君を教えて 毎年毎年、寒くて憂鬱なだけだった冬が、最近好きになってきた。
一月に入って、三度目の買い出しから帰ってきて、家の主の為に貯蔵庫に日持ちのする食べ物を仕舞っていく。
「浮奇、帰ってきてたのか」
「ただいま、ふぅふぅちゃん」
のそりと自分の部屋から顔を出した家の主とは、何年か前に勤めていたカフェで会った人だった。コーヒーショップなのに、種類の少ないハーブティばかり頼むから、ちょっとだけ気になっていた。彼が読んでいる本が面白そうで、つい横目に見ていたら、目が合ってしまって、そこから時々話すようになった。
や、半分嘘かも。
顔と身体が格好良かったからちらちら見てたっていうのも、ちょっと――結構、ある。
「燻製も、木の実も、大体いるものは揃ったと思うよ」
「悪いな。自分で行こうとは思ってたんだが、気がついたら締め切りが近くなっていて……」
「いいよ。その代わり、今年もおうちに居させてね」
小ぶりの丸い耳を掻いてから、ふぅふぅちゃんは「浮奇がそうしたいなら」と目を細めて笑った。
熊の遺伝子を持つふぅふぅちゃんは、一月から二月に渡る二週間くらいを、家に閉じこもって過ごす。
シマリスの友人も、冬は動きや思考が鈍るから、と冬眠休暇を取るので、この時期はいつものように遊べなくて、つまらない。俺と同じ猫の友人はいるにはいるけど、彼には彼の付き合いがあるから、そう毎回は付き合わせられない。そんなわけで、いつも冬はつまらないと思っていたけど、ここ数年はすることが出来たのでそれなりに楽しんでいる。
ふぅふぅちゃんが冬眠する間、俺は彼の家に転がり込んで、お世話をするのが楽しみの一つになってきている。
普段はしっかりしていて頼もしいふぅふぅちゃんが、のそのそと寝返りを打ったり、差し出した燻製をかじるのを見るのは妙な満足感があった。
植物とか、何かを育てるって心に良いっていうけど、それみたいなものかなぁ?
長く眠る彼の側に丸まってうとうとと昼寝をするのも、なかなか心地が良い。友達と色んなところで遊び回るのも楽しいけど、ふぅふぅちゃんと一緒なら、ゆっくりと過ごすのも悪くない。
「楽しみだなぁ」
二日後に印がついたカレンダーを見ながら、尻尾を揺らす。まだ帰る気分じゃなかったので、もう一度部屋に籠もった彼の為に軽食を作ることにした。
四日後。
ふぅふぅちゃんがなかなか寝ない。
とっくに休暇に入っているのに、今年のふぅふぅちゃんは「まだ眠くないんだ」と言いながら起きている。起きているから自分で食事も用意するので俺がやることが特にない。手持ち無沙汰になった俺を見かねて、ふぅふぅちゃんは持っているボードゲームのルールを教えて一緒に遊んでくれたり、映画を見せてくれたりしている。今日はおすすめの本をいくつか紹介してくれた。どれもこれも俺には新しくて、面白い。楽しいといえば、楽しいんだけども。
「……今日も寝ないの?」
「うーん……眠くなってきてる気もするんだけどな」
「さっき廊下で立ったまま寝てたでしょ」
「はは。がくっときた瞬間に、壁に頭を打って目が覚めたよ」
せめてベッドで横になったらどうかと手を引くと、ふぅふぅちゃんは素直についてきてくれるので、少しだけほっとする。
熊のことは良く知らないけど、普段しているように眠れないなんて、身体に影響がないか心配になってくる。
大きな身体をひっぱって促すと、ふぅふぅちゃんは横向きにベッドに倒れてしまって、動かなくなった。
「それじゃあ、お布団がかけらんないよ!」
「ははは。怒ってるな」
笑っていたふぅふぅちゃんが、ふと俺の顔を見て黙る。
「……なに」
「寝たくないのかもしれない」
「は?」
熊が冬に寝たくないなんてことあるの?
「薬でも貰ってこようか?」
そういいつつも薬局に行くよりも病院に行った方がいいんじゃないだろうかとも思い始める。
ふぅふぅちゃんは相変わらず俺の顔を見たまま、「そうか」と上半身を起こしてしまった。
「ふぅふぅちゃん?」
「そうか。わかった。寝たくないんだ」
「えぇ……身体、しんどいと思うけど」
「いや、わかったからもう大丈夫だ。寝る」
「は!?」
意味がわからないことを言って、ふぅふぅちゃんは本当に布団に足を突っ込んで寝る準備をしはじめた。
「意味わかんないんだけど!」
「悪い悪い。もう寝るから……あー……浮奇は、外に行ったりするか?」
お腹の辺りまで布団を引き上げながら、ふぅふぅちゃんがそう聞いてくる。
「行かないけど。寒いし」
挙動不審な君が、まだ心配でもあるし。耳が外向きに傾いているのが、自分でもわかる。腕を組んで、しっぽを揺らしながら答えると、ふぅふぅちゃんはまた「そうか」と呟いた。
完全に横になってしまうと、首元までふかふかのお布団を引き上げてから、手を差し出してくる。
「……」
無言なんだけど。何その訴えるような目は。知らないんだけど。
「……~~っ、もぉ! さっきからなんなの……」
無視する訳にもいかなくて、手を取ると、ぎゅっと握られた。頼られてるみたいで、悪い気がしないのが、すこし悔しい。
距離を詰めて、ベッドの空いているところに腰掛ける。
「寂しいの?」
「いや? むしろスッキリした」
「だから何が!?」
「ははは!」
俺が怒ると、いつもふぅふぅちゃんは笑う。ふぅふぅちゃんは一つ息をつくと、握っている俺の手を眺めた。
「あのな。休暇が明けたら、浮奇に言いたいことがある」
「え?」
「だから、起きるときは側にいてくれないか」
「はぁ……」
そんなこと言われたら、気になるんだけど。頭の中でカレンダーの曜日を思い浮かべる。休暇明けなんて、あと一週間以上も先じゃん。
「今言ってくれないの?」
俺聞いてるけど? と突いてみるけど、ふぅふぅちゃんは軽く笑うだけで、教えてくれなかった。
「俺もいまわかったところなんだから、もう少しくらい噛みしめさせてくれ」
「……意味がわかんない」
その後ふぅふぅちゃんは黙ってしまって、俺のしっぽがシーツを打つ音だけが聞こえる。
少ししてからふぅふぅちゃんの顔を見ると、もう目を閉じていた。
「……寝れそう?」
「んー……」
気持ちよさそうな声が返ってくる。人を振り回して宙ぶらりんにしておいて、なんかずるくない?
このまま添い寝してたら、聞き出すチャンスがあるかな。寝ぼけて途中で教えてくれないかな。
寝息が聞こえてくる中、ふかふかのお布団に手をついて、ベッドに乗り上げた。