非売品 広いベッドの上に制服姿のまま寝転んで、額と額をくっつけるようにして一台の機械を見ている。片手で持ち運べるほどの大きさのそれは、最新の通信機器らしい。面堂の手におさまる薄べったい機器の中央を、あたるが何度か指でタップしている。本をめくるようなその仕草を、なんとも不思議な気分で眺めた。
「なにしとんじゃ」
「買い物」
「買い物ぉ?」
にわかには信じがたい話だが、この機器一台あればどこでも買い物が出来るらしい。加えて映像作品や音楽だって簡単に楽しめるそうだ。文明の利器に驚くと同時に心臓がひゅっとなるような恐ろしさみたいなものも感じた。綺麗なお姉さんも見放題じゃ、とあたるが悪戯を思いついたみたいな顔で笑うので、さすが「おれ」だと感心すらする。
「買い物ってどこで」
「アマゾンで」
「アマゾンで…買い物…?」
アマゾンで買い物とは。隠語か何かだろうか。気付けばすぐ隣に面堂が立っていたので、アマゾンで買い物だって、と伝えると、きさまは何を言っとるんだと呆れられた。
それにしても、この二人ずいぶんと距離が近い。寄り添って寝そべる様子は、まるで兄弟みたいだった。面堂の肩に顎を乗せてその腕に抱きつくあたると、振り払うこともせずに受け入れている面堂。二人揃って幼さの残る顔付きをしているのに、纏う雰囲気はたおやかでただならぬ感じがした。まるで、心のうちも体の隅々も感じるところも、なんもかんも知ってますよといった余裕すら感じる。
「面堂、おれこれが欲しいな、買ってよ」
「誰が買うか、おのれで買え」
「ケチ、いいもん、買っちゃお」
「あっ、きさま、勝手に注文するな」
「いいじゃろ、減るもんじゃないし。…あっ、おまえ、どこ触っとる」
「だって、減るもんじゃないんだろ」
「や、そういう意味じゃな…あっ――」
言い争いの延長でもつれ合う二人を、居た堪れない気持ちで見つめた。耳を食んだり、腰を抱いたり、みだらな指が素肌を這ったり、さらにはちゅくちゅくと正気では聞いていられないキスの音がして、合間を縫う様に吐息とスプリングが響く。
「あっ、んっ」
「諸星、ちゃんと息しろ」
「…いきっ、したら、買ってくれるか」
「…ああもう、どこまでもがめついやつだな」
きちんと息が出来たら考えてやる。そのまま深い深いキスを落とす二人をついに見ていられなくて、面堂と二人で部屋を出た。
ドアの両脇に立ち赤くなった頬を隠すように項垂れると、隣からもまったく同じため息が聞こえてきた。
「…ぼくの家だぞ、ここは」
なんで追い出されなならんのだ。忌々しそうに呟いてはいるが、追い出されたわけではなく、あたると面堂が勝手に部屋を出たのだ。扉越しに聞こえてくる微かな嬌声があたるの頬を余計に赤くさせた。横目で面堂を盗み見る。つんと尖った鼻先は見惚れてしまうほど整っている。ばれないようにつつつと近付いて、肩が触れる距離までつめる。
「――きさまも“あれ”くらい可愛げがあったらな」
あたるとの距離を確かめるように一瞥した面堂が微かに目を伏せた。“あれ”、とは“あれ”か。ずいぶんと人誑しそうな印象を受けたが、自分は自分。可愛くないわけではなかった。でもまあ、“あれ”は“あれ”で手に余るぞ。なんて、自分のことは棚上げ。
「…可愛げがあったら、どうしたんだ?」
下からうかがうようにして尋ねると、面堂が視線を合わせてきた。はぐらかすような表情と声色で、「どうしただろう」と呟く。自分から言い出しておいてその態度はず狡い。“あれ”を可愛いと思っている面堂に、ちょっとだけ腹も立った。あたるはあたるでしかないのに。
「…逃げとんのはどっちじゃ」
ほとんど独り言のように吐き捨てる。
「…なんだ」
「…べつに」
その答え、“アマゾン”で売ってるんだろうか。面堂とジャングルで二人きりなんて死んでも御免だな。でも答えを知りたいから、手を伸ばすかもしれない。触れてみるかもしれない、面堂に。
「…お前と出会ったのがこの時代で良かったよ」
なかば投げやりに言えば、ふっと呆れたように目を細めた面堂に、同感だと返された。