没バージョン圭勇これまでのあらすじ!
風間圭吾はハウリングウルフマン。
自分の意思で体を人間のように偽ることができる。ただし、満月の夜だけは抗えず、本来の姿になる。
そんな風間圭吾は、ふと訪れた村で黒石勇人に出会う。
黒石勇人の音楽に惹かれて、そのまま村に居着くようになった風間圭吾。音楽に惹かれ、黒石勇人という人間に惹かれ、人を愛することを知る。
しかし、ある満月の夜に、村にある結婚式場に黒石勇人がいることに気付いた風間圭吾。
黒石勇人は真っ白のタキシードを身に纏い、その傍らにはウエディングドレスを纏う女性の姿が…。
反射的に式場に乱入し、黒石勇人を連れ去る風間圭吾。
己がハウリングウルフマンの姿とあることに、村では人間だと偽っていたことも、なにも気にせずに。
どうする風間圭吾! どうなる黒石勇人!
村を出て、森に入る。人間には出せないスピードで森の中を駆ける。肩に担がれた黒石勇人は、風間圭吾の尻尾を触りながら何かを言っている。慌てた風には聞こえないから、きっと見慣れない物に興味が湧いて触っているのだろう。
黒石勇人が分からない。それは今に始まった話ではないけれども、全く、理解できない。風間は奥歯を強くかみしめる。
適当なところで立ち止まり、黒石を地面に下ろす。殆ど投げ下ろした形だったため、白いタキシードが土埃で汚れるのが分かった。黒石が「おい!」と機嫌の悪そうな声を出した。構うもののか。構う理由などない。
「結婚、するのか」
風間の声は震えていた。
眉間に皺を寄せていた黒石は目を丸くして、「耳もあんのか」と耳に触れようと手を伸ばしている。式場では背後から急に担いだから、正面からは見えなかったのだろう。
話を聞いていないことにまたイラつき、風間は黒石の手を払う。
「話をそらすな! 勇人、お前、俺の知らないところで、俺の知らない人間と一緒になろうとしてたのか」
口にするとどうしようもなく怒りが湧いてくる。呼吸が浅くなり、喉の奥がギュッと詰まる。
黒石の腕を掴む。
「圭吾」
「そんなの…許せるわけないだろ!」
黒石の腕から何か音がした。黒石は眉をひそめる。
「腕、はなせ。いてぇ」
「行かせない、もう、勇人から離れない」
手に力を込める。決して逃さないように。どこにも行かないように。
そうだ、どこかに閉じ込めてしまえばいい。
このままどこかに連れ去って、閉じ込めて、こんな服は取っ払って、それから。
「知らなくねぇだろ。佐々木の姉ちゃん知ってんだろ」
思いもよらないことを告げられて、手の力が少し抜ける。黒石が身をよじるので、また力を込める。
思い返すと、確かにドレスを着ていたのは佐々木純哉の姉だ。佐々木直子。
村の祭事をまとめる純哉の周りで、茶化したり手伝ったりしているのを見かけたことがある。カラカラとよく笑う女性で、言葉の癖が強くてたまに何を言っているか分からない。
確かに、そうだ、知っている。でも。
「だからなんだよ!」
「やめろ、服破けんだろ」
「なんで、なんであの人なんだよ!」
黒石の左肩から、布の裂ける音がした。同時に黒石の口から声が漏れる。
そうだ、こんな服、破り捨ててしまおう。そのまま左側の袖を引き千切り、千切った袖を放り投げる。黒石の目に明らかな怒りが宿る。
「破くなっつってんだろうが!」
「うるさい!」
黒石は自由になった右手を振りかぶる。風間はそれを軽々と払い、そのまま黒石の体を地面に転がす。
うつ伏せの姿勢になった黒石の背中に、素早く膝を乗せて動きを制する。白いタキシードは土に汚れ、あのとき見た美しさなどどこにも残していない。そうだ、これでいいんだ。
目の前が歪む。
黒石が低い声で「いい加減にしろよ」と唸る。
「ばあちゃんがお前の分も作ってんだぞ、揃いのやつ」
風間は両手をおさえようとしていた手を止めた。
黒石の祖母も、もちろん知っている。黒石と一緒に住んでいて、ニコニコと笑う小柄な婦人だ。
風間が家に行くたびに、よく来たね、と笑ってくれる。
裁縫が得意で、小物から洋服まで作ると聞いていた。これが、その黒石の祖母の作った、服?
言われた意味が分からなくて、風間はノロノロと立ち上がる。
「…なん…でだよ、揃いって、新郎の服だろ、これ」
「そういうことだよ」
黒石はゆっくり起き上がろうとしたが、腕に力が入らなかったのか結局仰向けに転がった。
「…じゃあ、なんで佐々木の…」
「練習しとけって、佐々木がうるさくてよ。で、佐々木の姉ちゃんが練習付き合ってるやるって。ドレスはどっかから借りたんだとよ。着てみてぇからって。」
「…勇人、お前、誰と結婚するつもりだったんだ?」
黒石勇人はため息をついた。目の前がさらに歪んでいく。
目を擦っていると、黒石が笑った音がした。
「俺が言っていいのかよ」
ーーー勘違い、だったのか。全て。
タキシードの左腕は千切れ、右腕も外れかかっている。全体的に土で汚れ、見る影もない。
剥き出しになった左腕は、爪が食い込んでいたらしく血が出ている。
背中に手を回し、そっと体を起こさせる。
「…勇人、ごめん、服、破けたし、腕、血が出てる…ごめん…」
「俺も、驚かせて悪かった」
「勇人、俺と、」
風間の言葉を聞いて、黒石は楽しそうに笑った。
「なぁ勇人、腕本当に大丈夫か? おぶるか?」
「折れてんの腕なんだから関係ねーだろ」
「折れてるのか?! じゃあ大丈夫じゃないだろ! 俺のせいだけど! 早く帰るぞ!」
「なあ、お前尻尾柔らけえな」
「肩に担がれて最初に言う言葉か?! お気に召してなによりだ!」
満月が二人を静かに見下ろしている。
(以下、余談メモ)
風間くんがお婆ちゃんに服を破いてごめんなさい、勇人の腕を折ってごめんなさい、ってしにいったら、「驚かせたかったんだけど、怖がらせちゃったのね。ごめんなさい」「タキシード、しっぽが出るように直した方がいい?」って聞かれる。
手伝えることは手伝うし、たまに泣いてる風間くんと、腕が折れていて手伝えないので歌っている黒石くん。