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    rica_km

    @rica_km

    👹滅:💎🔥/🔥🧹中心リバ含雑食、時々作文。ねんどーる&オビツろいど歴2周年(ねん🔥兄弟持ち、💎×2)。かなり20↑成人済

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    rica_km

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    第100回記念イベント24時間耐久ドロライ参加させて頂きました。とても刺激的で楽しかったです!
    ここへ投稿分テキストをまとめて繋げています。投稿画像はくるっぷにまとめました。

    参加お題一覧は文末に表記しました。

    第100回記念イベント24時間耐久ドロライ◆覗き見

     ごそごそ……と、静かにシーツが動いた。次いで、ぴったりくっついていた体温が離れてゆく。
     そこで俺はやっと薄目を開けて、煉獄がベッドを出ていくのを見送った。
     いつも早起きなのは煉獄の方だし、これは珍しいことじゃない。でもついでに見た時計は午前五時。早すぎるでしょ。トイレかな、なんて思ってベッドに潜り直して、煉獄が戻るのを待った。
     ——が、洗面所から盛大な水音が響いて、俺は思わず「マジで?」と呟く。
     これは完全に煉獄のおはようルーティンだ。顔を洗って歯を磨いて、水を飲んで水分補給。
     布団の隙間からちらりと覗き見をすれば、煉獄はベッドから出た時と同じ下着だけの姿だった。クローゼットの前に立ち、扉を開けて迷いなくぽいぽいと服を選び取る。深夜まで俺と仲良ししていた元気な身体がトレーニングウェアに隠れていく。走りに行くのだろう。これも時々あることだ。
     身体が鈍るから軽く走るなんてとても健康的な趣味だし、引き締まったボディを維持するためのメンテナンスにもなっているんだろう。そうしてよく汗を掻くから、煉獄はとても代謝が良くて肌だってすっべすべで最高だ。
     けど、こうやって恋人である俺を置いてそーっと出かけちゃうのは、ちょっと寂しくなくもない気がしないでもない……と、思わない?

    ◆直感

     着替え終えた煉獄が、ベッドの方を振り返った。
     俺の様子を窺っているのか、静かにこちらを観察している様子だ。しばらくそうしてから、足音を立てずに玄関の方へ向かってゆく。
     もしかしたら直感的に俺が起きたことに気付いたのかもしれない。けれど俺はなんとなくバレないようにベッドの中へ潜り込んだまま息を潜めていた。

    ◆予兆

     玄関のドアが閉じる音。次いで鍵が掛かる音がした。煉獄はこういうところがマメだ。
     続いて、靴の爪先を軽く打ち鳴らす軽快なリズム。その後は早朝の静寂が戻ってきた。
     俺の目もすっかり冴えてしまったので、ベッドから脚を下ろした。昨夜の余韻で俺もパンイチだ。一応外から姿が見えないようにカーテンをちらりと避けて空を覗く。天気が崩れそうな予兆もない。
     パンイチでさえなければ、今のところ暑くも寒くもない。なので今の俺にはちょっと肌寒いけど、ランにはちょうど良さそうだ。

    ◆心ここにあらず

     室内とはいえ朝のひんやりした空気の中にいると、まだ温もりの残るベッドにも少し後ろ髪を引かれる。
     ちょっとだけ昨夜の刺激的なイメージが過ぎっちゃうしね。
     だってさぁ……。昨日はすっごい久しぶりのデートで映画に行ったんだよ。映画は面白かったよ。SFで笑いあり涙あり派手な戦闘アリで、後味も結構爽快で。だからどっかでメシでも食いながら感想戦かなーなんて思って、何食いたいか聞いたんだけど、煉獄が上の空だったんだ。
     いいか? 俺は「何食いたい?」って、煉獄に、訊いたんだぜ?
     食いたいもの聞かれて心ここにあらずの煉獄なんて初めて見たなと思いながら、俺はもう一回聞いたの。そしたらさ、珍しくなんかちょっと憮然とした表情でさ、「宇髄」って言うの!言ったの!まじだって!
     えっ、信じられないって思うじゃん。俺は秒で信じたんだけどね。
    「宇髄、きみはいつでも腹を空かしていると思っているだろう」
     って言うわけ。あー、つまり、最初に煉獄が「宇髄」って言ったのは、俺を食いたい❤️みたいな意味ではなくて、呼びかけだったわけよ。うけるね。
    「そんなことないよ。どっかで落ち着いて感想とか聞きたいなって思っただけ」
    「ならうちへ来ないか。——映画も楽しかったが、宇髄と顔を合わせるのが久しぶりだから、もっときみと二人だけで過ごしたい」
     そんなこと言われたら、その足で真っ直ぐに煉獄の部屋へ来たってわけ。そりゃもう盛り上がらない理由がないってくらい盛り上がっちゃって。なんかさぁ。珍しくさぁ。すごい甘えられちゃってさぁ。
     寂しかったんだって!
     煉獄が足りない足りないって思ってたの俺だけじゃなかったんだなってもうめちゃめちゃ嬉しくて、最高に幸せだったんだよ。
     ——で、まぁ、今は俺一人で放っておかれてるんだけどね。

    ◆失敗

     煉獄の部屋に一人取り残された俺は、昨夜焦らし過ぎちゃったのが失敗だったかなとも思った。
     うーん、でもさ、最近思うんだよね。失敗することよりもやらかしちゃった後にどうするかの方が大事なんじゃないかって。
     思わぬことっていつでも起こりうるしね。昨夜のことだって、二人ともすごく気分が盛り上がってたとはいえ、確かに反省するところもある。けど、あの感情の昂まりってのは抑え切れないものだったってのもホントだしさ。
     煉獄がちょっと涙目になりながら俺の名前を呼ぶのをもう少し聞いてたかったんだ。俺も煉獄のことをいっぱい呼びたかった。煉獄との間に生まれる感情は出し惜しみしたくない。やり過ぎないとか失敗しないようにってさ、そういうのをセーブしちゃうようなイメージ。そりゃまぁ程度問題ってのはあるだろうけどさ。
     俺は煉獄となら、一緒にいっぱい失敗して、一緒にいっぱい修復するんでもいいなって思うんだよ。

    ◆偶然

    「さて、と——」
     俺は声に出して、床に脱ぎ散らかしていた服を拾い上げて着た。
     煉獄は別に怒っているとか不機嫌だとかの理由から一人で出掛けたわけじゃない。むしろ、気分が良いから早く目覚めて走りに出たんだろう。たぶん。きっと。出掛ける間際に俺へ声を掛けなかったのも、寝てるのか起きてるのか寝惚けてるのか判別が付かなかったのかもしれないし。——そうだといいなと思う。
     いつもの感じなら、恐らく一時間程度で戻るだろう。ちょっと買い物をして朝食を作ったらちょうど良いタイミングかもしれない。
     この家のキッチンはほぼ俺の担当区域みたいなもので、常備してある調味料の類はほとんどが俺プロデュースだ。けれどさすがに生鮮などは訪れたのが久々過ぎて見当がつかない。
     冷蔵庫の扉を開けてみれば、中身はほとんど空と言ってもいいくらいだった。寝かせておいてあるペットボトルは綾鷹の焙じ茶。扉のポケットに立ててあるのはおいしい牛乳一本だけ。飲み物しかない。
     偶然だが俺のうちにも同じものがある。煉獄もキャンペーンに応募するんでせっせと飲んでいるんだろう。どうせ買い物に行くなら買い足しておいてやろうかな。

    ◆さようなら

     まだ午前五時だから仕方ないけど、残念ながらまだスーパーの開店時間には程遠い。
     煉獄の住んでいるマンションの近くにはちょっと大きめのスーパーがある。弁当や惣菜のクオリティも高いらしく、煉獄もよく利用するらしい。食材豊富でお手頃価格という意味で俺もお気に入りだ。……けど残念ながら今日のところはさようなら。スルーしてもう一ブロック先のコンビニを目指す。ここも多少の生鮮を置いている便利な店だ。
     朝食は何にしようかとコンビニの店内をぐるりと軽く一周して考える。
     せっかく朝から健康的に走った後の煉獄に出すのだから、栄養バランスの良いものがいい。完全栄養食品の卵はマストかな。余ったらゆで卵にしておいてやれば、ほとんど料理をしない煉獄が一人の時でも食べやすい。
     あとはハムかソーセージ。ハムの方が小分けのパックがあって使い勝手が良さそうだ。
     野菜も必要だ。生鮮の棚からしめじを取り上げる。食物繊維豊富なきのこは悪くない。余ったら冷凍もできるしな。ついでに覗いた冷凍食品のコーナーで冷凍ブロッコリーを見つけてそれも追加する。あとは全粒粉のパンを付けよう。
     トーストとハムエッグにブロッコリーを添えて、きのこのミルクスープ。うん、このモーニングプレートは悪くないんじゃない?

    ◆料理番組

     さぁ始めるか。まずは腕まくりしてキレイに手を洗う。
     そしたら、しめじ。真ん中からちょんちょんと引き抜いてやれば石づきが残る。………ってのは、料理番組で見た。便利だな、これ。スープの具にちょうどいい大きさにざくざく切っておく。
     オリーブオイルできのこを炒めて、小麦粉をちょっと。バターじゃなくてオリーブオイルにしちゃうところがヘルシーだろ。小麦粉をきのこに絡める感じに炒めたら、おいしい牛乳をさーっと適当に入れちゃう。これでくるくる混ぜれば、ダマにはならない。熱いソースに冷たい牛乳。この温度差が大事。……って、料理番組で言ってた。
     味付けは好みでいいでしょ。コンソメの素使っちゃえば簡単簡単。香り付けにタイムとディルを少し。スパイスやハーブ類があれば、少し入れるだけで簡単料理でも『いい感じ』っぽくしてくれるとこも気に入ってる。塩胡椒で味を整えたら、ミルクスープは出来上がり。保温しておこう。
     ちらりと時計を見ると六時。そろそろ煉獄も帰ってくる時間かなと思った頃、ドアが開く音がした。
    「おかえり」
    「おはよう、宇髄。起きたんだな」
     運動の後だからか、一際艶のある大きな声だ。清々しくて嬉しくなる。
    「今、朝メシ作ってんの。着替えてきたらすぐ食えるよ」
    「それはありがたい。ちょうど腹が減ったところだ」
     言いながらキッチンへ覗きに来た煉獄は、スープの鍋を覗いていい匂いだと目を細めた。こんななんてことのない光景に胸がきゅっとなることがある。幸せってこういうののことだよな。
    「あとはパンと卵な。卵は何にする?」
     オムレツ、スクランブル、サニーサイドアップにボイルドエッグ。黄身の半熟具合もお好み次第でとオーダーを聞く。
    「なら、目玉焼きをパンに乗せて食べたい」
    「お、いいね。半熟ハムエッグだな」
     齧ると黄身がとろりと流れ出るくらいのやつ。ふたりで同じ光景を想像して、もうおいしい気分になる。
    「急いで着替えてくる」
     跳ねるように煉獄は洗面所へ向かい、盛大な水音で顔を洗っている。
    「慌てなくて大丈夫だぞー」
     俺はトースターにパンを二枚入れて、フライパンの準備をする。まだ朝は始まったばかりなのに、今日は特別いい一日になること確定だ。

    ◆雨天決行

     早朝のランには特別なお楽しみがあるのだと煉獄が言った。
     煉獄がざくりと齧り取ったトーストの端から、思い描いた通りに黄身が濃厚なソースのように白い皿へ滴り落ちる。
    「この辺には大型犬を飼っている家が多いのかもしれない。特に早朝、人の少ないうちによく会う子たちがいるんだ」
     特に目を惹いたのはスタンダードプードルだったらしい。それまでトイプードルしか実際に見たことのなかった煉獄は、初めて会った日には予想以上の大きさに驚いたと笑う。
    「確かに、遠目だとぬいぐるみみたいなのに、スタンダードだと抱っこするような大きさでもないもんな」
    「そう。可愛らしいというよりは、貴婦人みたいだったな」
     パンの耳を少し千切り取った煉獄は、それで皿に落ちた黄身を掬って口へぽいと入れる。煉獄の唇は少し不思議で、まるで食べ物の方が喜んで転がり込んで行くみたいだ。
    「そうだ。きみ、ウルフドッグを見たことはあるか?」
    「ない。この辺にいるの?」
    「たまにしか見掛けないから、少し遠くから散歩に来ているのかもしれないな」
     その様子を思い浮かべたのか、煉獄は「あれはなかなか迫力があった」と深く頷いてスープカップを手に取った。
    「見た目はまるで狼そのもので、神々しく感じるくらいだ」
     スープをひと口含んだ煉獄は、美味いと言って笑った。こうやってちゃんと反応してくれるから、煉獄に食事を作って出すのは少しも苦にならない。それどころか、色々作ってもっと気に入るものを見つけたくなる。
     日常を煉獄が好むものだけで埋め尽くしたい。こんななんてことのない会話の中にも煉獄のお気に入りがちゃんと見えてくることも嬉しくて楽しい。
    「へぇ……いいな、見てみたい」
    「じゃあ、次はきみも起こすから一緒に走ろう」
    「んー……、そうねぇ……」
     よく顔を合わせるのはレトリバーで三兄弟がきちんと行儀良く並んで歩くのだと目を輝かせている。彼らの散歩は少々の雨なら雨天決行らしく、お揃いのレインコートを着て散歩をする日もあると言う。
    「これがとても凛々しいんだ」
    「でも雨じゃないと見られないんだな、それ」
     つい苦笑が漏れた。けど、早起きが少しばかり億劫とはいえ、煉獄のこんな表情が見られるなら朝のランも悪くないかと思い直す。
    「じゃあ、今度ウェアと靴を持って来とこうかな」
    「そうしよう! 宇髄と走れるなら楽しみが増える」
     最後のパンのかけらが煉獄の口の中に消え、気持ちが良いくらいきれいにスープもするすると飲み干されてゆく。
    「そうだな。煉獄と走るなら楽しいかも」
     ふたりなら色々なことがすぐに特別になってしまうんだなと思うと、とても不思議な気持ちだった。

    ◆温もり

     朝食を作ってもらったのだから、皿を洗うという煉獄の隣に立って、俺は洗い立ての皿を乾拭きしていた。この流れ作業も、共同作業って感じがする。いいよね、共同作業。
    「今日、どうする?」
     早くから動き出しているから、多少の遠出もできるくらい時間はたっぷりある。
    「うん……、そうだな……」
     最後のマグカップを洗い終えた煉獄は水栓を止めて思案顔になった。俺はマグカップを受け取って、キレイに拭き上げる。隣で沸かしていたケトルから湯気が立って、コーヒーのおかわりの準備も万端だ。
    「きみ、どこか行きたいところはあるのか」
    「うーん、俺はノープランだな。煉獄の行きたいとこならどこでも行っちゃう」
    「そうか」
     この家で飲むコーヒーは手軽に飲めるドリップパックだ。これも俺が持ち込んだもの。朝から二杯目のコーヒーは、少し濃いめに淹れる。これに牛乳もたっぷり入れてミルクコーヒーだ。
     先にマグカップへ牛乳を入れて、砂糖はほんの少しだけの微糖にしよう。ここへドリップパックをセットしてゆっくりとコーヒーを落とす。こうすると牛乳のタンパク質が熱で変質しないから、牛乳を後入れするよりもミルク感が優しい口あたりになる。
    「どしたの?」
     煉獄は押し黙ったまま俺の手元をずっと見ている。ケトルからドリップパックへお湯を注ぐだけだというのに、少し緊張してしまう。コーヒー豆が膨らむくらい全体を湿らせて、蒸らしてからまた注ぐ。ゆっくりゆっくり、慌てずに。
    「どこかに行くなら、きみの家がいい。でなければ、このままうちに」
     そう言う煉獄の身体が俺の肩にそっと触れて温もりが伝わってくる。運動して、食事を済ませた煉獄の体温は少し高めだ。
    「いいね。最高の週末じゃん」
     煉獄の腕が俺の腰に回って、頬を俺の肩口へぺたりと寄せた。熱々のケトルを持っていなければすぐにハグを返すところだ。でもお湯はゆっくり注がないといけない。なんだか俺が焦らされているみたいだ。
    「こうしてきみに触ってるのが好きなんだ。とても落ち着く」
     煉獄の声は静かで、この時間を味わっているようだ。
    「何もしない方が好き?」
     昨夜のことをちらりと思い出して尋ねてみると、意地が悪いなと拗ねられた。
    「何かしてもしなくても、どっちも好きだとも。こうしてる時、物理的にきみの一番近くにいるのはおれなんだなと安心できるんだ」
     コーヒーがポタポタと音を立ててマグカップを満たしてゆく。淡い湯気が立つ飲み頃の温度なのは、先に冷たい牛乳を入れてあるから。火傷しないくらいの淹れたてほかほかで煉獄に出してやりたくて研究した方法だ。
     他のことだって全部そう。できるだけ手早くタイミング良く作れてできる限りおいしいものを。一緒に食べて笑って過ごしたいと俺が思うのは煉獄だけだ。
    「物理的に一番近いだけじゃないよ。精神的にだって、そう」
     コーヒーはもうちょうどよさそうだ。俺はケトルを置いた。
    「会えない間もずっと煉獄のことばっかり考えてた」
     やっと空いた手で俺は煉獄の身体を迎えに行って、ぎゅうと強めに抱きしめた。
    「今日は贅沢に、こんな感じで一日過ごそ。いっぱい煉獄を補給したい」
     腕の中で煉獄が「おれもきみを補給したい」と言ってくすくすと笑った。

    ◆小言

    「まるで二人羽織でもするみたいじゃないか」
     と、おれの腕の中にいる煉獄は小言を言う。背中にべったりと俺が張り付いているせいだ。
     ローテーブルの上にはミルクコーヒーとチョコレート。俺は床に座って煉獄を背中から抱え込んでいる。
     チョコレートをひと口サイズにパキパキと割って、煉獄の口へ運んでゆく。すると煉獄はミルクコーヒーをひと口含んでゆっくり溶かす。確かに窮屈で飲みにくそうではある。それでも今日はもう離す気なんか全然これっぽっちもないから覚悟して欲しい。俺をこんな気分にさせたのは煉獄なんだから。
    「でも、これも悪くないだろ?」
    「うん、まぁ、」
    「——どちらかといえば、どっち? イイ? イヤ?」
     煉獄は持っていたカップをテーブルに置いて、チョコレートの欠片をひとつ取り上げた。それを俺の口に指ごと押し込んでくる勢いだ。
    「嫌なのにここでじっとしているわけがないだろう」
     ちょっと照れさせてしまったらしい。煉獄は俺を黙らせようとチョコレートを突っ込んできたのだろう。
    「だよな」
     ちゅっと音を立てて甘い指先を吸い舐めると、腕の中の体温がまたほんのりと上がった気がした。

    ◆エピローグ

     今日まで俺と煉獄が会えなかった期間は半月くらいだったと思う。もちろんその間は直接顔を合わせていなかっただけで、メッセージも通話もいつもより少し多かったんじゃないだろうか。
     俺は寂しいと自覚するのがあまり得意ではない。寂しいの手前の『物足りない』くらいのところで外へ飛び出して、楽しいとか面白いとか、自分の興味を引くものを見つけることの方が得意だからだと思う。何かが欠けていると感じ続けてしまうよりは、違うことに目を向けることが健全だと考えてたせいもある。
     けどね。
     腕の中に抱えた煉獄の肩へ俺は顎を乗せて頭を寄せた。
    「家に帰ってさ、うちに煉獄がいればいいのになぁってマジで毎日思ってたの」
     この寂しいはなんだか特殊だった。寂しいってのが穴だとしたら、それってもう煉獄の形に空いてる感じ。煉獄じゃなきゃ埋まらない。
    「実は煉獄がいるごっことかしてた」
    「なんだそれは」
    「ウチのどっかに煉獄がずーっと隠れてるつもりで、話しかけたりしてたんだけどさ、」
     最初は自分の中でも冗談だったのに、本当に煉獄がいないということを思い知りすぎて、恐ろしいくらいの寂しさに襲われた。恐ろしくて悲しい寂しさだ。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない、絶対に会えるなんて保証は誰にもできないだろうと突きつけられたような気持ち。
     安全な国の平和な時代に俺たちは生活していて、もちろんそれなりに儘ならないことや困りごともある。けれど例えば、生活や命を脅かされるなんてことはそこまで身近じゃない。可能性がゼロだなんて思わないけど、それでもさ。なんとなく明日も似たような日が来ると、良くも悪くも思いながら生きてる。
    「でもびっくりするくらい、わかんなくなっちゃったんだよね」
     いつどうなるかなんて誰にも全然わからないし、保障もされない。ここはどんなエンディングやエピローグをいつ迎えるかわからないアドリブだらけの舞台の上だ。
     だから煉獄と過ごす時間はできるだけ良いものになるように、自分一人だけのための時よりもコーヒー一杯でも殊更丁寧にもてなしたいと思うようになった。それは煉獄の周りがいつも煉獄の好きなものだけで満たされていて欲しいって気持ちと同じだから、『特別なこと』にしてしまうのはきっと違う。
    「煉獄といる時間を、特別じゃなくて当たり前にしたいんだ」
    「うん」
    「俺の言いたいこと、わかる?」
    「たぶん、会えない間に同じことを考えていたんじゃないかと思う」
     背中から回していた腕でぎゅっと強く抱きしめると、煉獄の手が添えられた。
    「煉獄。一緒に暮らそ」
    「——できるだけ早く」
     二人の境目がなくなるんじゃないかってくらいにぎゅうぎゅうとくっついて、でもずっとそうしてもいられなくて、腕を緩める。こんなに苦しく渇望するんじゃなくて、必要な時にいつでも少しずつ、ただそこにいる互いを確認していたい。
     恋の続きにある愛ってものがまだはっきりとはわからないけれど。でもこんな気持ちのことだといいなと今の俺は思うんだ。
    ---
    参加お題一覧
    ・お題 No.1 「覗き見」
    ・お題 No.2 「直感」
    ・お題 No.3 「予兆」
    ・お題 No.4 「心ここにあらず」
    ・お題 No.5 「失敗」
    ・お題 No.6 「偶然」
    ・お題 No.17 「さようなら」
    ・お題 No.19 「料理番組」
    ・お題 No.20 「雨天決行」
    ・お題 No.22「温もり」
    ・お題 No.23「小言」
    ・お題 No.24「エピローグ」

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    rica_km

    PROGRESS宇煉・天桃前提の💎🏅です
    💎🏅・🔥🍑は、どちらも従兄弟関係(年齢設定とか詳細は齟齬が出そうなのでw、ふんわりで…)
    🏅19歳(大学生・成人)・🍑16歳(高校生)の3歳差。両思いながら🍑が未成年の上、🏅が注目を浴び易い状況であることから色々堪えているところ
    💎🔥はいずれも社会人で恋人同士
    💎が一人暮らししている部屋へ🏅は泊まりに来るほど懐いているし、秘密も共有している…
    ひみつとつみひとつ◆01◆01 Tengen side
     俺のマンションには、従兄弟の天満が時々泊まりに来る。いや。時々よりは、もう少し頻繁に。
     立地が便利だからというのは理由のうちほんの一部に過ぎない。
     天満は抜きん出た才のせいで少々注目され過ぎているもので、自宅近辺には大抵マスコミ関係の誰かしらが潜んでいるらしかった。横柄だの生意気だの好き放題に言われやすい天満だが、あれで結構繊細なところもあるのだ。注目の体操選手として世間の注目を浴びるのも無理からぬことだが、衆目に晒され続けて疲弊するメンタルが有名税とは到底思えない。フィジカルにだって影響を及ぼすことくらい想像に難くないはずなのに、それでも世間様は若干十九歳の青年を好奇心の赴くままに追い回して好き放題に書き立てる。
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