2022/1/31ワンドロワンライ司冬 ライブの後で、高揚感「ねえねえみんな!こはねちゃん達もショーを見に来てくれたみたい!ステージの上からお客さんの中にみんなの姿が見えたよ!」
ワンダーステージでのショーを終え、えむは嬉しそうに笑顔を振りまく。寧々も息をつき水分補給をしながらショーの感想をぽつりと話し出した。ショーの後の高揚感と達成感は何度経験しても慣れないものだ。
「うん……白石さんや青柳くんにあの二重じんか……東雲くんもいたね」
「みんなでフェニックスワンダーランドに遊びに来てくれたんだね!嬉しいな!」
もうショーは終わった。それなのに熱い。あの時に青を見てから、ずっと。漠然とした何かが胸の中に渦巻いているようだ。ショーの後の高揚感?いや、何かが違う。
いても立ってもいられなくて、オレは舞台裏を飛び出した。
「おや?司くん、衣装も着替えずにどこへ行くんだい?……って、聞かなくてもだいたい予想はついているけどね」
感情の向くままに飛び出した足でワンダーステージを出る。自分が何をしたいのかもわからないまま、まだ遠くへは行っていないであろう青を探す。ステージ越しに視線が交わってから、あの色が脳裏に焼き付いて離れない。
ステージ付近を一通り見渡していると、目当ての色───冬弥は観客席のすぐ側に佇んでいた。
「……!お疲れ様です、司先輩。ショーとても感動しました!本当はショーが始まる前にご挨拶に伺いたかったのですが、人で賑わっていますしショー前でバタバタしてるかと思い──」
冬弥はオレを見つけて驚いたように目を開き、嬉しそうに駆け寄ってきた。普段通りに見えるが少し頬が赤く口数も多い。ショーを心から楽しんでくれていたようだ。
「──特にクライマックスシーンの『この広い海の平和もオレが手に入れる』という台詞が……司先輩?」
だがオレの足は、止まらなかった。オレの気迫に困惑した冬弥は少しずつ後ずさる。そうしてステージ横の壁にまでたどり着き、そのまま冬弥の腕を掴んだ。
「司先輩……?」
ショーが終わった後のワンダーステージは閑散としている。ショーの最中は老若男女問わず賑わっているが今は魔法が解けたかのように静かだ。寒気まで感じそうな静寂の中、オレの胸中には熱い想いが広がっていた。
──青く深い海原、揺れる船舶と白波。
『欲しいものは全て手に入れる』
(そうだ。言っていたじゃないか。誰が?──オレが)
欲しいものは手に入れればいい。
柔い肌を壊さぬように手に力を込めて引き寄せる。
影と影が重なるその刹那。不意に金属音を耳にした。些細な音のはずのそれが、何故かはっきりと聞こえた。冬弥のネックレスの擦れる音だ。
呆然としていた意識が明瞭になる。黒いもやが晴れ、眼前に広がるは青。深い海のような青は不安げに揺れていた。
(オレは今、何をしようとした?)
互いの息がかかる程の距離。時が止まったような錯覚さえ覚えた。はっと掴んでいた手を慌てて緩めて距離をとる。互いの間に吹き込む風が先程の距離感をより思い出させた。
「す、すまん冬弥!舞台を降りても役に入り込むとは……」
「いえ、少し驚いただけです……」
顔が熱い。冬弥の顔も赤い。しかし先程の鉄を溶かしたような熱さとは違う。オレは本当にショーの高揚感に呑まれたのだろうか。
「き、今日は来てくれてありがとう。気をつけて帰るんだぞ」
「……はい。また明日」
ワンダーステージの舞台裏に戻ると、一気に心臓の鼓動が早まる。自分は冬弥に何をするつもりだったのか。
(今まで演じた役が戻せないなんてことはなかったはず……何故だ、ショーの最中に冬弥を見つけて、嬉しくて、それで……)
(ステージを後にした時も、冬弥の姿が脳裏に映って……離れなくて……)
──『オレは欲しいものは全て手に入れる海賊だ!』
ショーを振り返り、あの想いを探っていく。オレは役に呑まれるような男じゃない、それにショーの後の高揚感とも違う感情だった。
そうして、熱い感情の正体は必然的に一つの答えにたどり着く。
(お、オレは元々こんな感情を抱いていたのか……!?)
気付かなかった、気付かないふりをしていた感情の蓋が外れ露になった想いに戸惑いを隠せない。ショーキャストのいる場所への足の歩みがさらに重くなった気がする。
(あああ明日学校でどんな顔して冬弥に会えばいいんだ!?)
(ショーの司先輩はとてもかっこよかったな……)
(舞台を降りても役に入り込むとは、流石司先輩だ。それほど熱心に打ち込んだのだろう)
(だが……あの時の司先輩を思い出すと胸の当たりが熱い……なんだ……?)
未だに心臓は鼓動を早めたまま。落ち着かせようと深呼吸をするが、先程の司の表情が思い浮かび、また身体が熱くなる。しかしこの感情の正体は冬弥にはわからなかった。
結局チームメンバーが呼びかけるまで立ち竦んでいた冬弥は、想いを振り切るように慌ててワンダーステージを離れた。