ごはんを食べ終えてリビングでのんびりしていると、後ろから急に「シュウ!」と声をかけられて僕は大きく肩を揺らした。振り向いたら目の前にニッコリ顔のミスタがいて、「あとは頼んだ!」と渡されたのは手のひらに収まるサイズのオモチャみたいなインスタントカメラだった。そういえばここ数日彼がそれで写真を撮っているところをよく見かけたな。
……うん? あとは頼んだって?
「ミスタ、これ」
「たぶんあと五枚くらい撮れるから!」
「え、だからなんで僕に」
「全部撮れたら現像しといて〜!」
「……それが目的だね!?」
にゃはは!と愉快な笑い声を上げて自分の部屋に引っ込んでいったミスタと入れ替わるようにアイクがリビングにやってきた。すれ違いざまにミスタに脇をくすぐられたらしく「ミスタァ!?」と大きな声が聞こえて笑ってしまう。
ぷんぷん怒った顔をしていたアイクは、僕と、僕の手の中にあるカメラを見てキョトンと首を傾げた。
「それミスタのじゃなかった?」
「押しつけられちゃった」
「あはは、押しつけられちゃったか。ミスタは僕たちみんなの写真を撮ってたよね?」
「うん、僕も何回か撮られたよ」
「シュウもそうしたら? 残り何枚?」
「五枚くらいって言ってたけど……うん、残り五枚だ。あ、じゃあアイク」
「うん?」
ボタンを押すとカシャッと小さなシャッター音が鳴った。ファインダーから目を離し、目を丸くしているアイクを見て笑う。
「いい写真が撮れたかも」
「僕いま絶対マヌケな顔してたよ……何か言ってよシュウ〜」
「んへへ、ごめんね。ミスタのことも撮ってこよー」
「ヴォックスも部屋にいたと思うよ」
「サンキュー」
ルカはどうだったかな? 朝早くにランニングに行ったのは知ってるけど、僕はその物音を聞いてから眠りについてさっき起きたばかりだからルカに会ってない。こんな天気のいい日に彼が大人しく部屋にこもっているとは考えにくいな。
ミスタの部屋へ行き、ノックをしてから扉を開けて何も言わずにベッドに寝転がっているミスタを写真に収めた。うん、オーケーいい感じ。
「あ、こらシュウ! せめてなんか声かけろ!」
「撮りました〜」
「事後報告じゃねぇか!」
笑いながら扉を閉めてすぐ隣のヴォックスの部屋へ。ノックには「どうぞ」といつも通りの落ち着いた声が返ってくる。たぶんミスタとの会話が聞こえてただろうから不意打ちは難しいだろうな。
扉を開けたらパソコンの前に座っているヴォックスが余裕のある表情でこちらを振り返った。
「はい、撮りまーす」
「かっこよく撮ってくれ」
「うん、ヴォックスはいつでもかっこいいね。じゃ」
「ありがとう。本当に写真を撮りにきただけなんだな」
「ふふ、うん。あ、じゃあ質問、ルカって今どこにいるかな?」
「ルカなら少し前に庭でホースを使って遊んでいたと思うよ」
「わお、了解、ありがと」
今日は暑いもんなぁ。ヴォックスの部屋を出てリビングを通り過ぎ庭に顔を出すと、ルカが空にホースの先を向けて降ってくる水を頭から被っていた。予想以上にワイルドな水遊びだ。
髪の毛からTシャツ、ズボンに至るまで水浸しになって気持ちよさそうなルカをパシャっと写真に収める。うーん、ものすごく良い写真が撮れた気がするなあ。
「あ! シュウだ〜! おいでおいで」
「ふふ、ちょっと待ってね、これだけ避難させるから」
「あれ? ミスタのカメラ?」
「そう、使い切っちゃってって押しつけられて」
「俺も撮りたい!」
「ああ、ええっと……うん、あと一枚だけ撮れるみたいだ」
「やった! シュウお願い、タオル持ってきて〜」
「オーケー。だけど、水遊びする前にタオルは用意しておこうね?」
「暑いからすぐ乾くかなって思ったんだもーん」
お風呂場からルカのバスタオルを持って戻ると、待ちきれなかったらしいルカが窓際まで寄ってきていて、差し出したタオルと一緒に僕の腕を掴んだ。僕は裸足のまま庭に引っ張り出され、驚いて動けないうちに濡れたルカのシャツに顔が触れる。
「ルカ……!?」
「あはは! シュウも道連れ〜!」
ぎゅうっと抱き締められて服が湿る感覚と、耳元で聞こえるルカの楽しそうな声に思考を支配される。僕のことを抱き上げてぐるりと回転したルカは寂しいほどに呆気なく僕のことを解放して、水気を拭った手で窓のすぐ近くに置いてあったカメラを手に取った。楽しそうに笑ってこちらを向き、ファインダーを覗き込む。
「はい、チーズ」
「僕のこと撮るの!?」
ルカのことだから自分を写したがると思っていたのに、最後の一枚で僕を撮ったルカはすぐにカメラを元の場所に戻して再びホースを手に取った。構える間もなく水が空に向かって放出される。
「ひゃ〜! 冷たい! きもちい!」
「……僕までびしょ濡れなんだけど!」
「楽しいでしょ!」
太陽より眩しい笑顔を向けられて、その言葉を否定することなんてできなかった。僕よりびしょ濡れになって笑うルカと一緒だよ、そんなの楽しいに決まってる!
後日現像した写真をリビングのテーブルに広げて、みんなで笑いながらそれを見た。僕が不意打ちで撮ったアイクとミスタの写真はちょっとだけブレていて、きちんとカメラを向けたはずのヴォックスの写真もどうしてか顔だけブレちゃってる。それなのに水遊びをしているルカの横顔の写真は自分でもびっくりするくらい綺麗に撮れていて、みんなに「シュウ〜」と冷かされてしまった。
「あれ、シュウ、俺が撮った写真は?」
「あ、あれ、ちゃんと撮れてなかったみたいで」
「ええー!」
本当はちゃんと現像できていて、僕の部屋に隠してあるルカが撮った最後の一枚。だって、僕は知らなかったんだ。自分があんな顔してルカのこと見てるだなんて。
「絶対いい写真撮れたのになぁ」
「ルカ、何を撮ったの?」
「ん? ……俺の大好きなもの?」
「っ!?」
「ルカが好きなもの〜? あ、オーガスタス!」
「ちがーう」
「俺は撮られた記憶がないな」
「あはは! ヴォックスのことも大好きだよ!」
「それで、答えは?」
「んー、……ナイショ」
ルカがパチンと僕にウインクをしてみせて、アイクとミスタが「お?」という顔をする。きっとそれより前から気がついていたヴォックスはやれやれと肩をすくめた。
「あーっと、僕やることがあるんだった」
「あれ、そうなの?」
「昼食はどうする?」
「そんなお腹空いてないからいいや」
「ちゃんと食べないとダメだよー」
「夜はちゃんと食べるよ。……この写真、もらってもいい?」
たくさんある写真の中から自分が撮ったルカの写真を指差してそう聞くと、元々カメラの持ち主であるミスタが「もちろん!」と快い返事をくれた。センキューと軽く返してそれを掴み取る。
「俺の写真いるの?」
「じょうずに撮れたから」
「んー、たしかに。やっぱり俺もシュウの写真欲しかったなぁ」
「シュウの写真?」
「あ」
「ルカ、さっき何を撮ったって言ってたかなぁ」
「まって」
「たしか、俺の大好きなもの……だったか?」
「ぎゃあ!」
ルカが揶揄われているうちに僕は素早くリビングから逃げ出した。ごめんねルカ、あとは頼んだよ。