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    yak

    @yak_yak_y_g

    遥か昔に成人済ののんびり文字書き。ゴ本誌最終回直前に墜落。
    鯉を全身全霊で推す月鯉書き。基本全年齢のパラレル色々掌編量産機。
    読むのはCPによらず好きを好きなだけ。

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    yak

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    月鯉。原作軸。最終回から約10年後。シベリア出征前。支部にまとめられない短すぎる話の救済。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    鰯雲 すぐ背後に聞こえていた軍靴が階段を叩く音が止まった。月島は左足を次の一段にかけた姿勢ですぐさま振り返った。
     鯉登大尉は踊り場で足を止めていた。常と同じくまっすぐに背の伸びた美しい立ち姿で、心持ち顎を上げ、硝子窓の向こうを見ている。月島が振り返ったのを分かっているだろうに、こちらを見ようとする素振りはない。軍帽のつばの下から窓に切り取られた空を見上げる目は、どこか柔らかな色を滲ませていた。
    「大尉殿」
     諫めるつもりなど毛頭ない。大尉の執務室へと続く今は誰が通りかかる気配もない階段であれば、急かす必要もない。彼のひたすらに静かな表情と柔らかな眼差しに、何を見ているのかを知りたいと思う個人的な感情は、兵舎では控えるべきものであると思えばこそ、平静を保ち声をかけるしかない。
     左足を戻し右足に揃えて身体ごと振り返った月島を、鯉登大尉はやはり見ないまま、口を開いた。
    「月島」
    「はい」
    「鰯雲が見える」
    「……はい」
    「呆れるな」
    「はい」
    「今の〝はい〟はどっちの〝はい〟だ」
     鯉登大尉は窓の外に目を向けたまま、面白そうに言った。どっちも何もあるか。そう思いながら月島は、鯉登大尉の視線の先に自分の目を向けた。日暮れの気配を感じさせる仄かに色の変わり始めた青い空一面に、魚の群れか鱗のような、薄く白い雲が刷かれていた。
     鰯雲。確かに。
     北海道の短い夏が今年も終わるのだなと思った瞬間、鯉登大尉が言った。
    「樺太で見たか」
    「鰯雲をですか。記憶にありません」
    「そんな余裕はなかったものな。だが、樺太の空にも鰯雲はあるに違いない」
    「……ええ」
     鯉登大尉は、ゆっくりと月島に顔を向けた。軍帽の下、左頬の古い傷跡が、夕方の日差しに仄かに滲んでいる。彼の真っ直ぐな目が、月島の全身を縫い留める。
    「月島。シベリアでも共に鰯雲を見てほしい」
     ああ――。
     表情を動かさないようにするのは、思った以上に困難だった。
     あなたの力になれるなら。あなたが俺を必要としてくれるなら。どんな戦場でも、どんな地獄でも。この身をどこへやることも厭わない。
    「私を遠ざける方が難しいのだと、あなたはそろそろ理解した方がよろしい」
     平然とそう言えば、鯉登大尉は軍服に似つかわしくないほど柔らかに微笑んだ。軍帽のつばで影が落ちているのがひどく口惜しく思えるほどに、美しい笑みだった。


     それは、二人がシベリア出兵に発つ4日前のことだった。
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    yak

    PAST2023年鯉誕、ちいコイ展示、その1。月鯉。原作軸。最終回から10年以上後、月島の軍属最後の日。
    pixivに展示しているhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19064686のエピローグにあたります(短編連作の本編はまだ終わっておりません)が、これだけで読めます。
    ことほぎ 兵舎から正門へと向かう道は、よけられた雪の中にうっすらと新たな雪の白化粧をして延びている。月島は、軍靴で浅い雪を踏みしめながら門に向かって歩いていた。門の傍から塀に沿って両側に並んでいる木はキタコブシで、兵舎を新築した当初移植した桜の木が根付かなかった代わりに植えられたものと聞いたことがある。敷地内のキタコブシは、雪の嵩は減ってきたとはいえまだ寒さ厳しいこの時期に、大きく広く伸ばした枝に多くのつぼみをつけ始めている。つぼみは微かに紅色を帯びた白色で、暮れ始めた薄暗い空と白く重なる雪の中、ほのかに温かな色を灯す。幾つものつぼみを目に映しながら、これらが開く姿をもう自分は見ないのだと思うと、不可思議にも思える感慨が腹にまた一つ積もった。兵舎に置いてあった少ない私物を今担いでいる頭陀袋の中に詰めたときも、直属の部下に最後の申し送りをしたときも、毎日通った執務室を辞したときも、兵舎の玄関を出たときも。一つずつ、腹に感慨が積もっていって、それは今やじわじわと腹の内か胸の内かを温めるようだ。
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    ぎねまる

    MOURNING初登場前の、苛烈な時代の鯉登の話。わりと殺伐愛。
    過去話とはいえもういろいろ時期を逸した感がありますし、物語の肝心要の部分が思いつかず没にしてしまったのですが、色々調べて結構思い入れがあったし、書き始めてから一年近く熟成させてしまったので、供養です。「#####」で囲んであるところが、ネタが思いつかず飛ばした部分です。
    月下の獣「鯉登は人を殺したことがあるぞ」

     それは鯉登が任官してほどない頃であった。
     鶴見は金平糖を茶うけに煎茶をすすり、鯉登の様子はどうだ馴染んだか、と部下を気にするふつうの・・・・上官のような風情で月島に尋ねていたが、月島が二言三言返すと、そうそう、と思い出したように、不穏な言葉を口にした。
    「は、」
     月島は一瞬言葉を失い、記憶をめぐらせる。かれの十六歳のときにはそんな話は聞かなかった。陸士入学で鶴見を訪ねてきたときも。であれば、陸士入学からのちになるが。
    「……それは……いつのことでしょうか」
    「地元でな──」
     鶴見は語る。
     士官学校が夏の休みの折、母の言いつけで鯉登は一人で地元鹿児島に帰省した。函館に赴任している間、主の居ない鯉登の家は昵懇じっこんの者が管理を任されているが、手紙だけでは解決できない問題が起こり、かつ鯉登少将は任務を離れられなかった。ちょうど休みの時期とも合ったため、未来の当主たる鯉登が東京から赴いたのだ。
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