くすぐったさを感じて肩をすくめた。閉じていた目をゆっくり開くとまだ暗い部屋の中、俺の目の前に見慣れた顔がいつものにやけヅラをしまって変に真面目な顔で俺のことを見つめてる。くすぐったかったのは俺の耳で、それを目の前のやつが触ってるらしい。
「なに……」
掠れた声で呟いて、触るなと言う意思表示のため少しだけ顔を動かした。俺の声も仕草も何も気にせず、スリッと耳たぶを撫でるバカエイリアン。
「んっ……レン、やめろ」
「んー。おはよ、キョウ」
「……いま何時」
「まだ夜中。二度寝がオススメだよ」
「……おまえは俺の耳に何してんの」
「なにも。ピアスの穴が気になって」
言いながらもう一度レンの指が動く。唇を噛んでムズムズする感覚を堪えた。自分だって同じように穴が開いてるだろう、なにが気になるって言うんだ。言うだけじゃ聞かないらしいから、布団から手を出してレンの手首を掴んだ。引っ張れば案外簡単にその手は耳から離れる。
「くすぐったいからやめろ」
「ああ、そっか、ごめんね?」
「……寝ねーの?」
「寝るよ。キョウも寝るでしょ?」
「誰かさんに起こされたんだよ」
「あはは、俺だ」
「笑ってないで謝罪をしろ」
「ごめんね、お詫びに子守唄でも歌う?」
「……」
「……あ、本当にいる? オーケー?」
何も言わないで睨んだだけなのに、勝手に解釈したレンは嬉しそうに笑って布団の中で俺の手を握った。さっきまでコイツの手首を掴んでいたのは俺なのに。
「何がいい? キョウの好きな曲は?」
「……なんでもいいよ。おまえの声、きもちいいから」
「え……」
「……待って、俺いまなんて言った?」
「無意識に言ったの? わお……」
「間違えたんだ、クソ、言い間違いだからマジにすんな!」
「何と言い間違えるんだよ?」
「あれだよ、あー、……ほら、なんか、眠くなるとか、そういうやつ! そう、おまえの声は退屈で眠くなるから、何の曲でも、……笑うな!」
「無理だよ……」
ムカつくにやけヅラに枕をぶつけてベッドから出ようとしたけれど、いまだに俺の手はレンに握られたままでこれ以上距離が取れない。布団の中で足を暴れさせてレンのことを蹴飛ばしても機嫌の良さそうな笑い声が返ってくるだけで余計に顔が熱くなった。
「バカレン、離せ!」
「離すわけないだろ……。キョウ、俺の声好き? 気持ちいいんだ?」
「言い間違いだっつってんだろ!」
「キョウの言うことはなんでも信じてあげたいけど」
手を引っ張られ、体を起こしたレンが俺の上に覆い被さる。額に唇が落ちてきて反射的に目を瞑った。
「俺の声、好きでしょう」
「……好きじゃない」
「そうかな? もう一回、俺の目を見て言って?」
「……すきじゃ、ない」
分かってる、自分でも全然説得力ない口調だって思うし、真っ直ぐ目を見れないのがそれを証明しているみたいだ。舌打ちをしてレンのことを睨みつける。上機嫌な笑みにムカついて、レンの内腿の際どい場所へ膝をぶつけてやった。
「なに、もう一回ってお誘い?」
「しね。俺はもう寝る」
「ええ? 子守唄は?」
「一生聞きたくない」
「そんなこと言って。ああでも、……気持ち良くなったら寝られなくなっちゃうかな?」
レンはわざと俺の耳元で囁くようにそう言った。俺は今度こそレンのアソコを蹴り上げて、バカが呻き声を上げて転がった隙にベッドから飛び起きる。床に落ちていた服を適当に拾って扉へ向かい、廊下に出てからレンの服だけを床に投げ捨てた。
「俺はソファーで寝るから朝までそこで大人しくしてろ。目覚ましが鳴るより先にこの部屋から出たら俺はもう一生この家に来ないからな」
「ソファーで? ダメだよ、それなら俺がソファーで寝るからキョウがここで寝て」
「いやだ。おまえの匂いがするからムカついて寝られない」
「……キョウ」
悲しそうな顔を見て少しだけ罪悪感を感じるけれど、コイツは表情を作るのがうまいし、……声もちょっと寂しそうだけど、ただの演技だろうし。……たぶん。
「キョウ、本当に嫌な気持ちにさせなら謝る。ごめん。俺はキョウのことがめちゃくちゃ可愛くって構いたくなっちゃうんだよ。これからは気をつけるから許してくれない?」
「……」
「今日は気温が低いし、ソファーで寝たら風邪引いちゃうよ。一緒にいたくないなら俺がソファーで寝るから、キョウはここで寝て?」
「……そしたらおまえが風邪引くだろ」
「大丈夫」
「……何もしないって誓うならベッドで寝かせてやる」
「しない。キョウの言う通りにするよ。……おいで?」
何もしないって言ったくせに両手を広げて俺のことを呼ぶから、コイツ馬鹿だろってちょっと笑ってしまった。まあハグくらいなら、許してやってもいいかも。
シャツとハーフパンツをきちんと身につけてからベッドに上がって、俺のことをじっと見てるレンの腕の中に体を寄せた。ぎゅうっと抱きしめてから今さら気がついたみたいに「待って、ハグってセーフ?」と聞いてくるマヌケの頬にキスを落とす。
「俺の抱き枕になるならハグはセーフにしてやる」
「……キョウからキスするのはいいわけ?」
「ダメならしない」
「ダメなわけないよ! ……もう一回してくれない?」
「何もしないんだろ」
「俺は何もしないから」
珍しく余裕のない表情がちょっと可愛かったから、俺は口角を上げてレンの唇にキスをした。