「ただいま」
声をかけて見るが返事はない。それにおや?と思う。いつもならカワイイ新妻が出迎えてくれるが、今日はそれがなかった。
リビングも暗い事も気になる。
「暁人?」
暗いリビングを念の為覗いて見たが、ソファで寝過ごしてる様子もない。最近、調子が悪いと言っていたから、もしかしたらベッドで寝ているのかもしれないと寝室に向かった。
もし、具合が悪いのなら病院に行く必要がありそうだな。保険証はどこだったかと思考を巡らせる。そして寝室のドアを開けると、こんもりと膨らんだ布団。それにゆっくりと近づくとすやすやと眠る暁人がいた。
「暁人」
名前を静かに呼び、頭を撫でるとピクリと身体が動き、暁人は目を覚ます。
「けぇけー…?帰ってきてたんだ。ごめん、寝ちゃってた…ご飯作ってない…」
「具合悪いんだろ?無理しなくていい。
外で買ってきてやる。何がいい?」
「んー、油っこいの食べたい」
「具合悪いのにそんなの食べて大丈夫なのか?てか、病院は行ったのか?」
「大丈夫。病院は行ったよ…ね、リビング行こ。それについて話があるから」
そう言って、布団から出ようとする。
若干ふらついているので、KKは手を差し出して暁人をゆっくりと立たせた。
そのままエスコートしながらリビングに入り、ソファに座らせる。
顔を見ると暁人は少し強ばった表情をしている。そんなに重い話なのだろうか。
さっきよりも具合が悪くなっているようであれば、救急車を呼ぶことも吝かではない。
とりあえず、暁人が切り出すのを待っていることにすると、決心が着いたのか口を開いた。
「あのね…今日病院行って来たんだけど…、最初は内科で診察受けてたんだけど、こっちの方が適正だからって、産婦人科の方に行かされた…妊娠…してるって。」
暁人はそう言いながら、まだ細い腹を撫でる。
「ねぇ、産んでもいい?」
KKの判断を聞きたいらしいが、暁人の答えは既に決まっているだろう。KKは黙っているが、その沈黙は拒否のものではなく、驚きのものだと言うことを、暁人は分かっている。
勿論、KKの答えだって決まっている。
「あぁ、お前との子をみたい。前は仕事ばかりして、子育てなんて元妻に全て任せ切りにしちまったが、今度こそちゃんと成長をみたい。俺も頑張るから…産んで欲しい。」
「KK…、ありがとう。一緒に頑張ろうね。」
「こちらこそだ。しっかりサポートはする。」
自分の番が身篭った事を喜ばずには居られない。柄にもなく、涙が出そうだ。ギュッと抱きしめ合い、お互いの顔のあちらこちらにキスを落とす。暁人が髭のところにキスし、そのまま流れで唇同士を触れ合わせる。
「そろそろ晩御飯買いに行こっか」
「もう体調は大丈夫なのか?」
「うん、少し寝たから大丈夫。それよりもお腹減ったよ」
「近くのスーパー行くか。油っこいの食いてえんだろ?」
抱きしめ合ってた身体を離して、スーパーに買い出しに出かけた。
そして月日は流れ、今日、とうとう暁人に陣痛が来た。ちょうど休日を満喫している時に、暁人がお腹痛いな…お腹下しちゃったかな?と言う程度だったのだか、時間が経つにつれて、呻き始めた。KKは前の妻の経験で、陣痛だと気づき、病院に電話をして車に暁人を乗せて走らせた。
そうして、今は分娩室の前で産まれてくるのを待っている。陣痛が始まってから半日近く時間が経っている。医者から初めての出産は時間が掛かる為一旦帰ってもいいと言われたが、KKは残った。いつ我が子が生まれてきてもいいように。ウトウトしながら待っているとその瞬間が訪れた。
「おぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
分娩室から産声が聞こえてKKは思わず立ち上がってガッツポーズをしてしまった。
そして、扉が開き看護師が中へ入っていいと促してくれた。
中へ入ると、疲れた様にしてるがやり切ったという顔の暁人に抱かれた小さな生命が泣き声を上げている。早足でそこに近づいて、暁人と赤ん坊を抱きしめる。
「お疲れ様、よくやった」
「僕、頑張ったよ…ねぇ、抱いてみてよ」
暁人の頭を撫でながら、赤ん坊を見る。
まだ生まれたばかりでしわしわだが、目元は暁人に似てる気がする。
催促されるままに、抱けばその小ささとふにゃりとした感じがとても懐かしく感じる。
そして、愛おしさも。
「可愛いな。」
自然と口から零れる。
それに笑みを見せた暁人はとても幸せそうだ。KKから赤ん坊を受け取り、ずっと可愛いと呟く。
「生まれてきてくれてありがとう。」
そう言って涙目になりながら、呟く。
KKは我慢しきれずにもう一度2人まとめて抱きしめる。そこに言葉はなくとも、伝わっているだろう。赤ん坊は泣きやみ、暁人はKKの胸に頭を預けた。
暁人が病室に戻る際に、付いてるか聞かれたが、KKは書類などの手続きのために一旦帰ることにした。何よりも、育てるための環境が整ってはいるのだが、この子を育てる為に今一度環境を整えて起きたかった。
退院するまでに5日はかかるらしいので、ずっとは付いてられない。
暁人に今一度必要なものを聞き、明日持っていくと約束し、KKは帰った。
そして、待ちに待った暁人と子供の退院の日。
病室の扉を開けると、いつの日かKKが歌ってた鼻歌を歌いながら子供をあやしている暁人。ゆらゆらと体を揺らしながら、窓辺に立っていた。それは声をかけるのも躊躇う程に美しい。しかし、もう病室から出る時間だ。
いつまでも見ていたいが、これからはもう毎日家でこの光景が待っている。
「暁人、ーー、帰るぞ」
声をかけると、暁人は振り向いて頷いた。
退院の手続きはもう終わっているため、医師や看護師に挨拶だけすると盛大に祝われた。
実は、オメガでも男性は普通分娩で産むことは難しい。しかし、暁人はそれを成して遂げた。父子ともに健康の状態で。
だから、医師も看護師も祝わずには居られないのだ。
だが、ロビーでやるのはやめて欲しかった。
かなり注目の的になって、色んな人に声を掛けられてしまい、車に乗るのに時間がかかってしまった。ようやく発車させた時には2人ともヘトヘトの状態だ。
でも、暁人もKKも嬉しかった。
男性妊娠を強く否定してた時代があり、緩和されたとはいえ、まだその風潮は残っている。
だから、祝福されることはありがたいことなのだ。
そこから家に帰りつき、早速子供をベビーベッドに寝かせる。
スヤスヤと眠っているようだ。
「こういう時、なんて声かけるんだろ?いらっしゃい?」
「そうだな。前の家ではそう言ってたから合ってるんじゃないか?」
「どこの家もかける声は一緒なんだね。」
「赤ん坊にとっては初めて来る家だからな。
自然とそうなるだろ。」
「そっか…。いらっしゃいーー、今日からここで一緒に暮らしていこうね」
2人で眠る赤ん坊を見る。
この子が健やかに育って行くのを見るのが楽しみで仕方がない。
KKは再度2人を守る事を胸に誓った。
幸せな時間が永遠に続くことを願ってーーー