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    はじめ

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    はじめ

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    大人面あた

    言葉遊びをするふたりが好きです。言わないだけで、お互いに案外ちゃんと好きだったりする。それがとてもいじらしくて可愛い。
    「好き」は伝えないと伝わらないので。

    #面あた
    face
    ##大人面あた

    深夜のラブソング タクシーのカーステレオから流れるラジオ番組は夜の時間帯にしては聴取率が高いらしい。深夜特有の攻めた企画がコアなリスナーに受けて、さらには選曲センスが高いと評判を集めたという。
     とはいえ、そんなプレゼンをされたところで面堂には「へえ、そうか」という感想しか浮かばなかった。災害時等の情報伝達メディアとしての役割は重々承知のうえで、かといって大衆文化の一端を担うラジオ番組を普段から面堂が聞いているわけではないので、何もかもすべて年配のタクシードライバーの受け売りだった。
     妙に軽快なパーソナリティの声も、なんてことない日常の笑える話も、あまり興味をそそられない。そんな面堂の気持ちを知ってか知らずか、ドライバーが呟く。
    「――この仕事をしてるとねえ、案外ラジオが心の拠り所で。この時間に息をしているのは、働いているのは、存在しているのは、わたしひとりじゃないって思えるんです」
     なぜって孤独でしょう、この商売。まるで独り言のように続ける。それに対してうまい返答の仕方が見つからなかったので、「ほう」だとか「ああ」だとか、適当に相槌を打った。誤魔化すようにして眺めた窓の外は、二十三時半を過ぎてもネオンのおかげで煌々と明るい。まるでいくつものサイリウムを振り回したようにきらきらと滲む照明を瞬きしながら見つめた。
     ふいにラジオから聴き覚えのある音楽が流れてきた。聴き覚えがあると言っても、鼻歌程度だ。ラジオ同様、大衆の音楽に対してそれほど関心があるわけではなかったが、あいにく面堂には「大衆文化」を愛好する知り合いがいる。それも、残念ながらひどく近しい間柄に。軽く身じろいで姿勢を正すと、ルームミラー越しに優しい眼差しと目が合った。
    「――この歌、うちの娘が好きでねぇ」
     咄嗟に、娘がいるのか、と場違いなことを思って、そうですか、と当たり障りのない返答で濁した。伸びやかな声と甘ったるい歌詞は、ラブソングのようにも友情を想う歌にも聴こえた。一度だけゆっくり瞬きをすると、悔しいかなあたるの顔が思い浮かんだ。
    「――すまないが、行き先を変更してくれるか」
     思いつきのような面堂の要望を、ドライバーは眉ひとつ動かさずに「はい」と受け入れた。
    「かしこまりました。どこへ行かれますか」
    「この先の、――ホテルだ」
    「ああ、それなら近道を知ってます。それに、ここからだとユーターンせずに済む」
     お客さんラッキーですねえ、とどこか含みのある顔で笑うドライバーがエンジンをふかす。

     実は事前に予約をしておいたホテルの部屋に入ると、広いベッドの中央で枕を抱きかかえながらあたるが寝ていた。スーツのままだったが、ネクタイは外しているようだった。まるで我が家のようなふてぶてしい態度を見ても、大方予想出来ていただけに、深いため息程度で気持ちをいなした。
     部屋は、一番暗いトーンの照明がつけっぱなしになっていた。サイドテーブルには飲みかけの白ワインが置いてある。背広を脱いで、ネクタイを緩めていると、ベッドが僅かに軋み、あたるが目を覚ましたのが分かった。
    「――いま、何時じゃ」
     脈略もなしに尋ねるので、少しだけ罪悪感めいた気持ちになった。面と向かって逢瀬の約束をしていたわけではないが、この日のこの時間はいつもホテルで体を重ねていた。しかし今日に限っては、断りの連絡はもちろん、勝手に気が変わった旨も伝えていなかった。「日付を跨いだくらいだ」と努めて冷静に言うと、あたるがすんと息を吸う。
    「そうか。よう寝た」
     起き上がるつもりはないらしい。そのまま、ころんと寝返りを打ったあたるが、面堂を見上げながら、なにしに来たんじゃ、と呟いた。その声色には、面堂を咎めようだとか馬鹿にしようだとかいう気持ちは一切こもっていなかった。ただ単純に、不思議で仕方ないといった面持ちで目を瞬かせる。
    「…憎たらしい寝顔を見に来た」
     たっぷり三秒は迷って、意を決したように言葉を紡ぐ。面堂にしてはずいぶんと素直に、たった一言そう呟いて、ベッドへと向かった。
    「寝顔? おれのか?」
     貴様以外に誰がいるんだ、と言い返すには、いささか分が悪かった。返答の代わりにあたるの頬を撫でる。火照った頬は熱くてやわらかい。頬骨のあたりを親指の腹で撫でて回ると、あたるが気持ち良さそうに目を眇めた。微睡を堪能する猫のように瞼をとろんとさせ、訝しむように面堂を見上げる。
    「ずいぶんと物好きなやつだな」
     今にも夢の世界に戻ってしまいそうな消え入る声で、あたるが呟く。閉じたことにより湾曲した薄い瞼が月明かりに照らされていた。いっさいの躊躇をせずに瞼に口をつける。
    「…気持ちは伝えないと伝わらないらしい」
     タクシーで聴いた歌の一節だった。おもむろにそんなようなことを言えば、あたるが興味なさそうに「ふうん」と言った。その返答で十分だったので、面堂はしんからほっとした。革靴のままベッドに乗り、あたるに覆いかぶさる。
    「…貴様なんか嫌いだ」
     あたるの首筋に顔を埋めながら呻くように言う。許されたいわけじゃないのに、ねだるような声になった。探り当てた手を握り締めて指を絡める。シーツが汚れてしまう、だとか、今はそんな細かいことは考えていられない。腕に抱き寄せられる体温に素肌に、心が震えた。きつく抱き寄せても、あたるは拒まない。むしろ抱き返してくるので、それだけのことで、鼻の奥がツンとなった。
    「…わざわざ嫌いだって言うために、こんな夜中に来たんか」
     ほんまに物好きなやつ、とあたるが呆れたように息を吐いて面堂の背中をさする。そもそもいない可能性を考えろよ、ともっともなことを言われたので、来ないつもりだったのか、と問えば、あたるがふっと笑った。
    「さあな、それはおれのみぞ知るだ」
     鼓膜に落とされたキスから、華やかなメロディが鳴る。
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    はじめ

    DOODLE面あた
    名前を呼べばすっ飛んで来る関係。

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     教室の窓から校庭を見下ろしていると、後ろから声を掛けられた。振り向かなくても声で誰か分かった。べつに、と一言短く言ってあしらうも、あたるにのしかかるコースケは意に介さない。
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