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    808koshiya

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    808koshiya

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    「アンリミ・"エフリータ"・チェスカの名に誓いまして、この者を処刑いたしますわ!」

    礼拝堂、のような場所に高らかに響く女性の声。くっきりと聞き取りやすく、自信に満ちて驕慢な響きはむしろ小気味が良いと感じられた。
    私はぼうっと声の主の方を見た。目を惹くのは赤みが強く光沢のあるブロンドヘア。耳の上半分を綺麗に結い上げて銀色の髪飾りを挿しているが、残りの下半分は輪郭に沿ってくるくると綺麗に巻いて胸元や背中に垂れている。白い顔の中で自信たっぷりに微笑する目の色は光の加減か深い葡萄酒色に見えた。

    エフリータ、といったら"炎の悪魔"の女性形——であったか。なるほど、確かにずいぶん猛々しく気焔を吐く彼女は華奢な身体を包んでいる紅いドレスも相まって炎の悪魔と呼んで差し支えなさそうな美女である。ステンドグラスから差し込む明かりと壁に据え付けられた照明が照らす空間の中央に拘束された私を柵越しの二階席向かって右手から見下ろす視線には確信された勝利と侮蔑の色が燃えている。

    私。……私?
    意識が混濁している。
    石造りの床は冷たくて、尻から冷えが這い上ってくる。ぼろぼろの服。長い裾のパンツからにゅっと突き出たくるぶしは痩せているけど骨太で、どうやら男のもののようだ。

    「ちょっと! 聞いていますの?」

    深紅色のレース編みの手袋をした手が彼女の前に置かれていた資料台を叩いた。
    アンリミ・エフリータ・チェスカ。……ご丁寧な名乗りあげをきっかけに、淀みきって曖昧模糊とした記憶がその存在を軸に整頓されていく。
    そう、大レヴィアス領国には国へ功績を尽くした者に二つ名が与えられる、という文化があるのだった。勲名といい、与えられた名は姓名を飛ばして生涯の名乗り名となるのだとか。数ある古代語の中から功績に因んだ意味のある言葉を一つ選ぶのだとか。
    遠い国の風習として、なんとなく知っている。

    「エフリータ卿、やはり考え直しては……」

    ぼうっとしていてろくな反応をしなかった私がどのように映ったのか、こちらを見下ろす柵の向こうの二階席の中央にいたひときわ豪華で重たそうな衣装を身に纏った老人がおずおずと口を開いた。

    「その者は伝承にある"終末の使者"の特徴を示している——事実、首を落としても死ななかったのでしょう?」

    彼の周囲、エフリータ嬢の周囲にずらりと並ぶ他の男女——老年、中年が多い——もまた、老人の意見に同意を示すようにざわつき始める。

    「判事長様! もう決まりましたのよ! この私が決めましたの!」

    バチッ、とエフリータ嬢の目の中に雷が走ったようだった。
    途端、彼女の周囲に吹き出した威嚇の炎が空気を揺らす。

    非難めいた沈黙を見回して得意げに微笑する彼女は美しい。釣り上がり気味の二重瞼の中、煌々と光る真紅の眼差し。

    「この男が終末の使者だと言うなら、殺して仕舞えば問題ないのですわ。ええ、ええ、"エフリータ"の名にかけて! この私がやり遂げてみせましょう!」

    紅焔姫エフリータ。一人火力発電所とプレイヤーたちにあだ名されるポンコツ・脳筋・バ火力(文字通り)お嬢様。
    「一周回ってメインヒロイン」「何故か公式でルートがない」「しつこさ∞(アンリミテッド)」でお馴染みのアンリミ・エフリータ・チェスカ!
    私は両目をかっ開き、堂々と胸を張るドレス姿を見上げた。
    この熱視線に気がついたのかどうか、ドヤ顔を引っ込めてステンドグラスを背景にしてこちらを見下ろす彼女の姿は——その功名心と侮蔑がブレンドされた視線、自らの高い能力への自信と奢りに満ちた美しくも傲慢な姿は——そう、リセマラの過程で何度となく見ることになるスマートフォン向け乙女ゲームアプリ「君と踊るワールド・エンド」のオープニングスチルそのものであった。

    たくさんの視線に見下ろされながら、ようやく明確になったその事実を胸に、私はおもわず笑ってしまった。擬音がつくのであればニチャァ、と表現するのが正しかっただろう。

    可愛いぞアンリミたん。イキイキとイキる最推し(生)、最高では?


    ===


    ——承前。ここはおそらくスマートフォン向けソーシャルゲーム「君と踊るワールド・エンド」の中の世界である。略称はキミオド、またはキミエン。なお私はキミオド派。

    とりあえずにとぶち込まれた粗末な牢屋の鉄格子の中で、私は相変わらず輪郭の淡い自らの記憶を追っていた。周囲からは壁に背中を預けて無気力に佇んでいる粗末な服を着た男に見えているだろう。
    この男はそのゲームの主人公にあたる存在である。であろう。多分。
    デフォルトネームは「ピリオド」。これも作中世界においては数ある古代の言葉のうち終末の意味を持つ単語の一つということになっている。
    ゲームでは男女を選択できるのだけど、主要キャラに女性が多い関係で男性でプレイする方が自然な流れに見える場面が多々あるため私は男性でプレイしていた。まあシナリオの途中で男女を切り替えられたりする利便性もあり正しくは公式で「性別=不定」となっていることが説明されているけど。そうなると私も気合いで肉体の性別を変えられたりするのかもしれない。

    キミオドはいわゆる世界崩壊系RPGである。終末の使者であるところの主人公が世界の終わりを迎えるにあたり滅びに抗う人間たちのさまざまな努力を横目にしながら世界の謎に迫っていくというあらすじ。

    アンリミたんの処刑宣言はシナリオ最序盤のイベントだ。
    大レヴィアス領国の首都近くで前代未聞の魔物の大量発生が起き、国内最大火力の持ち主であるエフリータ卿が派遣された。
    この世界における魔物というのは「呪のもの」と呼ばれる不定形&自律駆動の物体で、人間の肉を喰らうことを目的に存在していると言われている、腕ほどの大きさから人間大まで大小様々の大きさのものがあり、共通しておおむね体の大きさと同等の人肉と引き換えに消滅する性質を持つため大きいものほど脅威度が高い。
    呪のものはただの物理攻撃では分裂するだけで消滅させることができず、消滅させるには魔法が普通に存在するこの世界においても特殊な性質を持つ魔法や特殊な素材でできた武器が必要となる。

    考察サイトおよび裏設定から引用すると、この世界における魔法というのはこの世界を構成するエネルギーをその素質がある魔法使い——この世界では魔呪使いと呼ぶ——がそれぞれ扱いやすい形に変換して発現させるものだそうだ。
    そして呪のものというのはこの世界を構成する純エネルギーをマイナスの方向に物質化した存在であり、呪のものを消滅させるには純エネルギーをプラスのままぶつける必要がある。
    例えば炎の魔法があるとして、起こした炎自体では呪のものにダメージを与えられないが炎に純エネルギーが含まれていればその分はダメージとして通る。ただし原則として現象に変換する時点で純粋なエネルギーは目減りしてしまう。

    アンリミたんはその名と見た目の通り炎の魔呪を得意とするどチート級の魔呪使いである。本来炎に変換する過程で純エネルギーを失ってしまうものだが、彼女は素の魔呪力がべらぼうに高い。そのため目減りしてしまう分を補って余りあるほどのドデカ炎により呪のものを周囲ごと焼き払うことができてしまうのだ。

    これからの運びとしては、何度処刑しても死なないどころか呪素を撒き散らすばかりの主人公にしびれをきらせるのはアンリミたんではなく周囲の人々で(あたりまえだ)、これ以前からの専横もあってアンリミたんはクーデターを起こされることになる。
    そのどさくさで大レヴィアス国から逃れた主人公は終末を巡る旅に出ることになり、その腕っ節ひとつを頼りになんとか逃げおおせたアンリミたんは密かに主人公を追っかけてきてはシナリオの要所要所でちょっかいをかけてくる……

    メインシナリオは完結しているのだが、無課金で遊べるメインシナリオとは別に「可能性の閲覧」などと言って課金ガチャでif世界線の限定キャラを手札に加ることで限定キャラのストーリーが解放されたりするのだが、何故か……というかおそらく意図的にアンリミたんの個人エンディングらしきシナリオは実装されていない。
    一応メインシナリオ完結特典でキャラ配布はあったけど、申し訳程度のおまけシナリオがあるだけで固有エンディングに類するシナリオが存在しない、という状態のままになっているのだ。
    初心者および無課金者のレベル上げ支援向け性能、殲滅力がある代わりに紙装甲という極端な性能で。
    いやまあ育てれば充分使えるし、初心者のレベル上げには重宝するキャラではあるんだけど実装の時期が結構あとだったので古参のプレイヤーほど使い道がないというのがロマン砲すぎるというか、……まあ私は好きだった。設定に忠実過ぎる性能。育てきることでまさにロマン砲としての真価を楽しめる。


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