悪夢から醒まして「あれ、スマホどこだっけ」
キョロキョロと辺りを見渡して探していた自分のスマホをソファの下に見つけた。時折置いた場所をド忘れしては彼に白い目で訝しげに視線を寄越され場所を指摘されている。
少しホコリにまみれてあったあったとそこに手を伸ばして指先が軽く触れた。なにか長いものを持って来ようか思案したが不要に終わりそうだ。
「~♪♪」
気を取り直して画面に触れてお目当てのアプリをタッチ、少々立ち上げに時間が掛かっているのは数時間前に更新が入りデータの送受信が重い為だろう。仕方ないと事前に分かっていたので徐ろにソファに座り直して正座で待機、とはいかなくとも心持ちは玩具を与えられて開封している時の其れに似ていた。
ガタッ、何やら物音がしたかと思えばそれは足音を伴ってどんどん大きくなる。近づく足音に検討は付いても何せ普段よりあまり大きな音を立てるような人物では無いが為に肩は戦慄き心臓は早鐘を打ってどうにも忙しなくそのものを受け入れるしかない。
「……、」
「お、お早う?」
バンッと荒々しく扉を開けられ現れた人物を微妙な表情を浮かべて迎え入れた。顔には焦りからなのか汗が滲んでいて当の本人は立香を凝視したまま動かない。暫しの間にらめっこをしていい加減何用か問いただそうと口を開く前にモリアーティはこちらに寄ってきて立香の右手を取りまじまじと見つめた。何がそんなに面白いのか全く持って理解できないが元より母国の名門大学の誘いを断って極東の島国まで来るような奴だ。立香のような平凡を絵に描いたような人生を歩んできた人間と交わったのが奇跡の様なもの。1から10まで彼を理解できるとは思ってもない。
「……ない、ないナ?」
「何が?」
「令呪」
「れい…大丈夫??」
聞きなれない単語に頭の心配をするもそういえばモリアーティは先程まで寝室にいたはずだと思い返す。
夜型の立香と違ってモリアーティは基本規則正しく生活しているので共に生活するようになっても互いに時間が合わないのは日常茶飯事。稀に彼が夜起きていたとしてもそれは不眠症を患っていた頃の影響で寝付けない等の健康面や単に仕事が詰まっている時の場合だ。常に日付を超えるまで寝ない自分とは違うがそこに関して彼は特に干渉はして来ない。それなりに上手くやっていけていると自負しているが今回のモリアーティの焦りようからして夜更かしに対する苦言では無いのは明白だろう。
「ジェイミー?」
「ッ、すまない。急に」
「いや全然?いいけどどしたの?」
「……別に。大した事では」
立香の呼び掛けに我に返ってやっと手を解放する。そのまま踵を返すかと思ったが呆然と立ち尽くすモリアーティを手招きして隣に座らせた。下を向いたまま頭を抱えている彼にこれはただ事では無いなとスマホをテーブルに置いて彼に向き直る。初めは何かと考え込んでいたようだがそれも根気強く待ち続けたら少しは周りの状況や立香の存在を思い出したようでボソボソと話し始めた。
「……悪イ、酷く頭が混乱していたようだ」
「みたいだね。俺がこんな時間まで起きてるから説教かましにきた訳でもなさそうだし」
「その件に関してはコチラから特に言うことでもないガ……まぁ程々にしてくれ」
「うぃっす」
「………りつか」
「ん?」
「立香」
伸ばされた腕を避けずに受け入れる。何かを確かめるように抱きしめられて少々こそばゆく思う。しっとりと滲む汗に熱でもあるのかと心配したが触れ合ってみればいつもより低い体温に逆に違和感を覚えた。確かにモリアーティは立香よりも基礎体温は低いがにしたってこんなに冷たく感じるようではまるで彼が彼でないかのような錯覚をしてしまう。どこか遠くに行きそうに思えて立香もぴったりとくっ付き心音を確かめた。
「……夢をみたんダ」
「夢?いい夢じゃなさそうだね」
「その通りだダヨ。全く、およそ現実味のないファンタジーな世界観の癖に追体験したせいか現実と夢の境界が曖昧になった」
「ふぅん」
「それで君に詰め寄るなどと馬鹿な真似をした」
「詰め寄るってかなんか確かめてた感じだったけど…」
「そう、だネ」
口ごもるモリアーティは語る。
時は現代、世界が危機に瀕した為立香がマスターとして数ある英霊を使役しその内の1人として悪名高いモリアーティも共に世界を救う夢を見た。しかしマスターである立香は凡人でとてもマスターとは認められずにプライドの高い自分は見下したり嫌っている素振りをしている嫌な奴。自分はそんな人間ではないと内心憤慨したけど夢の中という事でどうすることも出来ずに歯がゆい思いをすることに。そうして最終局面で立香はマスターであるが故に死に瀕して自分は最後の最後で気持ちを自覚して涙して終わり。
とまぁ何番煎じか分からない3流映画のようだったと吐露。だからこそ目が覚めた瞬間に立香のことを確かめたかったと今頃になって自分の行動が夢見が悪くて母親に縋る幼児のようだと恥ずかしくなるモリアーティ。
「笑うなら笑ってくれ。後にも先にもこんなふざけた夢を見た挙句君に縋りに来たのでは幼稚にも程がある」
自嘲するモリアーティに思う所はあるが彼はこうして話してくれた。それが苦節を語るものであれ幼稚を笑う話であれ空想だろうと自分の事を語る話はどれも立香の興味を唆るものだ。それは共にいることを選んだ自分への信頼だと彼はきっと気づいてはいまい。そうだ、気付かなくてもいいこの気持ちは立香だけのもので立香が覚えていればそれでいいのだ。
「ジェイミーは……夢でも俺と一緒にいてくれるんだね」
「……夢にまで出てきたら鬱陶しいだけダロ」
「そうでも無いよ」
「ピエロメイクの犯罪王でもカ?」
「何それw逆に興味ある」
「でもあのモリアーティ教授かー、若い頃ってどんな感じなんだろ?」
「原典にない存在だ、知るかヨ」
「そうなの?」
有名所ではあるが立香にあるのは多少聞き齧った程度の知識。本場の国の出身であるモリアーティも同姓同名が仇になって耳にタコができるほど聞かされたりもしたが一応教養として読んだこともあるようだ。
「ん、」
不意にお喋りな口を塞がれてどさりとソファに倒される。そのまま手を絡めて彼の熱が戻りかけていることに安堵した。
「じぇ……い、みー」
「僕を僕のままでいさせて立香」
じぃっと見つめる瞳は青みを帯びているものの熱を取り戻した今は全てを溶かし尽くしてしまう苛烈さを秘めている。それでもいいかもしれない。彼は恐らく有効利用してくれる筈だから。犯罪王に相応しいアクセサリーの一部になれたらなんて、きっと目の前のモリアーティは怒るかもしれないが。
夢で見たという彼とジェイミー。間違いなく別人なのは分かってるが最後に泣いてしまうなんて随分意地を張っていたのだなと立香は考える。初めから素直にとは口が裂けても言えないがそう思うと自分に対してさらけ出してくれる彼はやっと落ち着いて眠れる場所を探し出せたのかもしれない。
「(そうであれば嬉しいな)」
放置されたスマホはとうに画面が消えていたが待ち望んでいたゲームの更新よりも今は大事な用事が優先だ。