DD宇煉、恋人になって最初のクリスマス話01
まさしく理想通りのホテルだと、宇髄は室内をぐるりと見回した。
早速窓辺に寄って景色を臨む。まだチェックイン開始時間の十五時の街は明るく、昼間の顔をしている。だがこの港町はデートのテーマパークも同然。街中のそこかしこがクリスマスのイルミネーションに彩られ、定時にあちこちで音楽と光が競演し、レーザーが空を彩るのだ。
宇髄はバスルームを覗きに行く。フロア端にあるこの部屋は、窓付きの広々としたバスルームが特徴だ。ガラス張りのシャワーブースがあり、その向こうには白いバスタブ。大きな窓から見えるのは観覧車である。夜にはこいつもド派手なイルミネーション力を発揮して、夜景という媚薬に一役買ってくれるはずだ。
例えば。
宇髄は室内用スリッパを履いたまま乾いたバスタブの中へ踏み入って、両手をガラス窓へそっとつけた。
目を閉じて想像してみる。
陽が落ちれば、窓の向こうでは煌びやかな光が街を彩る特別な夜になる。付き合い始めたばかりのウブな恋人は今夜が『そういう意味』で初めての夜だ。夜景を映してきらきらと輝くあの瞳を蕩かせてしまいたい。
宇髄は瞼の裏にまだ見ぬちょっとエッチな煉獄の姿を想像して、深く頷いた。
たぶん、脱いだらすごいに違いない。服を着てたって無駄な肉がないことはわかるし、なのに身体は肉厚だ。骨格がしっかりしている。運動神経も良いのは身体バランスが良く体の扱い方をわかっているからだろう。これは絶対にいい身体をしているに違いない。
敏感なところはどこだろうか。だが、恥ずかしがってそれどころではないというのもそそる。恥ずかしいが、宇髄の好きにしていい……とか言われてみたい。最高。そのシーンを記念に撮っておきたいくらいだ。
最初から浴室の窓へ両手をつかせてバックで……とはいかないだろうが、このシチュエーションならついそんな夢だって見てしまう。男ならば誰でも一度は見る夢だ。でなければそういうシーンをちょいちょいAVで見掛けたりするわけがない。なんならBLでも見かけるくらいメジャーなシチュだろう。
ふうと短く息をついて目を開けた宇髄は、まだ明るい街を見下ろした。
煉獄はバイトが終わってからこちらへ向かう予定で、宇髄が駅まで迎えに行く。合流したら食事をして、この部屋へ一緒に帰ってくる。もう夜景は絶好調の時間のはずだ。どうせならば部屋の明かりはつけないままで、いきなりベッドへなだれ込んでしまいたい。——ところではあるが、煉獄は初めてなのだ。優しくしたい。この胸にある激情をぶつけるにはまだ早いと、宇髄は1人かぶりを振る。
「あー、煉獄のバイト早く終わんねぇかな!」
浴室を出て、部屋の中のどこへ落ち着くでもなく突っ立ったまま、宇髄は伸びをした。ベッドでゴロゴロしたいところだが、煉獄がここへくる前に聖域であるベッドを穢すのは憚られる。ソファなら皺も寄らないし問題ないかと、そっと腰掛けて窓の外を眺めた。
外は夕暮れ色に近付きつつあるが、まだ明るい。午後四時。煉獄が到着するまで、あと二時間余。
02
煉獄が待ち合わせ駅の改札口を通るとすぐに宇髄が駆け寄って来た。
付き合い始めて間もないとはいえ、既に何度も待ち合わせてデートはしているのだが、宇髄はいつでもいち早く煉獄を見つけて駆け寄ってくれる。煉獄も大きく手を振って宇髄の方へと向かってゆく。
「宇髄、到着が遅くなって済まない」
「イルミネーションも本番の時間だから、ちょうどいいよ」
さらりと手を取られて、当然のように繋がれる。もう友達の時とは違う恋人同士なのだと宇髄はこんなちょっとした仕草で示してくれる。こんな瞬間に煉獄はいつも新鮮に惚れ直してしまう。今日のようなクリスマスデートなんて特別も幸せだが、何よりも特別なことではないかのように、宇髄が煉獄と当たり前に過ごしてくれることが煉獄は幸せだった。
互いに一緒にいたいから、こうしている。それが当たり前のことだなんて、ほんの少し前にはあまりにも贅沢な願いだと思っていたのだから。
「煉獄、何食べたい?」
店も色々調べてきたけど、決めきれずに特に予約は入れていないのだと宇髄は言う。食べたいジャンルを教えてくれればおすすめできると言う宇髄は、煉獄の顔を覗き込んでにこりと微笑んだ。
「そうだな……、」
「せっかくだから、贅沢しちゃってもいいし」
ちょっとしたコース料理、あるいは、ホテルブッフェ。でなければ、気後れせずに夜景が楽しめるカジュアルな店もある。そう話す宇髄の瞳は街中の灯りを集めてきらきらと輝いていた。クリスマス気分の街を楽しんでいる宇髄を見上げた煉獄は、少し答えを躊躇ってしまう。
「——どしたの?」
「これは候補のひとつなんだが、何かテイクアウトしてホテルの部屋で食べるのは」
どうだろうか、という声が少し掠れた。今日の宇髄は少しばかりゴージャスさを楽しみたい気分なんじゃないか、その気持ちに水を差してしまったのではないかと気になったのだ。
「まじで。それでもいいなら最高だな」
宇髄は目を見開いでそう言ってから、煉獄の耳元へ唇を寄せる。
「早く煉獄とふたりっきりになりたい!」
耳にかかる吐息もその言葉もくすぐったくて、煉獄は思わず肩を竦めた。
「うん。おれもそう思っていたんだ」
「ホテルへ向かうルートに、テイクアウトできそうなものが色々あったよ。スーパーもコンビニもあるから飲み物も買って行こう」
ふたりきりの部屋でパーティしようと宇髄は繋いでいた手をぎゅっと握ってくれた。
03
部屋に入った途端、煉獄は「すごい」と言って、真っ直ぐ窓辺へと向かって行った。
夜景が映えるように室内は敢えて暗いままにして、宇髄はその後を追う。窓から見える色とりどりの光が煉獄の瞳を彩っている。
「とても良い部屋だな」
「この窓からだけじゃないよ。あっちもすごいから見て」
煉獄の手首をとって、バスルームへと手を引いてゆく。ドアを開けた途端に、煉獄はさっきよりも感嘆混じりの声で「こっちもすごいな」と呟いた。
「こんなに広いバスルームは初めてだ」
ガラス張りのシャワーブースを覗いてから、最奥のバスタブを見に行く。そちらにある窓は宇髄がさっき敢えて目隠し用のロールスクリーンを下ろしたままにしていた。
「ここもでっかい窓なんだよ」
宇髄がロールスクリーンをするすると上げてゆくと、こちらも鮮やかな景色が現れる。
「これは、その、……丸見えにならないか?」
どこかおずおすと尋ねてくる煉獄が妙に可愛くて、宇髄は思わず笑ってしまう。
「あはは。湯気で曇るから大丈夫だよ。曇ってなくても今みたいにバスルームを暗くしておけば向こうからは見えないしね」
すぐそこに大きな観覧車があるから人目が気になるのだろうが、じきに観覧車の営業時間も終わりだ。そうなればゴンドラは無人のまま、もうしばらくイルミネーションだけを楽しむことができる。
「そうか、なるほどな」
安心したように深く頷く煉獄の肩へ、宇髄がちょんと肩を軽く当てた。
「ね。先に一緒に風呂入ってさっぱりしない? それとももう腹減っちゃった?」
この流れならオーケーが出るんじゃないかと期待して、下心なんてまるでないようなふんわりとした誘いだ。
「うむ……、それも悪くないが——」
さすがにちょっと歯切れの悪い返事が返ってくる。何しろまだ裸の付き合い的なこともしたことがないのだから、色々と緊張させてしまったかもしれない。
「じゃ、煉獄が先に入っといで」
「いや、あの、——」
煉獄が少し慌てて言葉を選んでいる様子を見せた。
「きみと入るのが嫌だというわけじゃないんだ。何というか、少し照れくさいというか、恥ずかしいというか、——うん、別に、大したことじゃない。気にしないでくれ」
だから一緒に、と言って、煉獄が宇髄の袖口を遠慮がちに摘む。
普段の煉獄は、あまり迷わない。竹を割ったようにすっきりさっぱりした性格なのが煉獄らしさだし、判断も早くはっきりとしている。だというのに。今の煉獄は長い友人時代を知っている宇髄にしてみれば、衝撃的と言っても過言ではないほど「いじらしい」態度だ。
「じゃあさ、バスタブにお湯を溜めながら、煉獄が先にシャワー浴びちゃいなよ。そんでバスタブに入ったら声掛けて」
そしたら俺もシャワー浴びに行くから。そう言って微笑んで見せると、煉獄はどこか恥ずかし気な笑みでこくりと頷いた。
煉獄がバスルームへ消えたその後、宇髄は部屋の中を静かに移動した。
ドア近くのクローゼットへ仕舞い込んだバッグを開け、その底の方から中身が見えないようになっている紙袋をがさりと取り出した。それを持って今度はベッドの方へ行き、サイドボードの引き出しをそっと開ける。
そこへ紙袋の中身を取り出して並べてゆく。コンドームとアナル用ローションだ。少し考えてから、ローションのボトルのフィルムを切って、蓋を開ける。ほんの少し指先へ出してみれば、問題なくスムーズに使えそうだと頷いて引き出しへ戻す。コンドームの箱のフィルムも破いて、中身を出すか出さないか悩んだ挙句に、これは箱のまま入れておくことにした。
準備はしてある方が良いだろう。これは念のためであって、これらを今日絶対に使うぞというわけではない。もし万が一ムードが良くて体調も良くて少し試してみようかなんて話にでもなれば、こういうものがあった方がいいに決まっている。
もちろん、できればそういう展開を期待はしたい。でも努力でどうにかなるものでもないし、愛の深さも関係ない。何より性的合意は令和に於いて最も重要視されるところだ。強引に進めるなんて野蛮すぎる。
宇髄はふうと一息ついて、静かに引き出しを閉じた。
しかしそれはそれとして、できればシタイですとカミサマにお願いしたくなるくらいの気持ちはあった。