公園のベンチに九門と莇は並んで座っていた。高校からの帰り道にあるコンビニで何か食べ物を買った時はこうして寄り道をするのが常となっていて、今回はお供に選ばれた角煮まんと肉まんを頬張る事となった。ガサガサと音を立てながらビニール袋の中から二つの包みを取り出した九門は、肉まんは透明のセロファンテープで封をされている方だと言っていた店員の言葉通りに透明の方を莇へと手渡す。サンキュ、と短い礼と共に二人の手にそれぞれ目的のものが行き渡った所で漸くいただきますとなった。
「ね、莇…!見て…!」
暫くして莇の耳元でこっそりと声色を落とした九門の息遣いがした。
内緒話でもするように顔を近付けて話されると破廉恥だの近いだの条件反射に出てくる感情は勿論芽生えた莇だったが、余りにも九門が嬉しそうに話しかけるものだから毒気を抜かれて擽ったく思う心地へと落ち着いてしまったらしい。仕方ないなと言いたげに小さく息を漏らすが、その口元が緩んでいるのが良い証拠だ。
「あ?どれ」
「ほら見て、あの犬。ずーっと飼い主さんの事見ながら散歩してるんだよ」
九門の指差す方向へと視線を向けると、そこには飼い犬の散歩をしている初老の男性が居た。あれは柴犬だろうか、飼い主の歩調に合わせてトコトコと進むその犬は九門の言うように顔を飼い主の方へと向けている。時折進行方向を確かめるように前の方に向くけれど、数秒後には再びその顔は持ち上がって飼い主へと固定される。
「…ほんとだ」
「きっと飼い主さんの事、大好きなんだろうなあ」
可愛いね、と耳元に落とされると莇はその犬と九門とを見比べるように何度か視線を行き来させた。それからにやり、と口角を持ち上げると食べ掛けの肉まんへと齧り付く。
「可愛いけど、もっと可愛い犬知ってっからな俺」
「え、そうなの?どんな犬?」
「毛並みはサラサラっつーよりふわふわで、いっつもうるせーけど俺の事が好きなのを隠そうともしないで纏わり付いてくる犬」
「え、そんな犬居たっけ?オレ見たことある?」
莇の言う可愛い犬に九門は心当たりがないらしく、うーんと首を傾げている。吹き出しそうになるのを堪えて最後の一口を食べ終えた莇は空になった包み紙を小さく折り畳むと、九門の持っているビニール袋の中へとそれを押し込んだ。
「九門は知らないかも」
「えー!なにそれ!」
ずるいずるい!と口をへの字にして腕をぐいぐい引っ張る九門に堪え切れずに莇は吹き出してしまった。
ほらな、可愛い。
その言葉を何とか飲み込んだのは単なる莇の意地だ。本人にすら自分だけが知っている姿を知られたくないという、なんとも可愛くない独占欲と言ってもいいかもしれない。
「あんまグダグダ言ってると先に帰るぞ」
「やだ!」
「じゃあさっさと食えよ」
「うう…今度教えてよ?」
「あー、はいはい」
適当に流しながら変わらずに飼い主を見上げて歩く犬の後ろ姿へと目を向ける。
その尻尾は、ぱたぱたと左右に揺れていた。