「Wake up my music」の没ネタや設定ふたりの出会い
長かった梅雨がようやく終わった。雨が降った程度で外に出るのをやめるようなことはないが、その辺に寝転んだら濡れるし、口に雨が入るのは決して愉快ではない。だが、傘を差して歌うのは好きだった。傘に落ちる雨の音、少しだけ反響する自分の声。が、そればかりではつまらない。
黒石勇人は村の外れにある草原のど真ん中に寝転んだ。まだ少し水分を含んでいるように思えたが、黒石はそれを無視することにした。
広がる空は深い青で、夏が近づいていることを感じさせた。高い位置を鳥が飛んでいるのが見えた。
目を閉じる。
草と土の匂い。鳥の鳴き声。草の揺れる音。少し離れた位置の川で水が流れる音。
少しずつ、音が降ってくる。降ってくる音を繋ぎ合わせ、適当な言葉を嵌めて、自分の中から吐き出す。あぁ、悪くない。この音は覚えておこう。
音を吐き出しきって、黒石は目を開ける。
「…」
目の前に人がいて、黒石は内心心底驚いた。音も気配も何も感じなかったからだ。
その人物は緑の綺麗な瞳をしていて、淡い金色の髪が見えた。寝そべっている黒石の顔を、横から覗き込んでいるらしい。面識のない人間相手の距離ではない気もするが、黒石にこの人物の心当たりはなかった。
「…誰」
「なあ! 今の、もう1回聞かせてくれ!」
金髪の男は黒石の質問には答えず、嬉しそうに言った。黒石は眉を潜め、「とりあえず退け」と言った。
「ん、あぁ」
金髪の男は黒石の上から退き、人1人分くらいの間を開けて座り込んだ。黒石は体を起こし、改めて金髪の男の姿を確認する。
自分と同じくらいの背格好で、この辺りで見たことのない男だった。
また寝そべり、先程の体勢に戻る。何も関係ない。自分がまだ歌い足りなくて、聞きたい奴がいるなら、歌わない理由はない。
「~♪」
黒石は先程降ってきた音を、またつむぎ出す。気になった音を少し直し、言葉を入れ替え、つむぎ直す。
横目で男を見ると、目をキラキラさせて聞いている。また目を閉じ、音をなぞる。
次から次へと音が降ってきて、先程の音に繋ぎ合わせていく。しかし音は次第にまとまり、終わっていく。
「…」
歌い切った黒石はふっと息を吐く。
「すごい、なあ、すごいな!」
興奮した声がして、黒石は目を開ける。緑色の目はさらに輝いていた。
起き上がる。
「…で、お前、誰。見ない顔だな」
「風間圭吾だ」
「…黒石勇人」
見ない顔、に答えない辺り、訳アリなのかもしれない。関係ない。
立ち上がり、頭や背中を軽く払う。心なしか全身湿っているが、許容範囲だ。
「あ、帰るのか? なあ、またここに来れば、さっきの聞けるか?」
「…別に、ここだけじゃねえ。適当なとこで歌ってる」
「分かった。じゃあ探すから、また聞かせてくれ」
風間圭吾はふわりと笑った。
それから、黒石がどこで歌っていても、風間はほぼ必ず目の前に現れた。音もなく気配もなく近づいてくる風間を、黒石は訳ありなんだろう、で片付けた。
自分の音楽を聞きたがっている。それだけで、黒石には十分だった。
村に住むことにした風間圭吾
「佐々木、こいつこの村に住むって言ってっから、あと頼むわ」
「え、なんすか急に…って置いていかないでくださいよ!」
「…えーっと、風間圭吾です」
「…佐々木純哉です。えっと、ホントにこの村に住むんですか?」
「迷惑でないなら」
「迷惑じゃないっすけど…あんまり移住してくる人っていないんすよ。この村電気通ってないし」
「へえ」
「…あ、特にそこは問題ないっすか?」
「まあ、前住んでたところもそうだったから」
「とりあえず手続きとかは明日進めるんで、今夜は集会所の空いてる部屋使ってください。あ、黒石くんの家泊まるとか?」
「いや、聞いてないし、その集会所ってところを使わせてもらえると助かるよ」
「じゃあ、案内しますね」
「今は誰も住んでないっすけど、何年か前まで住んでた奴がいるんで、それなりに揃ってはいますよ」
「あぁ、ありがとう。助かるよ」
「この部屋が多分一番物が揃ってるんで…やたらかわいいっすけど」
佐々木の言う通り、部屋にはやたら可愛らしい小物やぬいぐるみが置いてある。
「素敵な部屋だ」
「じゃあ後で布団は持ってくるんで、好きにしててください」
「あぁ、ありがとう」
こうして風間の村での生活が始まった。
(かわいい物はちづくんの物。お部屋が寂しくないように、集会所の一室に少し残してある)
設定風間圭吾:
・ハウリングウルフマン
・群れから独り立ちして、初めて出会った人間が黒石
黒石勇人:
・歌ったり狩りをしたりして暮らしている
・おばあちゃんと2人暮らし
村
・電気が通っていない
・街には電気があるから、出ていく若者が多い
・18の誕生日になると、村を出るか残るかを選べる
・黒石は残ることを選んだ(祖母がいる、都会に行きたくなったらいつでも勝手に行くつもりでいる)