どっちでもいい話撮影が終わりスタジオを後にしようとすると「夏準さん!」と呼び止められた。こんなにはっきりと通る明るい声の持ち主は一人しかいない。振り返ると案の定、ボクに眩しい笑顔を向ける男性が立っていた。
「夏準さんお疲れ様!」
「お疲れ様です。アナタも撮影ですか?」
「そんなとこかも!」
微妙に歯切れの悪い回答が気になりつつも、それ以上追求をすることなく当たり障りのない会話が終わる。
「でも会えてよかったー!」
「ボクに用でもありましたか?」
「ううん、挨拶したかっただけ」
「挨拶、ですか?」
「あとは単純に今日に会いたかったからさ」
「それは…どうも」
「あはは!あやしいよね、ゴメンゴメン!でもホント気にしないで!」
「ならボクはそろそろ行きますね」
「あ、引き留めちゃってごめんね!おやすみなさい!」
「えぇ、おやすみなさい」
それからタクシーに乗って帰路につく。運転手の座席につけられた広告のみを流すミニテレビには、現在の時刻が大きく表示されていた。この様子だと二十時までには家に帰れそうだ。
『十一月二十六日は、いい風呂の日です!今日はいつもシャワーで済ます方も、湯船に浸かってみてはいかがでしょうか!』
静かな車内に流れるラジオから聞こえてくる声につられて、思考が入浴に持っていかれる。貰い物の良い入浴剤があったはずなので、それでもいれましょうか。
ふいにスマホを取り出し、SNSをチェックしてみる。日常的に確認をするものではないので、ログインをするのは一週間ぶりかもしれない。タイムラインを確認し、おすすめに出てきた投稿に手が止まる。
あぁ、彼は今日誕生日だったのか。
そのことに気付くとハッとした。もしかして彼はボクからのプレゼントを貰うわけでも、祝いの言葉を求めるでもなく、ただ会いに来たのか?誕生日という免罪符も使わずに?
ぞくぞくと体が震えるような、形容し難い興奮が胸を締め付ける。彼がボクのことを尊敬していることはボクも含め周知の事実だ。けれどまさか、そんな健気さを発揮するほどとは思いもしなかった。
今のボクは機嫌がいいので、プレゼントでもあげましょう。彼のSNSのアカウントページに飛ぶと、食事に誘うDMを送った。