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    ラーヒュン ワンライ 「化粧」

    #ラーヒュン
    rahun

    「お二人のお召し替えを命ぜられて参りました」
     今宵パプニカ城で行われるのは立派な舞踏会らしく、まず更衣部屋で担当の女官に張り付かれた。
     億劫ではあったが。
     お呼びの際には駆けつけますと約束をしてダイの元を離れ、ヒュンケルと旅をしていたラーハルトである。いざ招聘されて断れる筈も無かった。それに、これは主君ダイとその伴侶であるパプニカ女王からの気遣いだとも承知している。城を離れていた二年近くで多くの者が社交界に復帰してきたはずだ。ここらで改めて面通しをしておかなければ、そろそろ顔パスは通じなくなっている頃だろう。
     因って参上はしたが。しかしさすがに舞踏をする気は無い。
     それはヒュンケルも同様だったようだ。
    「不死騎団を率いたオレが、この国でダンスをするのは世間体が悪い」
    「レオナ様とダイ様のお求めにより踊られるのですから、ご心配には及びま……」
    「踊らんと言っとろう」
     ラーハルトは切り捨てるように口を挟んだ。
     女官はそんな二人の反応を予想していたのか、慌てもせず腰を折った。
    「承知しました。踊る方々は燕尾服をお召しになりますが、そうでないならば職業装束の正装をなさるのが無難でしょう」
    「ならば自前の武具のままでも良いのでは?」
    「王宮では装いが威信となります。勇者に連なる貴方さまがたは、ふさわしい身形でなければ……。」
     ダイに恥を掻かせることになるというのか。二人は顔を見合わせて観念した。
     鎧下は抜かりなく二着を用意されており、着込んだら鏡台の椅子に座らされた。
    「粉を掃くのか? 男だぞ?」
    「皆様なされてますよ。身嗜みは力ですから」
    「そんなものだろうか……」
     ヒュンケルの疑問を余所に、二人の背後に立った女官は真剣に鏡越しの検分を始めた。
    「お若くていらっしゃるから肌を整える必要はほとんどございませんね。ヒュンケル様は睫を少々塗っても宜しいでしょうか? 淡い目元はお麗しいのですが遠くにおるものには表情が分かりづらいのです。ラーハルト様は……」
     女官はそこでしばし言葉を止め、小さく頭を垂れた。
    「……経験不足で申し訳ございません。わたくしは魔族のお方を担当したことがありません」
    「構わん。もとより不要だ」
     人間から大きく逸れた容姿をしているラーハルトの肌色をしたおしろいは無かろうし、人間の審美では目元の痣も邪魔だろう。それを無理に弄られるのは気に障る。
    「しかしそれではわたくしの職務怠慢でございますゆえ、もしよろしければひとつ、挑戦をさせて頂けませんでしょうか」
    「挑戦?」
    「メイクによって、あなた様の雰囲気を変えさせて頂きたいのです」
    「……人間に見える様に、か?」
     それこそ不快だ。第一、顔にある黒いラインを隠しきれるような塗り物など無いだろう。
    「いいえ僭越ながら、大変に華やかな出で立ちをしていらっしゃるので創作意欲が湧きまして……」
     宮廷付きのスタイリストである女官は、ラーハルトの肌色が上品な色味であるとか、金髪の輝きが高貴であるとか、目元のラインが流麗であるとかを熱く語り、これは芸術であると訴えた。
     当初は機嫌を損ねていたラーハルトも段々と困惑が勝ってきて、隣の席の、汚れ避けケープを肩に掛けられている男に助けを求める。
    「……意味わかるか?」
    「わからんが、勇気があるならやって貰えばどうだ?」
    「はぁ? 貴様、誰に向かって……」
     カチンと来て食ってかかると、後ろでやりとりを見ている女官が笑いを堪えていた。
     我に返って乗り出していた身を正す。
    「いいだろう。好きにしろ」
    「……! お宜しいのですか?」
    「男に二言はない」



     もう始まっているので着替えが済み次第、参加してくれ。そう促されたヒュンケルはマットシルバーの装飾的な鎧を着込んで開場入りしていた。中央のダンスホールには寄りつかぬよう周回の暗がりをひっそりと歩くも、長身の鎧姿は忍ぶには不向きらしく、人とすれ違う度に勇者一行のヒュンケルかと呼び止められた。
     会話や踊りに興じる人々で会は盛りとなっているが、彼はまだだろうか。
     ヒュンケルが慣れない社交に些か疲れた頃、やっとラーハルトが入場してきた。入り口近くに居た夫人が、彼の姿を目にするや一歩退くのが覗えた。



     盛装の貴人たちは海が割れるかのごとく彼に道を空けた。
     ダンスホールの外周で、誰かを探して進む耳の長い男。
     その後ろ姿に追いつく。
    「ラーハルト」
     探し人の声に男が踵を返す。彼が身に付けた引きずるほどに豊かなローブの布地が、白く薄く、さらりと揺れ、淡い青紫色の面がこちらを向く。
    「……こっぴどくやられたようだな」
    「ああ……。顔にしこたま筆を入れたあと、これは絶対に長衣が似合うとか抜かして着替えさせたのだ、あの女」
     ラーハルトの右頬はいつもの通りであったが。
     顔の左側が一変していた。目の下の黒いラインに幾つもの分岐が描き足されて、生命の宿る枝葉のように広がっている。そこに金粉をふんだんに使って描かれている、頬の膨らみにやわらかく沿う蔓のようなカーブ。金の瞳から舞い散った光であるかのようなまぶたのグラデーション。
     それらは白の衣の神秘性を増し、人々が思い浮かべる魔族は粗野であるという固定観念を完全に裏切っていた。
     ラーハルトは心底から辟易しているようだが。
    「似合っているぞ」
    「おまえの評価が当てになるか?」
    「まちがいない。ほら」
     その証拠に、誰もが手を触れてはいけない美術品のように遠巻きから彼を眺めて、感心の唸りやら、羨望の溜息やらを零している。
    ──あれは……精霊が顕現なされているのか?
    ──有り得ぬ事では無い。あのお方は勇者様の臣下と聞き及ぶ。
    ──ではあれが、竜騎衆という? なんと幻想的な……。
     ほうと目を見張る人々を尻目に、ヒュンケルは満足げに腕組みをした。
    「大人気じゃないか」
    「貴様まで虚仮にしおって……」
    「していない。やっとおまえの美しさが正当な評価を受けたので嬉しいのだ」
     華々しいダンスホールからの照明が零れて射してくる、フロアの片隅。傍らの男の頬には、蝶の典雅なるは当然とばかりに文様が咲いている。
    「塗り足してやらんとおまえの魅力が分からんとは。見る目が無いな、人間というのは」
     銀の鎧の男は胸を張り、そんな魔物の親玉のようなことをうそぶいた。











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