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    ラーヒュン ワンライ 「けいけんち」 2024.06.08.

    #ラーヒュン
    rahun

     パプニカ軍の再編成にあたり、ヒュンケルは責任者としてベストを尽くした。昨日に発表された組み分けは、五日後に始まる来期から運用されるはずだったのだが。
    「納得いきません!」
    「そうですよ!」
    「どうして我々が上級なんですか!?」
     早朝から、腕に覚えの有る三名がヒュンケルの執務室に怒鳴り込んできた。上級よりも上の、最上級に編成しろとのことらしい。
     偶々部屋に居ただけのラーハルトは部外者なので端から眺めているだけである。己の立場は飽くまでもダイの私兵。軍に口出しは無用だろう。
     ヒュンケルは手元の書類を下ろして告げた。
    「練兵クラスの編成は、公平を期すために今期一年の獲得ポイントにより割り振った。全兵の試合結果や体力測定、皆勤などを点数化し、400ポイント未満なら下級、400ポイント以上なら中級、1000ポイント以上なら上級としている」
     ヒュンケルは淡々としたものだったが、詰め寄る兵士達の勢いは止まらなかった。あれだけムキになるのはおそらく、最上級クラスはヒュンケル自ら指導する予定であったからだろう。三人ともがヒュンケルに心酔しているファンクラブみたいな連中だ。
    「俺たちはいったい何ポイントだったんですかっ?」
    「ふむ……。そうだな、上位の者は公開しても良かろう。上級だけ審査結果のポイント表を見せてやる」
     言ってヒュンケルは、手元の書類の内の一枚だけを兵士たちへ差し出した。デスク越しに受け取られた紙面に、顔を付き合わせる三人の視線が落ちた。
    「俺……4200以上もあるじゃないですか!」
    「こっちだって、3500はありますよ」
    「わたしって5665ですよ!? なんで最上級から落ちたんですか!?」
     三名とも愚痴が多いだけではなく実力も伴っているようだ。異議申し立てにくる資格はあろう。しかしヒュンケルはさらりと言い放った。
    「最上級クラスの基準は30000以上としている」
     兵士たちの顎が落ちそうになった。
    「ど、どうやったらそんなポイント稼げるんですか……」
    「そこに書いてある内訳の通り、一試合の勝利は30ポイントだが、一期無敗で1500ポイントアップだ……それはそちらのおまえが獲得してたな。他の高ポイント課題としては2メートル立方の花崗岩を素手で割る、これなどは一瞬で2000ポイントだぞ」
     修練場の脇に置いてあるあの黒い石のことか。ラーハルトも一緒に取りに行ったから覚えている。休みの日に山に行こうと誘われ、てっきりピクニック的なものかと思ったら、採石場で槍を振るって岩を切り出さされたのだ。我ながら美しい立方体に切れたと自負している。
     それを担いで帰ったのはヒュンケルだったが。
    「え……? あれ素手で割れっていうの、冗談じゃなかったんですか……?」
    「そうだが? 誰も本気でやらなかったからこの2000ポイントを獲得した者はまだ居ない」
    「そりゃ誰もできませんよ!」
    「そうでもない。ダイはもちろん、オレや、ここにいるラーハルト、マァムやクロコダインやヒムにも粉砕できるし、課題が適切かどうかのテスト協力を仰いだチウもぎりぎり二つには割れていたぞ。おまえたちも好きな時に割るがいい。加算してやる」
     挑戦者不在のままモニュメントと化している石の存在感に、兵士たちの威勢が消沈しかけたが。
    「……でも、あと五日で30000ポイントなんて無理です。だけど一年は編成替えは行わないんでしょう? 最上級クラスで一年修行すればもっと伸びるかも知れないのにっ」
    「どうしても諦めきれません!」
    「オレたちは最高の修練をしたいんです!」
     熱い想いで懇願され、ヒュンケルは考え込んだ。
    「……いいだろう。30000ポイントの課題を用意してやる」
     兵士達は驚愕した。
    「そ、そんな、はぐれメタルみたいなウマい話が!?」
     ヒュンケルは頼もしく頷いた。
    「おまえたちの熱意に応え、がんばるぞ」
     がんばるのか。
    「ラーハルトが」
    「おい?」
     完璧な傍観者を決め込んでいたのに、ラーハルトはここに来て初めて声を出してしまった。
    「なぜオレが!?」
    「30000ポイントの課題だ。並の難易度では駄目だが、おまえならば相応しい。これから五日間で、ラーハルトに少しでも触ることが出来た者には30000ポイントを与える」
     兵士たちはそれぞれ顔を見合わせた。
    「いまから、五日間? いつでもですか?」
    「ああ。身構えてるラーハルトを触れたら30000ポイントどころか免許皆伝だからな。城内のラーハルトを不意打ちでいつ触っても良いとする。ただし毒を盛ったりするのは不正行為とみなす」
    「では……まだらくもいと、及びボミオスの補助は」
    「戦闘行為の一種とみなし認める」
    「おいっ!?」
     兵士たちは、うおお、と熱く意気込みを見せているが、ラーハルトとしては理不尽なとばっちりである。
     デスクのヒュンケルにつかつかと歩み寄ると、彼はいっそ厳格な様子で傍らのラーハルトへと頷いた。
    「頼んだぞ、はぐれメタル」
    「誰がはぐれメタルだ」
    「素早いだろう?」
     カラーン、と鐘がひとつ鳴った。始業の合図だ。ヒュンケルは立ち上がった。
    「行かねば。……いま決まったはぐれメタル課題が本日正午より開始される旨、それと先程の上級クラスの獲得ポイント表を急ぎ掲示する。我こそはという者は奮って参加しろ」
    「ありがとうございます!」
     ビシッと角度の揃ったお辞儀で兵士たちはヒュンケルに感謝の意を示した。これで彼直々の指導を受けられる可能性が繋がったわけだ。
    「だがなぜダイ様の兵であるオレが軍の仕事に付き合ってやらねばならんのだ……」
     これから五日間もコバエよろしく兵士が突撃してくるなど、鬱陶しいことこの上ない。
     という表情を隠さずに居たら。ラーハルトの真横に立ち止まったヒュンケルから、ぽんと肩に手を置かれた。
     彼はそのまま耳元に口を寄せて囁いてきた。
    「……おまえが、オレ以外に触らせるなんて、ないよな?」
     ラーハルトの肩をするりと撫で下ろして、ヒュンケルは部屋を出て行った。
     なんだかんだで、人のやる気を出させるのが上手いヤツだ。
     フッと笑い、ヒュンケルの後ろ姿を見送り、室内に目を戻すと。後には、目を丸くしてラーハルトをガン見している兵士三名が残されていた。
     かくして五日間、ラーハルトはパプニカ城の精鋭兵士たちから狙われることとなった。
     その中には特に腕の立つ三名が含まれており、いずれも血涙を流さんばかりの形相で追いかけていたという。










    2024.06.08. 15:40~16:40


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