辿り着いた街の酒場にて。
テーブル席で向かい合い、食い物も酒もしかと腹に入れたラーハルトとヒュンケルは、程よい酩酊にたゆといながら詮無き雑談をだらだらと続けていた。
その片手間にヒュンケルが手遊びをしていた。どうやら先ほど旅芸人が置いていった小さなチラシを細かく畳んでいるようだ。
「それは?」
ラーハルトが指さした先で、四つ足の動物の形になった紙がちょこんとジョッキの横に立たされた。
「ああ、折り紙だ。今となっては癖みたいなものだ」
幼年期、ヒュンケルの周囲には自分以外の子供は居なかったらしい。彼が育った魔王軍とは、軍隊なのだから当然だろう。
兵役につく者達はそう暇でないゆえ遊び相手に事欠いて、一人でも出来る折り紙に熱中した時期があったという。紙ならば、廃棄書類や自身の習字の使い古し等々で潤沢だったのだとか。
「なるほどな」
「おまえは何をして遊んでいた」
「オレも一人ではあったが、遊ぶ時間は無かったな」
ラーハルトは七つを過ぎた頃から食料探しに勤しんでいた。山野を巡って延々と草を摘むのだ。なるべく苦くない物を、そして腹を下さない物を。
キノコ類を食うのはやや博打だったが、味も量も捨てがたかった。一種類ずつ慎重に小片を摂取して自分の体調の観察をした。毒性を見誤れば死も有り得たが、何しろ空腹だった。
鳥の卵などを見つけようものなら祭りのようにはしゃいだ。小さくても母と分けた。少量ながら舌ですり潰すように味わえば天にも昇るほどに美味かった。
訥々とそこまで話したところで、ラーハルトはハッと目線を上げた。
案の定、頬杖を突いたヒュンケルは酒気で濡れた目を更に潤ませてこちらを見つめていた。槍を譲渡した日にも他人の昔話に涙を浮かべていた男だ。こんな反応をされるのは分かっていた筈なのに。温かい料理と久々のアルコールに気が緩んで喋りすぎたようだ。
「所詮は過去の事だ」
飲むペースも落ちてとうに温まっていたエールのジョッキを傾け、ラーハルトはこの話題を締めくくった。が。
「おまえはそうして野草の知識を培ったのか」
幾ばくかの沈黙の後、瞼を半分落としたヒュンケルは会話を繋いできた。
「まあそうだな」
「今度オレにも教えてくれ」
「構わんが……」
手間の掛かる割には大した益のない苦役だ。好き好んでやりたがる奴の気が知れなかった。
森での野営の機会が訪れ、ラーハルトは約束どおり野草採集の指導をしていた。
茂る植物に目を走らせつつ、しばし彷徨う。
「葉脈が固いのは総じて食えん。キメの細かな草を狙え」
「これは? 柔らかくて食えそうだが」
「それは死ぬほど苦い」
「こちらは野菜に似ているがどうだろう」
「それは……そこそこ美味いが、残念ながら有毒だ」
「既に食ったことがあるのだな。膨大な種類を」
「この地方のはな」
しかしもう子供ではない。現在ならば動物を仕留めるのは容易い。その方がより栄養価も高く効率的なのだが。
「今更おまえが草に関心を示すとは」
「おまえがやっていた事に興味があるだけだ」
「物好きな」
と、古い記憶にある葉が目にとまった。がばと片膝を突いて茎ごとちぎり取る。
「これは! 塩茹でだけで食えるヤツだぞ、運が良い!」
すっくと立ち上がってヒュンケルに見本として差し出すと、彼は凝視して形状を覚えてから、それが生えていたラーハルトの足下に目を落とした。
「密生はしてないな。だが生息地ならば他にも見つかるだろうか」
「ああ。旬だからな。ある所には籠一杯くらいは生えているものだ」
「よし探そう」
頷き合って意気揚々と座りこみ、二人で地面を漁り始めた。しゃがみながら歩いて緑を掻き分けていく。
少し離れた位置からプツン、プツンと、ヒュンケルが草を摘む音がしている。先輩風を吹かせた手前、収量で負けたくはない。
せっせと摘んでは逆の手に握り、草の束を太くしていく最中ふと、ラーハルトは己が笑っている事に気付いた。
「……そうか。オレはいま、楽しいのか」
不思議なものだ。一人だと労働なのに、二人だと遊びになるとは。
「ヒュンケル」
「なんだ?」
呼びかけて振り向かせると、彼も笑っていた。
「……いや、なんでも」
この後、苦労して集めたのにさして美味くもない山菜を茹でて食うのも、さぞ楽しかろう。
2023.09.18. SKR