「ネムと申します」
ホークに向かって淑女の礼をとった彼女の姿は見惚れるほどに麗しい。森を歩くための簡素な衣装ではあったが、見目の良さだけではなく指先爪先に至るまでに染みついた貴族教育の賜物というものか。
「これはこれはご丁寧に。鳥の巣のホークです」
洒落っ気が混じってはいるがそれに見合った格式のていの礼を返したホークは苦笑いの表情である。
「お疲れでしょう。……クークー、とりあえずお嬢さんには休んでもらってくれ」
「はい」
「ユエは残れ」
「……ああ」
ホークの顔の中で特徴的な眼差しがぎらりと光るのが見えた。無事の帰還をただ喜んでいるでなく、怒りを抑えているというのでもなく。未だにネイジアには得体の知れない男である。
鳥の巣本部の客室は豪奢ではないが寝心地のよい寝台を備えている。鳥の巣の方針とでもいえようか。ネイジアはネムが旅装を解くのを手伝い、病衣に近い簡素な寝衣を着せ掛けた。
「とにかく休みましょう」
「それほど心配されなくても」
「いいえ、妊娠を甘くみちゃいけません」
簡単にまとめ上げられていたプラチナブロンドも解いて櫛をかけたところで寝台に押し込むと、さすがにネムは深い溜め息をついた。
抜けるような色白の頬はもとより日焼けとは縁の遠い生活をしていたのだろうと想像ができた。それを差し引いても血の気の引いた顔色だと思った。僅かに金色を帯び、空気を含んで緩く巻いたプラチナブロンド、同じ色の長い睫毛に縁取られて重たげに垂れた眦の中でぼうっと世界を捉えている薄紫色の瞳。母が商会で扱っていた高級な陶器人形でもここまでの造詣は見たことがない。
「……お茶を淹れますね」
「ありがとう」
生き物であるからこそのバランスなのだろうと納得する。柔らかに融けるような声音も耳に心地よくしみる、深窓の姫君。興味深そうに窓の外を見やっていた視線が改めて自分を捉えて微笑むので、ネイジアはどきりとした。
何があったかは知れないが、その顔かたちと声にだけでもユエが彼女を連れ帰ってきた理由には十分であるように思えた。彼女が妊娠中であるということに関してはあまり擁護ができないにしても。どんな理由があればこの状態のネムを連れ回すことになるのかとも思いはするが。
「どうぞ。……一応対呪効果があるので是非」
「ここにはそんなものがあるのね」
「鳥の巣特製です」
「鳥の巣。」
初めて聞いたというようにその単語を口の中に転がして、背中にクッションを詰め込んだ姿勢をとったネムは優雅な仕草でカップに口をつけた。ひとくち二口、と中身を啜り、ネイジアの顔に目を留める。落ち着かない目の色だ。
「クークーさん」
「はい」
確かめるように呼ばれた名は慣れない響きだが、ともあれそれは今のネイジアを示す名前である。
「首領の方はホークさん。」
「そうですね」
ということはホークにも生まれついた時につけられた名前がある可能性があるということだが、同じように鳥の巣本部で働く者には孤児の出身である者もいるのであくまで可能性の話である。あの男に「ホーク」の名以外の呼び方が似合うとも思えないが。
「……ユエ様は仲間はずれですのね」
「お詳しいんですね」
「少し齧っただけですけれど」
曰く、鳥の巣で与えられる名前は古代の言葉で鳥の名前の音韻を意味するものであるとかないとか。そのことを聞いたとき、ネイジアも同じことをホークに訊いた。ホークの返答は「あいつは鳥の巣のもんじゃないから」、とのことである。