■■■ 大惨事 1話.
プロンテラの東。カプラさんが立っているところからわずかに北。
人通りどころか、ここをたまり場にしているギルドの面々しか来ないような寂れた裏路地。
さらに街を守る外壁に沿うように並べられた木箱の上で、アサシンクロスが両膝を抱えて座っていた。
その表情は暗く、憂いを帯びている。
アサシンクロスは膝の上に頭を乗せてため息をついた。
「なぁ・・・・この世界はどこまで、俺を苦しめればすむんだろう・・・・」
「お前限定って訳じゃないと思うがな」
その横で木箱に寄りかかる様に座っているのはハイプリーストだった。
プロンテラ新聞を読みながら、タバコを吹かせる姿からはアサシンクロスの事を心配している様子は欠片も無い。
口調も至極あっさりしたものだった。
同じギルドにいて一応恋人のはずなのだが、このハイプリーストが優しかったことなどベットの上ですらないので、アサシンクロスはすでに優しくされることは諦めている。
すんすんと鼻を鳴らしながら、よどみのオーラを背負って丸くなった。
「無敵のソロ職(強さではなく並ぶもの無しのロンリー職の意)として名をはせ・・・・一時はピクミンと言われ・・・・」
「ピクミンってなんだ?」
ハイプリーストがなんでもないところで引っ掛かりを覚えたらしい。
気にかけて欲しいところではまったく反応しないくせに。
「頭に触角のような葉っぱだか花だかよくわからんものが生えた植物もどき」
「ほう。かわいいじゃないか」
「がんばって生きようとしているのに、あっさりとよくわからない化け物に食われたりするんだ」
「殴りに行って深淵の騎士に踏み潰されるお前にぴったりだな」
ハイプリーストは心の底から本気でそう言った。アサシンクロスにはわかる。
アサシンクロスは丸くなったまま尻だけで動いてこの情のかけらも無いハイプリーストから離れようとするが、わずかしか動かない内にころんと横に倒れた。
ハイプリーストは気にも留めずに新聞を読んでいる。
一面は近々やってくる新しい職業についての記事だった。
「お前はまだいいよ・・・・。アークビショップの名前も衣装まだまともな方なんだもん・・・・っ」
アサシンクロスはだんだん物悲しくなって、まるくなったまましくしくと泣き出した。
「ギロチンクロスってなんだよ・・・・っ。ギロチンって怖いよ。首飛ばされそうだよ。処刑道具だよ。何、あんなの持って歩けって言うの? やだやだ。怖いいいいいい」
「アサクロが処刑道具を怖がってどうする。かっこいい名前じゃないか。チンクロ」
「チンクロ言うなああああああ―――」
アサシンクロスはますます丸くなって泣き出す。
「名前公開があった時、108枚も抗議の葉書書いたのにいいいいいいっ」
「煩悩の数だな」
「店に行って、あるだけくださいって言ったら108枚だったんだもん・・・・」
両手でマフラーの端っこを握って涙を拭う。
「しかも何であんなに一杯毒があるの。覚えられるわけないじゃないか・・・っ」
「お前、知力にマイナス補正かかってるもんな」
「毒薬だって1割も成功しないのに、新しい毒なんてもっと覚えられるわけないいいいいいいいいいいっ」
「お前・・・・・」
ハイプリーストは眉間に皺を寄せてアサシンクロスを見た。
「ちゃんとアサシンから勉強しなおしたほうがいいんじゃないか・・・・?」
「わあああああああああんんんんんんんんっっ」
アサシンクロスは子供が駄々を捏ねるように木箱の上でごろごろと転がる。
「やだやだやだやだ。ギロチンなんてやだああああああ。あんなトゲトゲした服やだああああああっ あんなブロンズクロスもどきなんて着たくないいいいいいいいいいいいいっ」
「だが・・・・転職できるようになったら強制だからなぁ・・・・」
それがギルドの方針なのだ。
二人のいるギルドのマスターはロードナイトだ。
だが、公開された上位のルーンナイトの蛍光色の玉と羽織を見て何かが終わったらしい。
確かに背後から見たら、温泉街を歩くダサい浴衣の兄ちゃんのようである。
長いこと待っていただけに、その表情は新世界の神を自称する男より性質が悪いものになっていた。
大変なのは巻き込まれたギルドメンバー達である。
唯でさえ、レベルの高い転生職が多く在籍していて、前々から三次職については何度も話題になっていた。
なるよな? と、連日のように鬼気迫るギルドマスターは、勝手にギルド脱退が出来ないように裏工作までしている。
転職できるようになったら、出来る面々を縄で繋いでドナドナする勢いだ。
ハイプリーストは新聞を畳んで肩の力を抜く。
「ホワイトスミスとか転生の時はジーパンを死守したのにと騒いでいたな・・・」
「ハイウィザードは、自分銃持てたっけ・・・? とか遠い目をしていたよ。でも同じ遠距離かぁって笑ってた表情がすごく鬼気迫ってて怖かった」
「チェイサーは喜んでたな。あいつハンターになりたかったのを間違ってシーフになった口だから。往生際悪く弓使いだったところにシャドウチェイサーの衣装に夢と希望を見出したらしい」
「ちっ・・・・・。ぽりんで頭打って死ねばいいのに・・・・・」
アサシンクロスは、ぎりっと歯軋りをして呪いの言葉を吐く。
「お前もアークビショップになったら三本ベルトに足引っ掛けて転べばいいんだ」
「あれは邪魔だな。座る時にわざわざ外さないといけない辺り、機能性を忘れているとしか思えない。便所スリッパはかろうじて思いとどまってくれたようだが・・・・・・・・・・・で、お前はさっきから何をいじけてるんだ?」
ハイプリーストが新聞でアサシンクロスの腰を叩く。
横になったままのアサシンクロスはまた丸くなる。ぼろぼろに穴の開いているシーフクロースの裾を掴んで指先で弄る。
「腰巻・・・・・」
「ん?」
「腰巻くださいいいいいいいいいいいいいい」
ぶわっとまた泣き出したアサシンクロスは丸くなったままころころと転がる。
さっきから木箱から落ちない辺りとても器用だ。
「名前はしょうがないよっ。もう諦めたよっ! でもっ、でもっ 腰から下のこのひらっとしたのが好きなのになんで無くなるんだよおおおおおおおおおおお 上のおじさんたちはわかってないっ アサシンやアサクロのこの腰巻は男の浪漫なのに」
「尻を撫で回したくなるあたりがか?」
恐ろしいことにハイプリーストの声にゆがみは無い。
「それは男の欲望だろうがっ これは断じて尻ガードじゃないんだよっ」
「え。だってそれ、あれだろ。体にぴったりフィットしたその服の所為で、男アサシンに対する痴漢被害が急増したから後で作られたんだろ。転生職の服案を出す時、アサシンクロスはどうするか上層部はずいぶん悩んで、もう尻は隠しとけってそれになったんだろ?」
「誰がそんな事言ったあああああああ」
「ギロチンクロスはだから尻をあんなに硬そうなもので覆って見せないようにしてるんだって、プロンテラ新聞に書いてある。ほれ」
差し出された新聞を奪うアサシンクロスは、そこに書いている記事を読んで、感極まったように目に涙を浮かべた。
「違うもんっ 腰巻は身軽さを象徴する浪漫だもんんんんんっ ツバメの尻尾みたいなもんなんだもんっ」
「ああ、だからお前は鳥頭なのか。納得した」
「もうやだこいつ。別れてやるっ お前なんか嫌いだあああああ」
木箱に伏せて泣くアサシンクロスは気が付かなかったが、ハイプリーストはその言葉に僅かに表情をゆがめた。
木箱に寄りかかったまま、少し視線を彷徨わせて何かを思いついたように口を開く。
「だったら転職した後ででも自分で作ればいいだろ」
「・・・・・・・え?」
アサシンクロスが腕の隙間から顔をのぞかせる。
ハイプリーストは至極真面目に言った。
「ウンバラで作ればいい」
「それ腰ミノおおおおおおおおおおおお 腰巻違うううう――――――」
プロンテラの一角で、もうすぐ三次職にさせられそうなアサシンクロスの泣き声が響いた。
大惨事職と異名をとる新たな職業の受付が始まるまで、あとわずか。