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    Hyiot_kbuch

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    ご飯を食べる門南です。

    #門南
    menan

    美味しい非番の過ごし方 空は快晴。肌寒さを感じる気温とカーテンから差し込む朝日で目を覚ました南方恭次は久しぶりの非番だ。いつもは非番といっても大抵は疲れのあまり寝て過ごすか、非番とは名ばかりの職場からの呼び出し待機状態だったりするのだが、この日は珍しくそのどちらでもない日だった。
     もぞもぞと温い布団から這い出して小さく身震いすれば、冬用に交換したばかりのスリッパを足に引っ掛ける。とりあえず顔でも洗うかと給湯器の電源を確認し洗面所へと向かう。洗面所に着けば蛇口をひねりお湯が出てくるのを待ちながら、流れる水を見て今日は一日どう過ごすかとぼんやりと考える。久しぶりに料理を作るのもいいかもしれない。そう考えているうちに温かくなった蛇口の水を手で掬い顔を洗った。

     南方は学生時代は自炊することがわりと好きだった。凝った料理に挑戦しては作りすぎて二、三日同じものを食べる羽目になったことも一度や二度ではない。大学へ入学してすぐに買った鉄製のフライパンはしっかり育てられ、卒業する頃には鈍い光沢を放つこととなっていたほどだ。
     しかし今では忙しさもあり、なかなか自炊に時間を割けない。大事に育てたフライパンも捨てこそはしていないが害虫が寄ってこないように油を根こそぎ落としてしまっている。今日は長らく使っていないフライパンを久しぶりに油慣らしして使うのも悪くないだろう。
     そうと決まれば何を作ろうかと思考が回りだす。朝食の準備がてら冷蔵庫を覗き何が自宅にあるか食材を確認すると、冷蔵庫の中には昨日買った惣菜のあまりと賞味期限が少々怪しい調味料が各種。それと酒しか入ってなかった。
    「あー調味料はいいとして……材料がなんもない」
     たしかにここ最近の食事を思い出せば惣菜と外食とで済ませてしまっていた。よしんば食材があったとしても到底使える状況ではなかったことだろう。
     無駄にした食材がないだけいいかと南方は一つ頷くと、朝食の準備へとうつる。昨晩のあまりの惣菜とパックのごはんをレンジであたためて、インスタントの味噌汁にお湯を入れただけの簡単なメニューだ。なんとなく付けたテレビのニュースキャスターがいってらっしゃいなんていう声が聞こえる。そうか今日は平日か。そんなことを考えながら低い気温に熱を奪われる前にと手を合わせ食べ進める。
     朝食を終えると、とりあえずスーパーにでも買い物にいくかと部屋着から着替えを済ませる。財布と鍵だけ持つと最寄りのスーパーへと向かう。一体何を作ろうか。気分としては中華だろうか。
     そんなことを考えながら店内に入れば聞こえてきたのは豆腐が特売だという放送。麻婆豆腐。時間もそんなにかからないしいいかもしれない。
     入口でカゴをひとつとるとすぐ横にある青果売場で葱を選ぶ。白と緑のコントラストがはっきりとしたものが良かったはずと並んだものを見るもどれも似たり寄ったりだ。南方は葱を前に暫し悩んでいたが、結局どれも同じに見えて適当なものを一つ手に取りカゴに入れた。
     他にも保存がきく野菜をいくつかカゴに入れて次に向かったのはメインである豆腐売場。特売というだけあって最安値の豆腐が所狭しと並べられている。南方は迷わず特売品……ではなく上段に少しだけ並んでいる少し高めの木綿豆腐を手に取った。特売品を買うほど安月給でもないし、どうせなら美味しいものが食べたい。
     葱ほど悩まずに豆腐売場を後にすると精肉売場へと移動する。ここで選ぶのはひき肉だ。鳥もあっさりとして美味しいのだが、やはり王道に豚だろう。ちょうどいい量のものを一つ手に取ってカゴに入れる。
     一通り店内をまわったこともあり、カゴの中を見て必要なものは揃ったなと小さく頷く。レジに向かうかと視線をあげるとあるものが目に入った。豚バラのブロック肉である。
     南方は魅力的な塊肉の誘惑に抗おうとするも、角煮にどうぞとの文言を見てしまえば、体はその味を想像してじわりと唾液を溢れさせる。
     ……まぁ今から作っても昼飯には間に合うか怪しいし夕飯の買い物もするつもりだったし、と内心言い訳をすると一キロあるブロック肉を手に取りそっとカゴに入れた。

     結局スーパーをもう一周まわって角煮に必要な材料も購入してしまった南方は満足気な面持ちでスーパーを後にした。腕にかかる袋の重さは二食分よりも多い材料が入っている気もするが、調理さえしてしまえば今日中に食べずとも明日以降の自分が食べてくれるだろう。腕の重さとは対照的に軽い気持ちで帰路を歩く。
     久しぶりに凝ったものを作るということでレシピやら段取りやら考えていたせいで、見知った相手がこちらに近づいて来ていたことには全く気付かなかった。
    「おー南方、なんじゃ気分良さそうじゃのォ」
     突然掛けられた愉しげな声に思わず卵が入った袋を取り落としそうになる。
    「……門倉か」
     慌てて袋を掴み直し声の方へと向き直る。そこには浮かれていたことを指摘され決まりの悪い南方に対し、くつくつと笑う私服の門倉が立っていた。何故ここにいるといった南方の視線を汲み取ったのか門倉は弍ィと唇を歪めて話し出す。
    「おどれ、今日は非番じゃって言っとったろ」
    「……おん」
    「じゃけぇ、かわいい恋人の家に遊びに行こ思うて」
     どうせ暇だろとでも言いたげな門倉の視線に図星をつかれた南方は言い返すことも出来ない。それに人が往来する中かわいい恋人呼ばわりされて恥ずかしいやらなんやら。そうして南方が何も言わないのをいいことに門倉は視線と話題を手元の袋へと移す。
    「何?誰か持て成す予定でもあって都合悪かったん?」
    「いや、そんな予定はない、が……」
     今日一日で食べるには多い食材を持っている自覚はある。じっとこちらに向けられる雄弁な視線に根負けした南方は小さくため息をついて笑うと、門倉の望んでいるであろう言葉を口にした。
    「……よかったら食っていくか?」

    「南方にこがいな趣味があったとはのぉ」
     そう言いながら隣を歩く門倉は上機嫌で南方の手から袋を奪った。流石に荷物持ちくらいしてくれるのかと思いきや中を一通り覗いたあと返してくるという相変わらずの横暴さである。
    「で、何作るん?」
    「麻婆豆腐」
    「ええね」
     昼のメニューは門倉のお眼鏡に適ったらしい。辛いのがいいなんてリクエストまでしてくる。
    「あと塊肉もあったけど」
     南方が口にしたメニューと袋の中にあったものを突き合わせた違和感に門倉が尋ねてくる。流石にひき肉と塊肉の両方があったせいか気付いてしまったようだ。
    「……目ざといのぉ、夕飯の角煮用じゃ」
    「ならそれも食うてから帰らんと」
     元より昼だけ食べて帰る気はなかっただろうと思うも口には出さない。沈黙は金だ。せっかくの逢瀬にそう好きこのんで門倉の機嫌など損ねたくない。
     南方の自宅のマンションの前まで着くと、門倉は勝手知ったるとばかりにエントランスへと入っていった。南方がオートロックのドアを開けるとスタスタと先に歩いていく。
    「南方、はよう」
     エレベーターに乗り込み自宅のある階で降りた門倉がドアノブに手をかけ鍵を開けろと急かしてくる。その様子がいつか見た動画の猫のようで思わず口元が緩みそうになるのを堪え鍵を開けた。ドアを開ければ家主よりも先に家の中へと入る門倉に猫の動画のままではないかと南方は堪えきれずつい笑ってしまった。
    「邪魔するよー」
     そんな南方に気付くよしもなく先に入った門倉は迷わずリビングへと向かっていた。少し遅れて追いかければ部屋の真ん中に鎮座する革張りのソファのこれまたど真ん中へと座りふんぞり返っている。
    「ここわしん家なのに寛ぎすぎじゃろ」
    「南方ん家は居心地ええけぇの」
     門倉の褒めてるのかどうかよく分からない言葉を聞き流しながら、キッチンのカウンターへと買ってきたものを並べる。昼食こそ麻婆豆腐だが先に角煮の下準備もしておきたい。
     ブロック肉を残し食材を冷蔵庫にしまい、南方は早速しまっていた鉄フライパンを取り出すとさっとお湯で洗い流した。かるくペーパーで水分を拭き取ると、火にかけ水気を飛ばしていく。所謂油ならしといった作業だ。完全に水気がなくなったのを確認すると一度火を止め、たっぷりと油を入れてまた加熱していく。南方はこの時の油の匂いが結構好きだった。
    「もう作っとんの?」
     勝手にテレビを見ていた門倉がこちらを振り返り聞いてくる。人より鼻が利くとはいえ門倉のところまでこの香りが届いたらしい。
    「いや、久しぶりにフライパン使うけぇ油ならししとる」
     聞きなれない単語に興味を抱いたのか門倉はソファから立ち上がりキッチンの方へとやってきた。カウンターの前にあるスツールに腰掛けるとどんなことをしているのかと手元を覗き込んでくる。
    「ワシの持っとるのそういうんしたことないんやけど」
    「コーティングとかされとるやつにはいらんけぇの。わしのは鉄のフライパンじゃけぇ、これしたらんとくっついていかんのじゃ」
    「ほーん」
     しっかり油が染み込んだのを確認すると余計な油をオイルポットへと移す。鈍く黒く輝く鉄に南方は満足気に頷くとフライパンを冷やさないうちにブロック肉を焼くことにする。脂ののった面からフライパンに乗せれば先程までとはまた違った油の香りが広がった。
    「焼いただけで飯が食えそうじゃ」
     なんて門倉が言ってくる気持ちも分かる。ただスーパーで見た時から既に気分は角煮なのだ。そこは譲る気はない。
    「表面しか焼かんけぇまだ食えんぞ」
    「わかっとる」
     そんなに食い意地は張っていないと言いたげな門倉を無視してブロック肉の全面を色がつくまで焼いていく。全面がこんがりときつね色になったのを確認すると鍋へと肉を移した。肉が浸る程の水にネギの頭をちぎって入れ、しょうがも適当にスライスして入れてやれば火をつける。あとは灰汁を取りながら一時間ほど待つだけだ。
     そう門倉に伝えれば下ゆでだけでそんなにかかるのかと少し驚いたようで関心半分、呆れ半分といった風に口を開いた。
    「ようそがいに面倒なもん作るね」
    「たまーにしかせんけどな」
     豚を焼いたフライパンをお湯で洗いながら答えればたまにでもようやるわなんて門倉が漏らした。フライパンの肉のコゲを流すとまた火にかけて水分を飛ばし油を馴染ませる。余計な油をオイルポットへ戻し、今度はペーパーで表面に塗り伸ばしていく。
    「もう麻婆豆腐も作るん?」
    「いや、そっちはすぐ出来るけぇまだ作らん。米だけ準備して一旦休憩じゃ」
    「ほうか」
     それだけ聞くと門倉はもう興味を失ったのか立ち上がった。キッチンへと背を向けるとソファへと戻りどかりと座る。そんな門倉の背を見ながら南方は米の準備へと取り掛かった。

     ちょうど昼に炊けるように炊飯器のセットを済ませると、南方はリビングのソファへと向かう。真ん中を譲る気は無いらしい門倉の右と左どちらに座ろうかと考えあぐねているとこっちに座れと腕を引かれ右側に座らされた。
    「うわっ、いきなり何すんじゃ」
    「んー?こっち側にもたれかかるんが欲しかったんよ」
     その言葉通りに体重をかけてきた門倉の右目と目が合う。これは多分半分本当で半分嘘だ。眼帯に覆われた反対側では南方と視線が交わらないのが嫌だと酔った時に言っていたのを思い出した。案外可愛らしいところもあるもんだと口元を緩め、意趣返しとばかりに南方からも門倉に体を預ける。互いにもたれ掛かるような状態に門倉は一瞬驚いたように目を開くもすぐに弧を描かせ南方の硬い髪をくしゃりと撫で言った。
    「なんじゃ甘えとるんか」
    「……甘えとらん」
     嘘だ。非番に、それに会えるとも思ってなかった恋人に会えて甘える気持ちがないわけがない。それを察しているのか門倉が何も言ってこないことをいいことに南方はしばらく撫でられる感触を堪能する。
     門倉は一通り南方を撫で回すと満足したのか今度は自分の番とばかりに軽く頭を擦り付けてきた。それを汲み取った南方はそっと門倉の髪へと指を通す。満足気に細められた右目を見て幾度もその動きを繰り返し、穏やかな時間を過ごした。

    「そろそろ料理戻らんとじゃろ」
     幸せな時間とはあっという間に過ぎるもので、門倉のその一言で南方は我に返った。たしかにそろそろ角煮も次の段階の準備を始めてもいい頃合だ。
     それでも何となく離れがたくなかなか腰をあげない南方に、空腹を感じはじめた門倉は早くしろと視線で訴える。それは数多の言葉よりも効果的で、南方はゆっくりと立ち上がりキッチンへと向かった。
    「で、このあとはどうすんじゃ?」
     南方がキッチンで鍋を確認するとソファにいると思った声がすぐそこから聞こえた。そこにはいつの間にカウンターの前のスツールへと移動していた門倉がいた。
    「このあとて角煮のほうか?」
    「おん」
     下ゆでは終わったのだろうと首を傾げる門倉に南方はこの後の調理過程を思い出しながら答える。
    「調味料いれてもう一回煮るよ」
    「まだ煮るんか」
    「おん、さっきほど長うはかからんけど」
     灰汁を捨てて残ったゆで汁はそのままに肉を鍋から取り出すと、キッチンバサミで適当な大きさへとカットし鍋へと戻す。そこに調味料を適宜加えて再び火をつけた。最後にクッキングシートを適当に切って使い捨ての落し蓋を作り上へと乗せる。それを見た門倉が首を傾げ尋ねた。
    「その紙入れるんはなんか意味あるんか?」
    「これか。落し蓋言うてあると煮物に味が染みるヤツじゃ。家庭科で習うたやろ」
    「知らん。そがいな授業、ワシが真面目に聞いとったと思うか?」
    「思わん」
     学生の門倉について南方が知っているのは、あの街を取り仕切っていた姿だけだ。それでもあの門倉が真面目に授業を受けている姿を想像してみるとあまりの似合わなさに思わず笑みがこぼれる。
    「なに笑うとんじゃ」
    「想像したらげに似合わん思うて」
     門倉自身もたしかにあの頃の自分を知っているのであればそうだろうなと思っているようだが笑われるのは腑に落ちないらしい。じとりとした目であくまで確認とばかりに問いかけてくる。
    「おどれは真面目に授業受けとったんか」
    「わしは内申点稼ぐためにちゃんと受けとったよ」
    「流石エリートは違うわ」
    「まぁ、こうでもせんとおどれに追いつけんかったけぇな」
     不機嫌そうに鼻を鳴らしていた門倉は続く南方の言葉に少し驚いた素振りを見せるとすぐに声を上げて笑いだした。
    「何?そがいに前からワシのこと好きやったんん?」
    「……悪いか」
     門倉の反応に墓穴を掘ったことに気付いた南方は気まずげに目を逸らしそう言った。先程までと逆転した形成に誤魔化すように冷蔵庫を開け、麻婆豆腐の材料を取り出す。
    「別に悪いなんて一言も言うとらんよ」
     楽しげに笑う門倉の目から逃れたくも逃げ場がない。南方は諦めたように葱の白い部分を手に取り八つ当たりとばかりに細かく刻み始めた。

     一通り材料を切り終えると、コンロに置いたままのフライパンに油を注ぎ、刻んだ葱とニンニク、しょうが、鷹の爪を入れた。火をつけて焦がさないようにゆっくりと香りを移していく。
    「ええ色やね」
     油の中を泳ぐ食材が黄金色に色づいてきた頃、南方が麻婆豆腐の調理を始めてから黙っていた門倉が声を掛けてきた。その視線はフライパンよりもやや上のあたりをさまよっていて、どうやら焼き色でなく匂いの色を見ているようだ。
    「ほうか?」
    「おん、ワシ好み」
     柔らかく細められた目に思わず見惚れかけるも、調理中だとフライパンへと慌てて視線を戻す。程よく油が温まっているのを確認するとひき肉を入れた。肉の色が変わった頃に料理酒やら調味料やらをいれて少し濃いめに味をつけていく。
    「その肉だけでも美味そうじゃ」
    「味見するか?」
    「する」
     近くにあった匙で少しだけそぼろ状の肉をすくってやると、食わせろとばかりに門倉が口を開けていた。
    「火傷しても知らんぞ」
     そうは言いながらも少し冷めるのを待って口の中に匙を突っ込んでやる。門倉は熱さを感じていないかのようにぱくりと口を閉じると幾度か咀嚼して感想を言ってきた。
    「酒が欲しうなる味しとる」
    「そりゃよかった」
     不味いと言われなくてよかったと内心安堵しながら、フライパンへとお湯と鶏がらスープの素を入れる。そういえば豆腐の準備がまだ済んでいない。煮立たせる間に木綿豆腐を大きめの賽の目に切ると、耐熱容器に入れラップをした後、電子レンジへと投入した。
    「これから火入れるのになんでわざわざレンジにで温めとんの?」
    「こっちの方が味が染みるけぇ」
     不思議そうに首を傾げる門倉の質問に答えてやる。本当は一度茹でた方がいいのだが二口のコンロには余裕がない。それで時短にもなる電子レンジの出番だったのだ。
    「思うたより手間かかるのぉ」
    「でもその分美味くなるんよ」
     話している間に電子音が鳴り、豆腐の加熱が終わる。温めたことで出た水分を軽く切ってやるとフライパンへと豆腐を入れた。あとはしばらく味が染みるまで待つだけだ。
     その間に角煮に入れるゆで卵でも作るかと棚から箱を取り出す。
    「なにそれ」
    「ゆで卵つくるやつ。昔、職場のビンゴ大会で当たったんじゃ」
     貰ったはいいが片手の指ほどの数しか使ったことのない調理機器を取り出し説明書を見る。説明書によると水を入れて卵を置き、タイマーをセットするだけで出来るらしい。門倉も気になるのか見せろと手を出してきたので説明書を乗せてやる。
    「へぇ……こがい簡単に出来るんじゃな」
    「みたいじゃの」
     どうやら門倉の興味を引いたようで説明書を読み終わったあとは、まじまじとゆで卵メーカーを見ていた。
    「卵取ってくるけぇ水入れといてくれん?」
    「ええよ」
     決して広くはないキッチンでは冷蔵庫まで距離は数歩としかないのにそれを口実にするとは。我ながら言い訳が下手くそだと思いながらも卵を取りだし振り向くと、門倉がシンクの前に立ち水を入れていた。
     二人で立つにはこの台所は狭いななんて思いながら門倉の隣へと並び立つ。対峙するのも悪くないがやはり立つのであれば横がいい。南方が戻ってきたことに気付いた門倉は卵を受け取ると早速機器へと並べ入れた。コンセントをさして南方が何か言う前に勝手にタイマーをセットする。
    「半熟な」
    「まぁええけど」
     機器に入れた水が蒸気となり卵を温めだした。その様子を門倉はしばらく眺めていたが直ぐに飽きたようで、麻婆豆腐のフライパンを覗いている。
    「麻婆豆腐の火、一旦止めてくれんか」
     南方がそう頼めば門倉は言われた通りフライパンの方の火を消した。その間に南方は片栗粉を用意する。軽く水で溶いたあと麻婆豆腐の中へ流し入れかき混ぜ、もう一度軽く火を通せば完成だ。
    「できたん?」
    「おん」
     棚から取り出した皿に麻婆豆腐を盛り付けると、最後に彩りとばかり葱を散らす。先程まで門倉が座っていたカウンターへ皿を置くと丁度よくご飯が炊きあがる音がした。

     各々欲しいだけ白米をついでカウンターへと並んで座る。ガタイのいい男二人で座るには少々手狭だが問題は無い。
    「「いただきます」」
     二人揃って手を合わせ食事を始める。口に合うか少し心配になり横目で隣を確認すれば、門倉は黙々とご飯に麻婆豆腐を乗せ食べていた。
     口にはあったようだなと胸を撫で下ろすと、南方も麻婆豆腐を口に運ぶ。少し強めの豆板醤の味と唐辛子の辛さが豆腐で中和されてなかなかいい出来だ。少し濃いめで米にあうのもいい。
     会話もなくただただ食べ進めれば、もともと南方ひとりで食べるつもりであった量の麻婆豆腐はあっという間になくなった。それでも多めの米のおかげか満足度は高い。門倉の方もわりと満足したようで南方と目が合えば口元を緩めて言った。
    「美味かった。ごちそうさん」
    「おん、おそまつさん」
     門倉の食べる様子から不味くはなかっただろうなと分かってはいても、直接口に出されて言われると嬉しさが湧き上がる。ついついニヤけそうになる口元を咄嗟に隠した。
    「夜も楽しみにしとるよ」
     なんて言われてしまえば、もう1品くらい作ってもいいかもしれないなんて思うほどには浮かれてしまっている。
     そんな気持ちを落ち着けるように南方は空いた皿をシンクに運び、片付けを始めた。フライパンもまた暫くはつかわないのでしっかり油を落とさなくてはいけない。
    「そういや、この卵、食べんかったけど何に使うん?」
    「んー、角煮に入れよ思うてな」
    「ええね」
     今ゆで卵メーカーのタイマーを見ればもう少しで出来上がりそうだ。
    「急いで片付けるけぇ剥くの手伝いよ」
    「しゃあない、手伝ったるわ」
     
     南方が一通り食器を洗い終えたのとほぼ同時にゆで卵メーカーからチーンと可愛らしい音がした。蓋を開けると蒸気が溢れ、おもちゃみたいな見た目に反してしっかりと加熱されている。
    「うわ、あっつ……!」
     説明書に記載の通りすぐに取り出して冷水へと入れようと卵を摘むとその熱さに南方は思わず声を上げ手を離した。持ち上げる前だったため幸いにも割れたりはしていないことに安心する。
    「そがいに熱いか?」
     その横では門倉が平然と卵を持ち上げて冷水へと入れていた。
    「なんで熱うないん?」
    「いや実際熱うないし」
     火の通りが悪い場所でもあったのかと南方は心配になるも門倉が持っているのは先程南方が取り落としそうになった卵だ。時折人外じみた耐久力を見せるがまさかこんな所でもかと南方は内心感心してしまう。
     卵を水に入れるのは門倉に任せ、南方はコンロの方へと一度向かう。いい具合に煮詰められた汁を確認すると角煮の火を止めた。
    「煮おわったん?」
    「おん。味見してもええけどまだ味が染みとらんよ」
    「そうなん?火止めてよかったんか?」
     首を傾げる門倉に南方は答えてやる。
    「冷める時に味が染みるんじゃ」
    「南方はよう知っとるのぉ」
    「家庭科で習ったけぇな」
     南方がそういってニッと笑えば、門倉も釣られたようにくつくつと笑った。
     そうして二人で一通り笑ったあと、卵の殻剥きへ取り掛かる。水で冷やされた卵は南方の手でも問題なく持てるほどの温度になっていて一つ一つ丁寧に殻を外していった。
     二人して剥けば大した数もなかったこともありすぐに作業が終わる。つるりとしたゆで卵の水分をペーパーで軽く拭き取って先程火を止めた角煮の鍋の中へと投入していく。あとは夕方には味がしみているだろうから食べる前に軽く温めるだけだ。
    「夕飯の準備も済んでしもうたね」
     門倉の言う通り準備が済んでしまった。このあと特にやることもない。
    「飯食うたけぇちぃと運動したいんじゃけど」
     そう言うと門倉は南方の尻をするりと撫でてきた。思わず肩がびくりと跳ねる。
    「嫌……?」
     小首を傾げ見つめてくる門倉の視線に南方は勝てるわけがなかった。惚れた方が負けだとはよく言うが、純粋な喧嘩も含めて門倉にはろくに勝てた試しがない。
    「嫌、やない……」
     しどろもどろに南方が答えれば先程までの殊勝な態度はどこにいったのか門倉は弍ィと悪い顔して笑った。
    「ならええやろ」
     そうして寝室へと引きずり込まれた南方は少しどころではない運動をすることになり、行為終わりに昼寝まで決めて三大欲求を全て満たした門倉は非常に機嫌良く休日を終えた。
     そして、二人して昼寝してしまったせいで昼に仕込んだ角煮は夕飯というより夜食と言った時間に食べる派目となるのだが、深夜の時間帯ということもあって非常にご飯が進んだことは言うまでもない。
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