いながら隣に来た中年男は自分に目もくれず話し始めた。
    聞いてくれるか?と言っているが実際返事を聞く前に語り始めているのを見ると聞かないという選択肢はないようで男をジッと見つめる。

    「俺の恋人兼相棒がそこにいるんだが、あいつはやたらと犬や猫に好かれやがる。あの日も…おっと、あの日って言ってもわからんだろうが、簡単に言えば命懸けの共同作業をしたんだよ。で、あの日もあいつは犬を見たらドッグフードを与え猫を見たら撫でたり声をかけたりと俺が引くぐらいさ。つまり恋人さまは根が優しくてなぁ…そこにマレビトも妖怪も寄っちまう程で俺ぁ心配でたまんねぇ。今もマレビトに怯えて逃げてた犬やら猫がマレビトを祓ったお陰なのか戻って来て恋人さまを奪いやがる。正直面白くねぇな。あいつの良さと言えば聞こえはいいが、俺だって…あ、いや、なんでもねぇ。……話を戻すが、俺は犬や猫に好かれねぇ質でな、こっちには来やがらねぇ。俺にとっちゃ良いことだがな。おい、今苦手なんだろとか思っただろ?苦手じゃねぇよ、あいつらが俺を苦手なんだ。そんなに好きなら自分家で飼えばいいだろって言ってみたがたまに触るから良いんだとよ。本当に人並みの好きなのか?まぁ、そこはいい。別に議論するつもりもねぇしな。っと、俺は餌なんて持ってねぇよあっちいけ」
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