流星群『本日22時、中庭に集合!』
そんな文字が受信を告げる小さな音と共に莇のスマホに届けられた。22時と言えばシンデレラタイムの始まりで、他の団員に口煩く言っている身としてもそれまでには就寝の準備を済ませていたいし普段ならば却下の一言で済ませていたのだが今回ばかりはそうもいかない。莇は人差し指を動かし、分かったとの言葉を文字を送りつけてきた九門へと返した。
ーーー
「ちゃんと冷えないようにしてきた?」
「当たり前」
「だよね!」
22時になる10分前に中庭に向かうとそこには九門が既に居て、あの優しい笑顔で莇を出迎えてくれた。隣に立つと覗き込むようにして尋ねられるものだから小さく肩を竦めて返してやると何が楽しいのか声を上げて笑った。
今日、二人がこの時間に中庭に居るのは理由があった。流星群がやってくる、と数日前のニュースで聞いたからだ。全国的に21時から23時の間ならば比較的どこでも見れると聞いてしまったものだから見てみたいと九門が莇に懇願してきたのだ。正直莇としては流れ星なんてそこまで興味はないのだが大きな瞳をキラキラ輝かせて、一緒に見てお願い、と頼まれてしまうと無下には出来なくなってしまう。こうなると自分が断れない事を年下みたいな年上のこの男は知っているのかと疑いたくなってしまいながら莇は頷くしかなかった。
莇が付き合ってくれるとなってからはトントン拍子に事が運んだ。寮が22時には消灯になる為、丁度良いと流星群を見る場所は中庭に決定した。普段中庭の外灯は消灯のそれには含まれないのだが九門及び多数の団員の訴えがあり、この日は中庭も消灯する運びとなったのだった。
「あと5分だよ、そわそわするね」
「ちゃんと見れんのか?」
「んー、多分?でもなんかそわそわしながら待つのも楽しくない?」
「…見たら寝るからな」
「分かってるって!」
中庭に設置されている外灯の光はそこまで強くはないけれどまだ当然起きている団員の部屋から漏れる室内の光も加わり夜空はまだ真っ暗にしか目に映らず、本当にそこに星があるのか確認したくても出来ないでいた。こんな状態で本当に流れ星が見れるのかと莇は少しだけ心配に思いつつ、隣で落ち着きなく真っ黒い夜空を見上げる九門に視線を流す。
「…そんな興味あったのかよ」
「流星群?」
「おー」
「特に無いけど見れるってんなら見てみたいじゃん?」
「野次馬根性かよ」
「けどそう滅多に見れるもんじゃないし、莇と見たいなって思ったんだもん」
「……ふーん」
夜空に向かっていた蜂蜜を固めたような瞳が自分に向けられて咄嗟に莇は視線を前へと戻す。横顔に視線が突き刺さるのを感じていると、ふと手に温かなものが触れてきた。それが九門の手だと言うことに気付くのにそんなに時間は必要としなかった。
「…っおい!」
「しー…大きい声出すと皆に気付かれちゃうよ?バルコニーで月見酒するって東さん達も言ってたし」
ふざけんな、と九門の方へ顔を向けようとした瞬間、辺りの灯りが一斉に消えて一気に視界が黒に覆われた。22時になったのだ。煌々とした灯りではなかったのにそれが消えただけでも闇が支配する時間帯に慣れてない瞳は暗闇しか映せないでいた。それでも繋いだ手の温もりと、自分よりも分厚く固い指先が手の甲を撫でてくれる事で自分一人取り残されたような感覚が簡単に溶けていくのを感じた。
「莇、…空。見て」
隣から聞こえる声に誘われるまま、まだ暗闇に囚われている視界を上にある空へと向けた。そこにある光景に莇は声を上げる事なく瞬きも忘れ食い入るように見詰める。
「………っすげ、」
そこには満天、とはいかないものの先程まで真っ暗で吸い込まれそうな黒しかなかった天にキラキラと輝く星々が映し出されていた。灯りが消えた事で見えなかったものが現れたのだ。繋がった手が強く握り締められているのに気付きもせずに莇がそれに目を奪われていると、不意に頬に柔らかなものが押し付けられた。そこでやっと意識が星空から離れ、同時に握られた手の強さにも気付いてしまった。
「……っ、くも」
「しー…」
直ぐ傍で諌めるような耳馴染みのある声が小さく響き、頬に触れてきた柔らかなものが莇の唇へと押し付けられた。莇も良く知っている感触だった。
「…っ…ば、か」
すぐに離れていくと思った唇が莇のふっくらとした下唇を挟むように薄く開かれ、それに咥えられると甘く吸い付かれた。星明かりだけだとしてもバルコニーには人が何人も居て、きっと他の団員だって部屋からこの星空を見ているに違いない。そんな誰の目に触れるか分からないこんな屋外で口付けを交わしている事実に莇の頭の中は沸騰しそうなくらいに熱くなる。離れなければいけないのに、突き飛ばす事は簡単なのに、唇から伝わる温もりに動けないでいた。
「……あ」
どのくらい唇を貪られていたのだろうか、ふと声を漏らして九門の唇がやっと莇のそれを解放した。はあはあ、と上がってしまった息を恥じて唇を手の甲で覆うと、あざみ、とまた近くで優しい声がした。こういう所が卑怯だと思う反面、どうしようもなく好きだと思ってしまうから本当に質が悪い。
「星。さっき流れた」
「……オメーの所為で見落としたから知らねー」
「まだ見れるって!これからだよ、これから!」
暗闇に慣れてきた視界の中で繋がったままの手が握り直された。暗くて良かった、と莇は赤くなっているであろう顔を星空へと向ける。先程よりも濃く見える光に口付けの余韻を照らされているような心地になり、握り直された手をきゅっと握った。