真夜中に目が覚めてしまい、時間を確認するためにスマホに手を伸ばそうとして全く動けないことに気がついた。見ると僕の身体を固定するようにヴォックスが抱きしめてくれている。眠りについた時はそんなふうにはしていなかったはずだ。途中で起きたのか、寝相でそうなったのか、どちらにせよヴォックスの温かさに包まれるこの体勢は案外悪くない。ヴォックスも僕の体温で温まってくれているといいのだけれど。
彼を起こさないように少しだけ腕を持ち上げ隙間を作り、もぞもぞと動いてヴォックスのほうへ顔を向けた。スマホまで手を伸ばすことは難しかったけれどベッドのすぐ近くに時計が置いてあって、今が深夜の三時だということを知ることができた。まだ起きるには早い時間だ、二度寝をするのが良いだろう。でも、……向かい合った彼の寝顔の美しさは、今しか見ることができないかも。
起きている時だってもちろん、彼は全ての瞬間で美しさを損なうことなどないけれど(ふざけてる時の変顔は抜きにして)、起きている時は、こんなにじっと見つめたら彼に気がつかれて「そんなに見つめられたら照れてしまうよ」なんて茶化されてしまうだろう。もちろん見ること自体を咎めることは決してないだろうけど、そう言われると僕も少し照れてしまうから。「今日も綺麗だと思っただけだよ。タダ見しちゃってごめんね?」なんて冗談で返して誤魔化すしかなくなってしまう。
だからこうして僕の満足するまで、好きなだけ彼を見つめられる時間は実はちょっとだけ貴重だ。「今から君のことを見るからじっとしていてね」なんて真正面から言ったら照れて動き回ってしまう人だから。ヴォックスはいつもとても余裕のある人なのに、どうしてか僕相手だとその余裕はなくなってしまう。照れた顔も好きだし僕だけ特別に思ってくれているのは嬉しいけれどね。
穏やかな寝息に合わせてかすかに上下するヴォックスの身体を僕もそっと抱きしめて、顔をすこしだけ近づけた。元から近い距離がキスをできそうなくらいまで近くなったからせっかくだしとおもってその頬に唇を寄せる。
僕は自分からキスをすることがあまりない。なぜならいつもヴォックスからキスをしてくれるから。どうせなら唇にしてしまえばよかったかな? どうせヴォックスは寝ていて、僕しか知らないんだし。本人相手に練習なんて贅沢過ぎる?
すっかり目が覚めてしまった僕はどうしようかなと思いながらもう一度彼と距離を取ろうとしたのだけれど、いつのまにか僕の背中に回っていたヴォックスの手が腰をキツく抱き寄せていて離れることができなかった。寝相……かな? 顔を覗き込んで先ほどと変わらぬ美しい寝顔に小さく息を吐いた。もし起きていたら、恥ずかしくて逃げ出していたところだった。
キスをするのはやめにして彼の首筋に顔を埋めて目をつむる。いつもしている香水の匂いがせず、代わりにほのかなシャンプーの香りと彼自身の匂いを感じた。すんすんと鼻を鳴らすと抱きしめた体がビクッと揺れる。……え。
「……ヴォックス、起きてる?」
「……ああ」
「! い、いつから……」
返ってきた声に思わず顔を上げれば僕のことを見つめているヴォックスと目が合った。咄嗟にヴォックスの胸を押したけれどむしろ抱き寄せられて隙間がなくなってしまう。
「キミが動いたから、それで」
「ええと、……全部夢だよ?」
「……キミからキスをくれたことも?」
「うわあ……」
「どうして私が寝ている時にするんだい? 一人で楽しむなんてずるいな」
言いながらヴォックスは僕の額や瞼、頬にキスをして、唇がくっつく直前で動きを止めた。真っ直ぐ見つめる瞳の求めていることはいくら鈍い僕でも分かるから。
「……目をつむってくれる?」
「見ていたい」
「おねがい」
「……悪い子だ。私がキミのお願いに弱いことを知っていてそう言うんだろう」
「ヴォックスが優しい人だって知ってるだけだよ」
「……オーケー、仰せのままに」
「ありがとう」
綺麗な瞳を瞼のうしろに隠して、ヴォックスはほんのすこし口角を上げた。寝顔のようで全くそうではない隙のない君が、本当にすごく好きだよ。
自分の意思で顔を動かし、彼の唇と唇を重ねる。彼のようにキスが上手いわけではないけれど、ただ丁寧に重ねるだけのキスなら僕だって上手でしょう? 誰よりも気持ちを込めているからね。
「……アイク」
「うん、なに?」
「……私からも、していいか?」
「……ふふ、僕が許可を出してあげたほうがいいの? したい時に、好きにしていいのに」
言い終わる前にヴォックスが僕の後頭部を手のひらで包み込んで唇を食んだ。いつもより少しだけ乱暴な、セックスの最中のようなキス。僕は目をつむってそれに応え、頭の片隅で二度寝は失敗かな?と考えた。君と二人なら、夜更かしだって悪くない。