圭勇の書きたいとこだけ書いたやつこれまでのあらすじ!
風間圭吾はハウリングウルフマン。
自分の意思で体を人間のように偽ることができる。ただし、満月の夜だけは抗えず、本来の姿になる。
そんな風間圭吾は、ふと訪れた村で黒石勇人に出会う。
黒石勇人の音楽に惹かれて、そのまま村に居着くようになった風間圭吾。音楽に惹かれ、黒石勇人という人間に惹かれ、人を愛することを知る。
しかし、ある満月の夜に、村にある結婚式場に黒石勇人がいることに気付いた風間圭吾。
黒石勇人は真っ白のタキシードを身に纏い、その傍らにはウエディングドレスを纏う女性の姿が…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
背後から大きな音がして、黒石勇人は振り返った。教会の正面扉が乱暴に開けられた音だろうというのは予想通りだったが、音を出した張本人は黒石の予想外の人物だった。
風間圭吾だった。
ある時急にこの村に現れ、住み着くようになった青年。
隣に立っていた佐々木直子が、慌てて飛びのいた。その拍子にドレスの裾を踏んでしまったらしく、小さく悲鳴を上げている。直子の後ろで裾を持って歩いていた佐々木純哉が支えようとしてバタバタしている。黒石はチラリとそちらを伺い、特に問題がなさそうに見えて風間に視線を戻した。
数日ぶりに見た風間は、顔を酷くこわばらせている。半開きの口はわなわなと震え、視線は黒石の目線よりも下をゆらゆらとさまよっている。頭になにか付けていて、随分大きなサイズの手袋をしているのが見える。
「圭吾?」
黒石が風間を呼んだ途端、風間の視線が黒石の視線とかちあった。風間の肩が大きく揺れて、風間ははじかれたように背を向けた。それから、ものすごい速さで走り出した。
「おい、圭吾!」
黒石も走り出す。森の方で音がする。風間が走っていった方向だろう、黒石もそちらに向かって走り出した。
「勘違いしてんじゃねえ、圭吾!!」
黒石は風間が逃げ出した理由に見当がついていた。
黒石と佐々木姉弟がいたのは、村にある教会。黒石が着ているのは白いタキシード。直子が着ていたのは同じく白のドレス。ウエディングドレスだ。
「黒石くん、靴ーーー!」
純哉が叫んでいるが、黒石にそれを聞き取る余裕などなかった。
ーーーお前がいなかったせいだろうが!
黒石はそのまま森の中へ飛び込んだ。
村の南側にある小高い丘の上には、大きな木がぽつんと生えている。沢村千弦曰く「幸せの木」らしいが、その由来を聞いたことはない。
風間は乱れた息のまま、その木の根元に座り込む。
---結婚、するのか。
風間はさっき見たものを受け入れられずにいた。あの場所が、あの服が、どんな意味を持っているのか。風間は知っていた。人間でない、人間のようにふるまっている風間でも。
風間は抗いようのなく本来の姿になっている手を見つめる。人間の手には程遠い、グレーの毛に包まれた手。頭に耳も出ているし、しっぽだって出ている。牙だって。
人間のようにふるまっても人間になれないし、人間に選ばれることだって、ありはしない。
「け、ご!」
風間は目を伏せる。
ーーー一番聞きたい、一番聞きたくない声だ。
「…圭吾」
「何しに来たんだよ、花嫁ほっといて」
「ちげぇ、聞け圭吾」
「嫌だ、俺はもう村に戻らない。勇人のことも忘れる。それでいいだろ」
もう忘れてしまえばいい。人間たちのことなんて。自分と生きる年月も、生き方も、何も違うちっぽけな存在なんだ。
立ち上がり、また走り出そうとする。しかし、風間が走り出すよりも黒石が風間の腕を掴むのが早かった。
「いいわけねえだろ! 勝手なこと言ってんじゃねえ!」
「何も言わなかったお前に言われたくねえよ!」
「お前だって! …言わなかっただろ」
黒石の言葉が急にしぼんでいく。黒石の手は、風間の手を撫でている。人間と全く違う、毛に覆われた手。
少しだけ振り返る風間。黒石は教会で見たときよりも軽装になっていた。ジャケットもベストもネクタイもない。それでも汗だくでまだ息も荒い。
風間は黒石の手を振り払った。
「言えるわけないだろ! 種族も、生きる年月も、生き方も違う生き物だなんて! その気になればお前らのことなんて簡単に、」
風間の目から涙があふれる前に、黒石はもう一度風間の手を取った。
風間の手を自分の首に当てさせる。風間は肩を震わせる。力を入れたら、別に細いわけではないこの首は、それでも形を変える。それを分かっているだろうに、黒石はこの行動に出た。
黒石は風間をじっと見て、「なぁ」と言った。
「圭吾。俺がお前のこと好きで、お前が俺を好きで、お前はあと何が必要だ」
風間は目を見開く。黒石の首に添えられた手が少し震え、爪が小さく肌を割いたが、黒石はただじっと風間を見ている。
風間はまた目をそらして、「なに言ってんだ」と呟いた。その声は震えてかすれていた。
「お前ばあちゃんに何か言ったろ。ばあちゃんが気合入れてこの服、お前の分も作ってんぞ」
風間の目が揺れる。
黒石の祖母は元々裁縫が得意で、よく小物や自分の服、近所の子供の服なんかを作っていたらしい。
服を作りたいからといつか採寸されたが、まさか。
「…お前、最近村にいなかっただろ。驚かせて悪かった。お前のこと、待てばよかった」
満月の夜は、自分を偽れない。
普段は耳も手も尻尾も人間のように消したり偽ったり出来るが、満月の日は我慢が効かない。場合によっては満月の前後で堪えがきかない。風間がここ数日村にいられなかったのもそのせいだ。
「…花嫁は?」
「佐々木の姉ちゃんが、練習付き合うからって。あとあの服着てみたかったんだと」
「…練習って?」
「結婚式の」
「誰と、誰の」
「俺とお前の」
なんで、と風間が呟くと、黒石が「悪い」と短く告げ、急に靴を脱ぎ始めた。さっきよりも汗が酷いことに気付いた風間は怪訝な表情をするが、鼻につく匂いに気付き顔色を変える。
「お前、足血だらけじゃないか!」
「お前がこんな森に入るからだろ。革靴で普通に走れるかよ」
靴擦れのせいだろう、白い靴下が真っ赤に染まっている。同じく白い靴にも、血がついてる。
足をこんなにも傷つけてまで、黒石勇人は風間圭吾を追ってきた。
風間の目から涙が零れ落ちる。
「勇人、ごめん」
風間は黒石を抱き上げた。風間は黒石の胸に顔を埋める。汗で湿った服。黒石の匂い。
「勇人、結婚しよう。俺も好きだ。俺だけの勇人になってくれ」
「顔見て言えよ」
黒石の優しい笑い声が、そっとその場に響いた。
「勇人、寝てていいぞ。匂いで服、見つけられるから」
風間は黒石を抱えながら、ゆっくりと村へと戻っていく。黒石は森の中を走りながら、ジャケットやネクタイをそこら中に置いたらしい。黒石は風間の胸に頭を預けて、うとうとしている。
片目だけうっすら開けた黒石が、ふっと笑った。
「…お前、綺麗な顔してんだな」
「なんだよ、今更」
風間がふわりと笑うと、黒石はそのまま目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(この後数日間、村では黒石勇人を縦抱きして移動する風間圭吾の姿が確認される)
純「…靴擦れしただけ、っすよね?」
勇「あぁ」
純「…まぁ、仲がいいならいいんすけど…」