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    ラーヒュン ワンライ 「誕生日」 2024.02.14.

    #ラーヒュン
    rahun

     立ち寄った街の一角は騒然としていた。
    「なにか事件でも?」
    「お産だよ! 旅のお人にゃ悪いけど、若女将が落ち着くまでこの宿は休業さ。夕方まで待ってな!」
     そう叫びながら、スカートの裾を豪快に捲った産婆らしき中年女性が建物に駆け込んでいった。
     ラーハルトとヒュンケルは立ち尽くした。荒事ならば助太刀したが、この度は戦力外もいい所だろう。
     内部は女性だけの戦場だ。様子を伺うわけにも行かずエントランスの前で待ちぼうけるしかなかった。
     漏れ聞こえる喧騒と、そして響いてきた産声。溢れる活気。
     偶然に居合わせただけなのに、その達成感に顔を見合わせ頷きあった。
     建物から出てきた産婆は晴れやかな顔で宿を振り返った。
    「じゃあね! 教えた通りにちゃんとやんなよ! 二人目も待ってるからね!」
     初産だったらしい若女将の、その連れ添いであろう主人が出てきて頭を下げた。
     ひと仕事やりとげた産婆が、帰路に着こうとした、が。
     突然、彼女は胸を押さえて膝をついた。慌てて駆け寄った宿の主人の手が届くより先に、どさりと地面へ倒れた。
     寿の日は、にわかな不穏に包まれ、やがて呼ばれてやってきた医者は到着して間もなく首を横に振って帰っていった。
     ひとつが出でて、ひとつが去る。
     その一連をすべて見届けると、日はもう赤く焼けていた。
     待たせたね、と声を掛けてきた宿の主人はくたびれた顔でルームキーを寄越した。



    「喉でも潤すか?」
    「欲しい」
     案内された部屋でベッドに寝転がったヒュンケルへ、ラーハルトはコップを差し出した。あの急事のさなかでも水差しを備え付けてくれていたのはありがたかった。
     身を起こして水を受け取ったヒュンケルの消沈した様子に、ラーハルトは片眉を上げた。
    「誰かの誕生日は、誰かの命日だぞ。いつでもな」
    「知っている。おまえよりずっと。ただ気が滅入るというだけさ」
     飲み干した器をラーハルトに返したヒュンケルは、再びベッドに背を付け、うわ言のように続けた。
    「こういった街は必ずたくさんの人が埋まっているものだ。発展の影には、多かれ少なかれ争った歴史があるからな」
     それが領土の奪い合いであれ、内紛であれ、殺し合った人々の亡骸は土として積もり、いつかその上に日常が築かれる。光が満ち溢れて市民が笑い合っても、その靴が踏むのは無数の骨なのだ。
    「太陽が昇って、沈んで、来る日も来る日も、生まれて死んで、いつ終わるとも知れずに……。オレもそのうち草木の肥やしとなるだろうか……」
     元不死騎団長は、瞼に腕を乗せて眩しさを遮っていた。
     暗い奴だ。光を扱えるくせに。
     今日は、死にもしたが、生まれもした。
     なのにどうして、死のほうにばかり囚われる。
     息をするたびに闇へ、闇へと傾いて落ちてゆくような男。
     死を感じられるヤツは厄介だ。死んだ者の無念も、殺した者からの悲憤もいちいち気にする。助けた者からの喜びは大して聞いてないくせに。
    「少し眠りたい」
     言いながらヒュンケルは今にも意識を手放しそうだった。長旅の疲労もある。このような夕方に寝入ったら明日まで目覚めないだろう。もしくはずっと目覚めないのかも知れない。闇の底に横たわって安寧を得たらもう戻ってこない。ふと、そんな馬鹿げた想像をした。
     ならば精々、彼を日の当たる道に連れ出してやろう。
     コップを元の位置に戻したラーハルトは、彼の寝転ぶベッドに歩み寄り、片手で軽く掛け布を引き上げてやった。
    「オレの誕生日を教えてやる」
     眠気を乱さぬ程度の囁き声に、ヒュンケルがうっすらと目を開いた。
    「いつなんだ」
    「さあな。明日のお楽しみだ。祝いかたでも考えながら寝ろ」
    「ああ、それは……とても……」
     呟いている途中でヒュンケルは寝息を立て始めた。掛けられた布を胸元でゆるく掴んで、目を閉じた顔は微笑んでいるようにも見えた。
    「おやすみ」
     願わくは彼が、次の日の出を待ち遠しく思えるように。









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