「ファルガーって浮奇のことどう思ってんの」
「……なんだ、急に」
「べつに。なんとなく」
「世間話なら他の話にしろ」
「やだ。答えろ」
「……」
昨日の夜、アルバーンがサニーと喧嘩したことは知っている。俺の部屋にまでアルバーンの大きな声が聞こえていた。扉を叩くように閉める音で俺も浮奇もそちらが心配になってしまい、結局浮奇が自分の部屋に戻って寝たから今朝は目覚めがあまり良くなかった。
アルバーンはサニーと休みが被る日はいつも一緒に過ごしているくせに、一人でリビングの隅っこで犬と猫と遊んでいる時点でまだ仲直りができていないことは明白だった。ただ冷蔵庫にある飲み物を取りに来ただけなのに不機嫌な仔猫に捕まってしまいため息をつくより他ない。
「酒でも飲むか?」
「昼から飲むの? やめなよ」
「どうせ休みだろう」
「……休みを酔って潰したくない」
「それが楽しいんだよ。大人の過ごし方はおこちゃまには早かったな」
「うるさいクソジジイ」
悪口を返す元気があるならまだ大丈夫か。アルバーンは感情の起伏が激しいけれど怒りが持続するタイプではない。昨日の夜から怒っているのだとしたらそろそろ自分の感情に疲れている頃だろう。酒に酔ってでも、吐き出せるものを吐き出してしまえばいいのに。
「それで、おまえは酔ったら浮奇のことを話すわけ? だったらコーヒーで付き合ってやるけど」
「素面相手に酔えない」
「……浮奇と、喧嘩しないの」
「……ここに来い。犬も猫も、みんなおいで」
ソファーに座って空いている場所を叩けば一番最初に犬が駆け寄ってきて俺はそれをめちゃくちゃに撫で回してやり、次いで軽やかに猫がソファーに飛び乗る。小さな頭を優しく撫でると気持ちよさそうに目を瞑った。最後の一人は不貞腐れた顔でのろのろと立ち上がり、肘置きにくっつくようにしてソファーの端っこに膝を抱えて座った。頭を撫でたら怒られそうだな。コイツに怒られたところで怖くはないが。
「原因はハッキリしてるのか?」
「……僕がワガママなだけ」
「ようやく自覚したのか?」
「っ! 慰めるとかないワケ!?」
「俺に慰められたところでムカつくだけだろう。慰めてほしかったのなら今からでもそうするけど」
「いらない。……そもそもファルガーに相談とかマジでないわ。なんで一番最初に来るのがおまえなんだよ」
「こっちのセリフだ。それで、おまえは自分が悪いと思っているのになんでこんなところにいるんだ。サニーは部屋にいるんだろう」
「……自分勝手にキレて、一緒にいたいから謝るの? それこそ最悪にワガママだ」
「悪いと思ったから謝る、それだけの話だよ。一緒にいたいのなんていつものことだろう。長引くとどんどん動きが取れなくなるぞ」
「……は、なにそれ、経験談?」
「悪態にキレがなくなってきたな。ハグでもしてやろうか?」
「シネ」
いつもならそれは去り際に落とされる最後の悪口なのに、アルバーンは一層膝を抱えて丸くなってしまった。拒絶の雰囲気ではないから本当にこの子が自分ではどうしようもないほど困っているのだと分かるけれど、俺にはこれ以上できることがない。優しく声をかけてやるのは俺の役割じゃないんだ。
手持ち無沙汰を誤魔化すように水を飲んでいると二階から扉の開く音と階段を降りてくる足音が聞こえてきた。アルバーンが聞き耳を立てている気配を感じて俺も無言のまま階段の方へ顔を向ける。サニーならば、手っ取り早いのだけれど。
「あ、ふーふーちゃん、おはよう。……アルバーンも、おはよ? どうしたの? 内緒話?」
「おはよう浮奇。特に何も話してなかった」
「二人でいるのに? アルバーン、どうしたの、おなか痛い?」
「……うき、こっちきて」
「わお、なぁに、どうしたのベイビィ」
アルバーン、コイツ、俺と話す時と全く違う甘えた声を出しやがって。こんな声で俺に話しかけてきたら気持ち悪くなるけれど。
ソファーの上で膝を抱えたままのアルバーンの前に浮奇がしゃがみ込み、アルバーンの両手をきゅっと優しく握った。顔を覗き込むようにしてアルバーンと目を合わせ、「泣いてなくてよかった」なんて微笑む俺の恋人。
「サニーと喧嘩した……」
「ん、夜ちょっとだけ声が聞こえたよ。仲直り、難しい?」
「僕が悪いんだもん、どうやって謝ればいいか分からない」
「謝りたいって思ってるなら大丈夫だよ。サニーのところに行ってみたら、きっと勝手に自分が喋ってくれる」
「それでまたサニーを傷つけること言ったら、僕は本当に自分のことが大嫌いになっちゃう」
「そうしたらアルバーンの分も俺とふーふーちゃんがアルバーンのこと大好きでいてあげる。サニーも、ユーゴもだよ。みんなアルバーンのことが大好きだ」
「……」
「サニーのところに行こう? 明日になったらもっと謝るの難しくなっちゃうよ」
「……浮奇、ファルガーと喧嘩する?」
「しょっちゅう」
「どうやって仲直りするの?」
「んー、……ないしょ?」
「余計なことは言うな」
「だって。えへへ」
幸せそうにニヤけた浮奇を見てアルバーンは呆れたように少し笑い、足を床に下ろし「んー」と唸り声を上げた。浮奇が立ち上がって俺とアルバーンの間に入り込んでくる。猫は浮奇の膝の上、犬は床に降りて再び窓際の日向へ寝転がった。
「……もしダメだったら慰めてくれる?」
「もちろん」
「俺は慰めない」
「おまえには頼んでないよ。浮奇、話を聞いてくれてありがと」
「おい、俺も話は聞いただろう」
「覚えてなーい。この子たちも朝から一緒にいてくれたから、あとで僕がオヤツを買ってくるね」
「ふふ、うん、ありがとう。サニーとアルバーンが仲直りしたら、今日はせっかくみんなお休みだし五人でゲームをしない?」
「する! ユーゴも起きてる?」
「どうかな? あとで起こしに行こっか」
「うん! ……よし、いってくる!」
「頑張ってね」
立ち上がったアルバーンの頭を撫でようと浮奇が手を伸ばせば、届かないほど大きな仔猫は笑顔で自分から頭を下げて浮奇の手に擦り寄らせた。すこしも動かずその様子を見ている俺に視線を寄越して「べーっ!」と舌を出す生意気なガキだ。せっかくの休みを奪いやがって。
アルバーンがリビングを去ってから、浮奇は俺の肩に頭を乗せてくすくすと笑い声で体を揺らした。その頭の上に俺も頬を寄り掛からせる。
「ああ、アルバーンかわいい……」
「可愛くなくて悪かったな」
「……まって、ふーふーちゃん、なに、え? 拗ねてるの? どうして、ふーふーちゃんだっていつでも可愛いよ、一番、誰よりも可愛い」
「やめろ……ちがう、べつに、そんなんじゃなくて。……浮奇」
「うん、大好きだよ」
「……今日の夜の予定は」
「空いてる。空いてなくても空ける。一緒にいてくれるの?」
「……朝、おまえがいないと、寒い」
「……オーマイ…………、……今すぐ襲いたい」
「五人でゲームをするんだろう」
「ああ、ああもう、俺が悪かった。サニーにアルバーンとイチャつくように連絡を入れておくから俺たちも部屋に行こう?」
いつのまにか腰をしっかりと抱かれていて身動きが取れない。俺の顔を覗き込んだ浮奇の瞳に俺だけが映っていて少し気が晴れる。浮奇の膝の上でくつろいでいたはずの猫はいつのまにか犬と一緒に窓辺で眠りこけていて、俺たちに干渉するものはここにはいないようだった。
「……浮奇、もしかしてサニーから話を聞いていたか?」
「ん? うん、さっきまで話してたよ。ふーふーちゃんも、アルバーンとお話してたんでしょう?」
「適当なことを言い合ってただけだ、いつも通り」
「アルバーンにはいつも通りが必要だった。サニーも仲直りしたがってたから大丈夫だよ。そもそもあの二人はお互いのことを大好きだからね、ちょっとした喧嘩じゃびくともしないよ。ね、ふーふーちゃん、俺たちもでしょう?」
「ちょっとした喧嘩じゃびくともしないって? 俺はおまえが外で他のヤツに慰めてもらってるんじゃないかと思って冷や冷やしてるけど?」
「……、まあそれは置いといて」
「いいよ、最後に俺のことを許してくれるのなら。くだらない喧嘩をいくらでもしよう」
「……キスとセックスで仲直りは、悪い大人の例だよね」
「理性をなくした方がお互い本音で話せるんだから、仕方ない」
「うーん、……そう、じゃあ、ふーふーちゃん。可愛いワガママをもっと聞きたいからこれから理性を飛ばしてみない?」
「……」
何も言わずとも、見つめる視線で十分伝わる。浮奇が昼間の明るいリビングに不釣り合いなほど色っぽく目を細め、俺たちは部屋まで待ちきれずに唇を重ねた。共有の場所では節度を持って、と、ルームシェアを始めた時に俺が掲げたルールを、実際のところ俺が一番破っているかも知れなかった。