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    4話3 ~絆・カトリーヌ~.



    それは些細な違和感からだった。

    「お。エレメスおはよ」
    「おはよう」
    常駐する宿でもある酒場兼食堂。
    そこでアサシンのエレメスがパンとコーヒーだけの朝食を済ませたところで、ブラックスミスのハワードが2階から降りてきた。その後ろからウィザードのカトリーヌもやってくる。
    「・・・・・おはよ」
    「ああ、おはよう」
    聞き逃してしまいそうなほど小さな声で挨拶をしたカトリーヌは、低血圧のせいかまだ眠そうに目を細めている。ふらふらとしている彼女にエレメスは自分の横の椅子を引いて座らせた。
    礼を言って座るカトリーヌはまだぼーっとしている。
    毎日のこととはいえ大丈夫だろうかと心配したエレメスは、ふと、彼女に小さな違和感を感じた。
    「・・・・・・・?」
    だがそれが何かわからない。
    一方、ハワードはエレメスの前にある皿を見て眉間に皺を寄せた。
    「まーたパンだけか。ベーコンとか卵とか野菜とかも食った方がいいぞー。健康にも肌にもいい」
    うんうんと頷きながらハワードはマスターに自分達の食事とエレメスに温野菜を勝手に注文する。
    「拙者朝はあまり食が通らんのだが」
    「いいから付き合えよ。そういやセイレンとマーガレッタは?」
    「セイレン殿は所用とかで朝早くに出た。夕方には戻ると。マーガレッタ殿は教会の孤児院に手伝いに行くとかで」
    「ああ。そか」
    やがてマスターがプレートを持ってきてハワードとカトリーヌの前に置く。
    それは厚切りのパンの上ににベーコンやスクランブルエッグ、肉野菜を山ほど乗せてまたパンで蓋をされているサンドイッチだった。しかも具は挟んでいるパンより厚みがあり、更に横にはみ出している。
    同じプレートの上にはポテトがどんっと盛られており、エレメスは明らかに2,3人前の量があるそれを見てすでに胸焼けを起こしていた。
    自分の前にも温野菜が来たのだが、フォークすら持てずにいる。
    「そ・・・・・それを食うのか・・・・?」
    「なんかおかしいか?うっまそー。いっただっきまーす」
    「・・・・・いただきます・・・・」
    ハワードはがつがつと、カトリーヌはぱくぱくと食べ始める。
    まぁハワードは体が大きい上に男である。確かに多い量ではあるが、『朝飯は一日の基本』を掲げているハワードらしいと思える。
    だがしかし、この男と同じ量を平らげてしまえるカトリーヌは、ギルド内で一番小柄な女性なのだ。
    抱きしめてしまえば折れるのではないかと心配するほどに細身ながらも、その実目のやり場に困ってしまうほどのナイスバディ。
    一見人形のように表情の変わらないカトリーヌだが、彼女もまた謎の多い女性であった。

    その一つがこの食事の量だろう。

    「・・・・・良く食べるな」
    「・・・・二人分食べないとだから」
    いつかと同じ会話を繰り返しながらも、またもエレメスはその意味を聞けずにいた。もくもくと食事を続ける彼女の邪魔をしたくないという気持ちもある。
    よどみなく動くナイフとフォークが、言葉を発する時だけとまるのだから、申し訳なく思ってしまうのだ。
    「・・・・・ごちそうさま」
    そうしないうちに手を合わせて食事を締めくくるカトリーヌの前にあるプレートは綺麗に食べつくされていた。
    いったいあの量がこの体のどこに入っているのか、不思議だと思うエレメスだった。












    LOOP~絆・カトリーヌ~














    最初気のせいかと思っていた違和感。
    それはカトリーヌから香るタバコの匂いなのだとエレメスは気が付いた。

    しかもそれはハワードが吸っているタバコのもの。
    だが、エレメスが知る限り、カトリーヌはタバコを吸わない。
    ヘビースモーカーのハワードが吸っているのは一般的に普及しているものとは違って少しタールが重い。
    ちょっと興味があって吸ったというのもおかしい。
    だが、そうなるとカトリーヌはハワードのタバコのにおいがつくほどに近くにいたということになる。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

    確かにギルドの中で恋人という関係が築かれていても不思議ではない。
    そのような気配に自分が気がつかなかっただけなのだろうか。
    エレメスはしだいにハワードとカトリーヌが付き合っているのではないだろうかと思い始めていた。
    確かに意外と世話好きなハワードと日常ぼーっとしているカトリーヌは似合いのようにも見えた。
    それに、今もよく食べるなと言った自分にカトリーヌが返した言葉。
    『二人分食べないとだから』
    あれはやはり赤ん坊のことだったのか。
    ということは、父親はハワードか?

    「エレメスー。今日はちょっとカトリーヌと出ようと思うんだがお前どうする?」
    椅子に寄りかかりながら爪楊枝で歯を掃除するハワードはそう言ってエレメスを誘う。
    「せ、拙者、ちょっと人と会う約束をしている故に」
    それは本当のことだが、せっかくの二人のデートを邪魔する気など毛頭無い。
    エレメスの中で疑惑はほぼ確定のものになりつつあった。
    「そか・・・・」
    ハワードは残念そうにしながらもそれ以上無理には誘わなかった。
    ただ、エレメスが視線を合わせようとしないことを不思議に思っていた。
    「エレメス・・・?」
    「拙者、もう時間なので失礼する」
    エレメスは慌てて立ち上がり、そのまま出て行こうとした。
    しかしくいっと引っ張られる感覚にエレメスはとまった。
    見ればカトリーヌが座ったまま自分を見上げていた。
    動じないとび色の瞳がエレメスの顔を映す。
    「エレメス・・・・・・これ、食べていい?」
    これ、と指し示すものは、エレメスが結局手をつけなかった温野菜だった。
    エレメスはそれをすっとカトリーヌの前に差し出す。

    「その・・・・む、無理ないようにな」

    「・・・・・・・・?」
    怪訝そうな顔をするカトリーヌとハワードに背を向けてエレメスは町へ出て行った。
    「無理・・・して食うなってことか?」
    「・・・・・さぁ」
    二人は小首をかしげてエレメスを見送るのだった。




    その後、エレメスはアサシンギルドのあるモロクに行き、ある建物の地下にある酒場に訪れた。
    そこで会う約束をしていた人物はもうすでに来ていて、エレメスの顔を見るなり軽く手を上げる。
    オールバックにした紫色の髪。それを前髪だけ少し下ろした男のアサシンは、20代にも見えるし40代にも見える不思議な顔立ちをしていた。その容姿は自分が始めて会った頃から変わっていない。だが自分よりずっと年上なのは確かだった。
    「お久しぶりです」
    「おう」
    短い挨拶とさりげない日常会話をしながら、二人は酒場の隅でその場に溶け込むように気配を消した。
    この場にいた者でも、目で確認しなければそこに人がいるとは思わないほどに気配を綺麗に消してしまうのは、これからの話があまり表立ってはまずいからだ。
    エレメスはハワードが持っていた妹の写真のコピーを男に渡す。
    「この子なんですが。攫われたのは8年前、当時5歳だったから今は13歳になってるはずです」
    このアサシンは、ギルド抱えの人探しのスペシャリストだった。
    彼に掛かれば探せない者はいないとまで言われているが、その分金も掛かる。
    通常なら彼に直に話を持っていっても、この場では話すら聞いてもらえない。
    だが、アサシンはコピーを見ながらエレメスの言う彼女の特徴を黙って聞いていた。
    そして話が終わるとコピーを畳んでエレメスに返す。
    「8年前、アルベルタだけでなくプロンテラやイズルードでも神隠しが起こった。消えたのはまだ物心がつくかつかないかの少年少女が年間で30人前後。中には赤ん坊もいた。当時その関係性が疑われていたが、神隠しイコールモンスターに襲われた説が有力でな。確かにそれもおかしい話ではないが、もう一つ裏ではこういう噂があった。『聖堂にも登録されていない聖職者が子供を集めて回っている』」
    「聖職者が?」
    「あいつらは自由に空間転移が出来るからな」
    「だがプリーストになるには大聖堂での登録が必要でしょう。登録されないプリーストなんているはずが無い」
    「そうだな。ただの噂・・・・と、普通なら思うだろう。だが、当時ジュノーと国交前の大使交換していた時でな。教会の聖職者が信仰の普及のためにジュノーに赴いている。当時仮設教会を作りそこでは洗礼なども行われていたからある程度権限はあったはずだ。それにそこは孤児を集めていたとも聞く」
    「・・・・・・・・・・・」
    「噂ではそこの出資はリヒタルゼンのレッケンベル社が行っていた。当時の教会は国交が開かれると同時に取り壊されていて、関係者達がどこに行ったのかはわからない。プロンテラに戻っていないことは確かなんだが」
    「・・・・・・・・・・・・・・・」
    このアサシンの口をして行方不明とするからには、彼らはもう生きてはいないかそれとも今国交のある地域以外の場所に行ったのだということだ。
    それにレッケンベル社はリヒタルゼンに昔からある大企業で、さまざまな研究を行っていると聞く。
    「それと、もう一つ。公にはされていないが国がリヒタルゼンとの国交を開こうとしている。まだ問題は山済みらしいが数年のうちには行けるようになるかもしれないな」
    アサシンはそう言って立ち上がる。
    エレメスが懐から礼金を渡そうとするのをアサシンは手で差し止める。
    「金なんてもらったらギルドにいい訳が立たなくなるんでな。・・・・あいつは今どうしてる?」
    「師匠なら相変わらずだと思います」
    このアサシンは元々がエレメスの師匠の関係者だった。
    知り合ったきっかけは、このアサシンが情報集めのため城に忍んでいった時に師匠に返り討ちにされたというきな臭いものだったが、どういうわけがこのアサシンは師匠に惚れたらしい。
    城主第一の師匠の方は歯牙にもかけず、追い払ってばかりいるのだが、このアサシンはまったく懲りていない。
    「今度遊びに行くと伝えておいてくれ」
    「ほどほどにしないと殺されますよ?」
    今まで何度も何度もこのアサシンは師匠目当てに忍んで行き、そして返り討ちにあっていた。
    だが、エレメスがアサシンになると決めた時、師匠はこのアサシンにエレメスの世話を頼んだ。
    他に託せる人がいなかっただけかもしれないが、それなりに信頼はしている証ではあるのだろう。
    だがらエレメスにとっても彼は兄のように思っている人なのだ。
    アサシンはエレメスの腕についたギルドエンブレムを見てにやりと笑う。
    「お前がギルドに入るなんてな」
    「奇縁があって」
    「いいことだ。一般ギルドに入ってればアサシンギルドもお前に手出しは出来ない」
    それにエレメスは苦笑する。
    アサシンギルドは横の繋がりが強い。それは活動そのものが世界の影を担うものだからに他ならない。
    人殺しや暗殺はもちろん、金さえ貰えればなんでも行ってきた。
    もちろんギルドとして昇格してアサシンという職が冒険者として認められてからはそういったことは表向き禁止されたが、裏ではそういった活動もまだ行われているのだ。
    特にその影を担う活動には有能なアサシンが選ばれていた。
    今目の前にいるアサシンもそうだ。
    そしてエレメスもまた以前から何度もアサシンギルドから勧誘されていた。
    だが、こうして一般ギルドに入ってからは、情報漏えいを防ぐためにアサシンギルドからの勧誘は無くなった。
    そのことはエレメスも安心していた。
    「いいギルドにいるようだな。前よりいい顔をするようになった」
    「・・・・・・・・・」
    エレメスはその言葉に目を細めて微笑を返した。




    ジュノーに寄り教会跡を見て回ったエレメスは、たいした成果を上げれないまま宿でもある酒場に戻った。
    いつも陣取っているテーブルにはプリーストのマーガレッタ、ハンターのセシル、ウィザードのカトリーヌが食後らしい紅茶を飲んでいた。
    まずマーガレッタがエレメスに気がつく。
    「おかえりなさい。エレメス。夕飯はどうします?」
    「途中で買って食べたから。・・・・セイレンとハワードは?」
    「セイレンはまだ帰ってきてませんが、ハワードなら上で休んでると思いますよ」
    「・・・・そうか」

    さっき仕入れてきた情報をハワードに話すべきかどうするべきかエレメスは悩んでいた。
    まだ集団神隠しの中にハワードの妹のアルマイアが関係しているという確証は無い。
    それにまだ国交が開かれていない場所に調べに行くには無理がある。
    だがこれもまた一つの手がかりになるかもしれないのだ。

    「良かったらお茶でもご一緒に」
    「いや、・・・拙者も先に休ませてもらう」
    申し訳ないと手を掲げて二階に上がる。
    一番奥の右側にハワードの部屋はある。
    エレメスはドアの前に立って2回ノックをした。
    まだ起きていたらしく返事が返ってすぐにドアが開いた。
    「エレメス?」
    そこにエレメスが立っていたことにハワードは少なからず驚いているようだった。
    「夜分にすまない。少々話がある」
    「・・・・・・・ちょっとまて、財布を・・・」
    一階で聞こうと思ったのかそう言うハワードにエレメスは首を小さく横に振った。
    「人にあまり聞かれたくない話なのだ。よければ中に入れてくれないか」
    「おいおい。あのなぁ夜に男の部屋になんて入るもんじゃねーよ?襲うぞ?」
    呆れたように、だが冗談のように言うハワードにエレメスもため息をついた。
    ハワードにはつきあっている女性がいるというのに何が危ないというのだろう。
    「何だ。入られてはまずいことでもあるのか?」
    こっちは深刻な話をしにきたのだ。ハワードの冗談ばかりに付き合っているわけにはいかない。
    睨み上げるように見ると、ハワードは頬をかきながらエレメスを中に招き入れた。
    そして閉まったドアの音にかぶさる様に、かちゃんっと鍵が掛かる音がした。
    「?」
    エレメスはそれを不思議に思い振り返った。
    問いかけようとしたエレメスは、ハワードに自分の肩を掴まれてそのまま押されるようにして3歩下がらされた。
    「なっ」
    ベットの縁に足を取られて背中からベットに倒れる。もちろんハワードもエレメスの上に倒れこむ。
    驚いたエレメスは真顔のハワードを見上げる形になりながらも、まだ危険は感じていなかった。
    「それで話って?」
    この状況を作った本人は何でもないようにエレメスに問いかける。
    「・・・・・・いや、何を」
    もしや足元に踏まれてはまずいものでもあったのだろうか。
    あっけにとられているエレメスは、だがハワードの顔が不自然に近寄ってくるのに漸くそれが思い違いだったのだと気がついた。
    「ちょっと待て、ハワード!拙者そういう冗談は好かんと言ったろうがっ!」
    「冗談、じゃない」
    抵抗を始めたエレメスの片腕を掴んでベットに押し付ける。
    もう片手でエレメスの顔を撫でながら固定して唇を重ねた。
    体をこわばらせて目を見開いたままそれを受けたエレメスは、思いのほかやさしく落ちるそれに驚いた。
    「・・・・・・・・・・・」
    軟らかくついばむ様なキスを繰り返す。
    唖然としているエレメスは顔を撫でていたはずのハワードの手が自分のベルトを外していることに気がついて我に返った。
    「ちょっと待てっ。ハワード!いったい何をっ!」
    エレメスは慌ててその顔を押しのけようとした。
    「何って・・・・据え膳が目の前にあったら食わねーとだろ」
    「誰が据え膳だ!」
    マフラーを取られ、首筋に顔を埋められてぞわぞわっとしたものが背筋を走る。
    それが嫌悪感ばかりではないことが厄介だった。

    「ちょっ・・・・ちょっと待てっ。お主、カトリーヌ殿と付き合っているのだろうがっ。男と浮気など何を考えている!」

    そう怒鳴ったのが功を奏したのか、ハワードの動きがぴたりと止まる。
    驚いているハワードにエレメスはほっとしながらも、その口から出てきた言葉に目を丸くする。

    「は?・・・カトリーヌと俺が付き合ってる?誰からそんなデマ吹き込まれたんだ?」

    「・・・・・・・・・・・・・・違うのか?」

    「カトリーヌと付き合った覚えは無い。まぁ、女もありだけど、大体俺エレメスみたいなのが好みだからなぁ・・・」

    その告白にエレメスは唖然とする。
    ハワードの目は真剣でうそは無い。
    となると今までうっとうしいくらいに言っていた「好き」という言葉や、過剰な接触だと思ってきた数々のセクハラは・・・・。
    ぐるぐると過去のことを思い出すたびにエレメスは青ざめていった。
    その隙をハワードが見逃すはずも無い。
    服を固定していた帯を外し、それでエレメスの両手を縛る。
    気がついた時にはもうすでにベットに括り付けられていたほどの早業である。
    一仕事終えてぽんぽんっと手を叩いたハワードは、顔を引きつらせるエレメスを安心させるかのようににっこりと笑った。

    「エレメス。俺は思うんだが」
    「な、何をだっ」

    何だか聞きたくも無いが、聞かなければ聞かないでこのままコトを進められても困る。
    これから良くないことが起こりそうなそんな予感にひしひしと襲われていた。

    「普通、告白して付き合ってからセックスとかが通常ルートだよな。でもな、いくら告白しても信じてはくれない、他の相手と付き合ってると勘違いするような鈍い相手なら、・・・・体から信じさせていくっていうのもありだと思うんだ」

    軽口の延長のようにそう言うハワードにエレメスは冷水をぶっ掛けられたかのような衝撃を受けた。
    だが悲しいかな。
    何があっても顔に出ないように鍛え上げられた表情筋は素直な表情は浮かべない。
    だが声は正直だった。
    「思うなっハワードっ、それは間違っているっ。大いに間違っているっ。大体心の伴わない行為など意味など無いだろうむしろ拙者は貴様を軽蔑するぞっ」
    だが必死なエレメスに対して、ハワードは相変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべている。
    「いやーほら。勘違いだとしても俺が誰かと付き合ってるとか思ってやきもちを焼いてくれたとかそういう気配がちょっとでもあればなぁ、俺もこれは脈あり?もう少し待とうかなとか思うんだけどさー。もうそんな気配も無く、まるっきりそう思い込んでくれてたしな」
    エレメスに跨ってにやにやと笑みを浮かべていたハワードはそこで表情を一転させた。
    エレメスの顔の横に手を付いてその顔を覗き込む。

    「・・・・・俺があれだけ好きだと言ってたにも拘らずな」

    鋭い視線にエレメスは言葉も出ない。
    ハワードは怒っているのだ。自分がハワードの気持ちを欠片も信じていない上に誤解していたことを。
    確かに誤解は自分が勝手にしたことで、そのことには罪悪感を感じる。
    「カトリーヌ殿とは本当に付き合ってないのか?」
    「ないな。だいたい誰からそんなことを聞いた」
    「いや・・・・拙者の勘違いだ。カトリーヌ殿からお主のタバコの匂いがしたからもしやと思って・・・」
    「タバコ・・・?・・・・・・ああ、今朝か・・・」
    ハワードはすぐに原因が分かったのだろう。
    そして頭を掻く。
    「まぁ、それは後で説明する」
    話は終わりだとハワードはエレメスの上着の隙間に手を差し込んで広げる。
    「待て待てっせ、拙者今聞きたいっ。いったいあれは・・・・・んっ」
    それ以上の引き伸ばしは無用と、ハワードはキスでエレメスの口を塞ぐ。
    エレメスの歯の隙間をぬって入り込もうとするハワードの舌を思わず噛みそうになったエレメスは、胸の飾りを摘まれて押しつぶされて歯を震わせた。
    「っ」
    びくっと腰が揺れ、抵抗をふさがれる。
    じわじわとそこから広がる感覚に驚く。その間にもエレメスの口内はハワードに蹂躙されていった。
    タバコの苦味に眉をひそめながらも舌が絡むたびに粘液がくちゅっと音を立てて、それが妙な背徳感と共にいやらしさと興奮を高める。
    熱いキスと共に肌蹴られた上半身を撫で回す手は、巧みに性感を探し出してエレメスの体温と吐息を引き出していく。
    「・・・・ん・・・・・っ」
    堪えるように拳を作る手はどう縛られたものかさっきから縄抜けも聞かない有様で、足もハワードの足で絡め取られて抵抗をふさがれる。
    小さな抵抗に加え長いキスはエレメスから徐々に抵抗する力を奪っていった。
    男と付き合ったことは無いものの、キスはセイレンとの事故のことを含めて何度か経験はある。だが、ここまで濃厚なものは初めてだった。
    互いに息が上がり、ぺろりと唇を舐められながら離れる。
    舌に残る甘い痺れと、身体にうずき始める熱。
    上気する頬に優しく口付けるハワードの目は情欲に濡れている。
    自分は性欲に流される方ではないと思ってきたが、これはいよいよ自分の考えを改めなければならないかもしれない。
    いやだがしかしここで流されるわけには行かない。
    「ハワード・・・っ。止めろっ・・・・」
    「え、何。もっとして?」
    「っっっっ」
    言うに事欠いてどういう聞き違いをしているのだ。この男は。
    もちろんわざとなのだろうが、それがまたエレメスの癇癪袋に穴を開けた。
    「この腕を外せ!その耳刈り取って穴を開けてやるっ!」
    「そういう言い方は逆効果。抵抗されると余計ーそそられるんだけど。でもどうせ聞くなら甘い声の方がいいかな」
    「あっ」
    髪を掻き揚げられあらわにされた首筋をハワードの舌が張っていく。
    途中で吸われてその甘い痛みに顔をしかめる。
    しかしズボン越しに急所とも言うべきところに触れられてエレメスはぎょとして腰を引いた。
    「待てっ・・・ハワード・・・・っ。これ以上は・・・・っ」
    「気持ちよくしてやるって。安心して俺に任せ・・・」

    「チャァァァアアアジィ アロォォォォォォォ」

    どごぉぉぉぉぉん

    いきなり襲ってきた爆風と爆音にベットの上の二人は即座に動くことができなかった。
    かろうじてハワードがエレメスをかばうように頭を抱いて覆いかぶさるも、心底驚いた時人は体が思うように動かないものである。
    それでも目だけを動かして横を飛んでいったものが壁に当たり粉々になって床に落ちたのを見て、それがこの部屋のドアだと気が付く。
    そして反対側の方を見たハワードとエレメスはそこに暗黒のオーラを纏って弓で射掛けているセシルの姿を見て顔を引きつらせた。

    「何やってんの・・・・・?」
    「・・・・・・・いや、お前らこそ何やってんの・・・?」

    ハワードが目を丸くしながらも複数形で言ったのは、屈んでドアに耳を当てたポーズのままのマーガレッタとカトリーヌの姿を確認したからだ。
    「あら。うふふふふ。お邪魔でしたかしら」
    「ふふふ」
    二人が立ち上がるその横でセシルが放った矢がハワードの頭上すれすれを飛んで行って壁に刺さる。
    髪が2.3本刈り取られたハワードは慌てて頭を低くして片手をセシルに向かって突き出して振る。
    「お前危ないから弓下ろせ!弓!マジ洒落にならねぇだろうが!」
    「危ないのはどっちよこの強姦魔大人しく的になりなさい」
    「ぎゃああああっ」
    ハワードに向かって怒りの矢が何本も放たれ、ハワードはそれから逃げ回る。
    確かに腕を拘束されているエレメスの姿を見て、和姦だとは誰も思わないだろう・・・・・が。
    「あらあら。セシルったら困った子。せっかくいいところだったのに・・・」
    聞き捨てならないことをいいながらも全く困ってないどころかにこにこと笑いながら入ってきたマーガレッタがエレメスの腕の拘束を外す。
    「・・・・・・二人とも・・・・・いつからそこにいた・・・?」
    「ふふふふふ」
    上半身を起こしながらも唖然としているエレメスの頭をカトリーヌが豊満な胸に抱きこんで撫でる。

    「まったくねぇ。ハワード坊やにも困ったもんだ」
    「」

    明らかに子供あつかいのそれは通常なら謹んで止めてもらうのだが、それよりもカトリーヌらしからぬ行動と言葉にエレメスは今夜何度ともしれぬ驚きを体験していた。
    「しかし私とハワードがなんて、また面白いことを考える子だよ。エレメス坊や」
    そう言ってカトリーヌが楽しそうにエレメスの額に口付けをする。
    「・・・・・・・・誰だ・・・?」
    姿はカトリーヌだが、口調といい行動といい雰囲気といい別人だ。
    だがカトリーヌは妖艶とも言えるほどに婀娜な笑みを浮かべて「カトリだよ」と答えた。
    この場にいるエレメス以外のものは全くといっていいほどに驚いていない。
    それ以上は言わないカトリにマーガレッタが補足する。

    「彼女は『カトリ』。400年以上も前に死んだカトリーヌのご先祖様に当たります。守護霊とでも言えばいいのかしら。こうやってカトリーヌの身体に入ってよく現れますの」

    「・・・・・・・・・・は?」
    唖然とするエレメスとは反対にカトリは明るい表情だ。
    その背後で見事ハワードを壁に貼り付けにしたセシルがハワードの生身すれすれのところを見事な集中力で射続けていた。
    それを止める気力はエレメスにもない。
    「まさかまた人生をこうやって謳歌できるとは思わなかったがねぇ。いやぁ、カトリーヌが大らかな子で良かったよ」
    はっはっはっはっと豪快に笑いながらエレメスを離してハワードに寄る。
    そして貼り付けにされたハワードのズボンのポケットからタバコとライターを取って慣れた手つきでタバコを咥えて火をつけた。
    「・・・・・・・・・・あ・・・・」
    はっと気が付いたエレメスにカトリはにやりと笑う。
    「そうさね。今朝ハワードにタバコを貰ってね・・・その匂いであんな面白い勘違いされるとは。いや朝から気が付いてはいたんだがね、もうおかしいったらなくてほっといたんだよ」
    「わかってたなら教えてくれよ・・・カトリばーさん・・・」
    ハワードが顔を引きつらせる。
    「誰がばーさんだい。セシル。かまわないからちょっと絞めておあげ」
    「は・ぁ・い」
    「ちょっと待て、セシルお前声が低い!怖いちょっと、これマジ洒落にならないって」
    すでにハワードの体の線に沿って穿たれた矢は人の形を形成しつつある。
    「さぁ、そろそろセイレン坊やも帰ってくる頃だろうよ。下で出迎えてやろう」
    「まぁ、カトリさんはお酒が飲みたいだけでしょう?」
    「ふふ。いい男に挟まれて飲む酒はうまいもんだからねぇ」
    「・・・・・・・・・・・」

    つまりタバコは朝からハワードに貰って一服したもので、『二人分食べないとだから』と行っていたあの台詞は、本気で二人分だったのか。
    とりあえず明るい空気に助けられてほっと息をついたエレメスに、そうそうとマーガレッタがエレメスの手を握って心配そうに忠告する。
    「エレメスも・・・夜に男の部屋に入るだなんて、そんな危ない真似はしない方がいいですよ?今回のことでよくわかったと思いますけど」
    「・・・・・・・・・・・」
    いや、自分も男なのだが。
    そんな真面目な顔で生娘に諭すように言わないで欲しい。
    「だいたいどうしてハワードの部屋に?」
    「・・・・・・・・・・・・・」
    そこで漸くこの部屋に来た目的を思い出したエレメスである。

    「ハワードの妹のことで・・・情報が入ったから報告しようと思って・・・・・」

    「えっ」

    ぎょっとしたハワードの頬すれすれのところをまた矢が刺さる。
    しかも不自然にハワードが顔を動かしたため、頬に掠り血が出たが本人は構わない。
    「エレメスっそれ本当か」
    その必死な顔をぼーっと見てエレメスは頭を抑えこれ見よがしにため息をつく。

    「・・・・いや、拙者ショックでちょっと記憶が飛んだようだ。どうだったかな・・・」
    「まぁ、大変。下でゆっくり思い出してくださいな」
    「こんな騒がしいところじゃ思い出せるもんも思い出せやしないよ」

    マーガレッタとカトリはエレメスに合わせて三人で部屋を出る。
    まぁ、これくらいの意趣返しは許される範囲内だろう。

    そして残されたのは怒りも覚めやらぬセシルと、蒼白なハワードのみ。

    「ま・・・待って・・・?ちょっと・・・・あの・・・・」
    「動くと当たるわよ・・・?」

    ハワードはさっきから明らかに自分の眉間を狙っている鋭い矢に顔を引きつらせた。
    その日夜遅くまで男の悲鳴が聞こえたとかなんとか。




    結局ハワードがエレメスに拝み倒して情報を聞けたのは翌朝のことだったらしい。














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