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    yak

    @yak_yak_y_g

    遥か昔に成人済ののんびり文字書き。ゴ本誌最終回直前に墜落。
    鯉を全身全霊で推す月鯉書き。基本全年齢のパラレル色々掌編量産機。
    読むのはCPによらず好きを好きなだけ。

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    yak

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    現パロ尾杉。血界の世界線=月鯉『暁闇』の世界線。小ネタ。

    #尾杉
    tailFir

    あいをこめて 成田を出発し、トロントのピアソンで1回の乗り継ぎを経てレイキャヴィークまでは23時間強、つまりほぼ丸一日(待ち時間を含めると一日以上)を空港と飛行機の中で過ごしたということだ。本部がエコノミー以外のチケットを取ってくれるわけはないので、当然狭い座席に縛り付けられたまま、時刻を決めて意識的に身体の末端を動かすことしかできない。飛行機を降りて全身で伸びをできたときには心底嬉しかった。
    「なんで日本から呼ぶんだよ。もっと近いとこ、欧州支部とか本部とかに誰かいんだろ」
     任務を言い渡され、移動時間を聞いた瞬間反射的に出た不満の言葉に、上司である菊田は呆れたように言った。
    「お前は動いてないと死ぬタイプだもんなぁ。アイスランドまで丸一日飛行機の中は辛いよなぁ。けどほら、これ、お仕事だから」
    「うー」
     菊田に向かって顔をしかめてみせ、いつもの任務ではパートナーを組んでいる尾形の方を向けば、さらりと無視された。けれど家に戻って「お前と一緒が良かった」と杉元が零せば「仕事だろ」と言いながらも抱きしめてくれる男に、それ以上駄々をこねる訳にもいかなかった。
     伝説、神話、民話、おとぎ話、昔話。それらに数多の影をうろつかせ、いにしえから世界中で様々な呼び名を持つ人類にとっての脅威、吸血鬼。現在〝血界の眷属〟と呼ばれる彼らに対抗するため、これまたいにしえから世界中で人類が築いてきた技や術を継承し、発展させ、血界の眷属の侵攻を防がんとする〝牙狩り〟と呼ばれる歴史の表には現れない組織がある。杉元佐一は、まだ子供だった時にライカンスロープであることを牙狩りに知られ、家族の安全の保障と引き換えに、血法遣いとなって戦う道を選んだ。現在は牙狩り東アジア支部、特殊戦闘部に所属し、血界の眷属及びその他フリークスを殲滅対象として動く戦闘員である。同・牙狩り東アジア支部、特殊戦闘部に所属するスナイパーの尾形百之助とは、多くの任務におけるパートナーであり、私生活では恋人関係である。
     預けた荷物が流れてくるのを待ちながら、機内で時刻合わせをした腕時計を確認する。こちらの時刻で午前9時前。飛行機の遅れはほとんどなかったようだ。ついでに牙狩り支部から支給されている携帯端末を開き、メッセージを確認する。飛行機の到着直後に送ったメッセージに対する連絡係からのメッセージ以降、連絡は入っていない。迎えの空港到着は9時半頃とのことなので、荷物が順当に出てくれば、少し時間があるかもしれない。杉元は、じりじりしながら大きなトランクケースたちが緩慢に流れていくのを見つめる。
     牙狩りの戦闘員の中でも、杉元は〝血法遣い〟と呼ばれる対血界の眷属戦の切り札となる特殊戦闘員だ。だが、尾形は血法遣いではない。凄腕のスナイパーであるため、特殊加工銃弾を用いて対血界の眷属戦でも大きな戦力となるが、ある血界の眷属との因縁があるため、相手が確定してからでないと呼ばれないという事情がある。従って、事案に血界の眷属の影があるときは、杉元と尾形の任務が分かれることが多い。
     杉元は、尾形と任務が別になった時にはすると決めていることが1つある。今到着したばかりのここでも、心は任務よりもそのことに急いていて、到着ゲートの外を眺めて観光客向けの店を探したい気持ちで一杯になってしまう。
     20分ほども時間がかかってようやく流れてきた黒いバックパック(尾形が勝手に貼りつけたよくわからない猫のキャラクターのお陰で、すぐに自分のものだと判った)を掴み取って背負い、入国審査と通関を抜ける。まだ9時半にはなっていない。端末にメッセージが来ていないのを確認、念のため車寄せのロータリーまで出て迎えが来ていないのも確認して、杉元は空港内の観光客向けの土産店に急いだ。
     空港の土産店にはよく来るので、目当てのものがどこにあるかは大体分かる。世界のどこの空港の土産店に行っても、ディスプレイの位置が似通っているのは面白い。目当てのものは大体、販売カウンターの横か廊下に面した外側に、ディスプレイスタンドに並べられている。
     あった。
     店から広い廊下にはみ出すように置かれたディスプレイスタンド。そこに並べられた沢山の写真ポストカード。杉元は回転するスタンドをゆっくりと回しながら、上から下まで目を走らせた。やはり、アイスランドと言えば観光客受けするのはオーロラなのか、半分くらいはオーロラの写真で占められている。他には、氷河、温泉、火山、大地。どうせ仕事だからとネットで少しばかり調べてみただけのアイスランドの風景を突き付けられ、胸がドクリと騒めく。
    「すげえ」
     オーロラにはこんなに沢山の色があるのか。こんな、恐ろしさを感じさせるほど見事に夜空に瞬くのか。氷河の奥底の色はこんなにも美しい碧なのか。樹々の繁栄を受け付けない大地は、こんなにも――。
     お前と、見られたらいいのに。
     どうしても、想うのは尾形のことだ。
     杉元は、見事なポストカードたちを1枚1枚真剣に眺める。一番、自分が心惹かれたものを。一番、尾形に見せたいものを。たった1枚を選ぶのはとても難しい。しかし、どうにか選ぶことに成功する。カウンターでポストカード1枚と日本までの切手を買った。若い男性店員がにこやかに「良い旅でしたか」と英語で訊くのに、笑顔で「これからなんだ」と返す。「良い旅を」と言われれば、仕事だということも忘れて嬉しくなってしまう。ついでに「ポストは近くにあるかな」と尋ねると「よければ投函しておきますよ」と言われ「待ってすぐ書くから」とわたわたしていると、カウンターの端を貸してくれた。
     再度端末に連絡が来ていないのを確認してから、ポストカードに取り掛かる。AIR MAILとTo JAPANと書き、宛先住所は日本語で。メッセージはいつも通り一文だけだ。一文だけだが、字が歪まないように慎重に、丁寧に書く。
     こんな風にして、世界のあちこちから勝手に送り付けたポストカードを、尾形がどうしているのかは知らない。迷惑に思っているなら遠慮なくそう言うだろう男だから、黙って受け取ってくれているだけで充分だ。今度は2人で来たいという気持ちとか、願いとか、一緒にいたいという欲とか。そういう自分勝手な思いが伝わってしまっていて、嫌味たらしく「いないクセにお前を想ってほしいのか」くらいは言われてもいい。その通りだから。
    「これ、よろしくお願いします」
     切手を貼ったポストカードを渡すとにこっと笑って頷いてくれた店員に笑顔を返し、店を出て端末を開く。丁度メッセージが入っていた。先に任務に入っていた月島が出迎えらしい。ロータリーまで出てきてほしいとの内容に足を早める。アイスランドから日本までの郵便はどれくらいで届くのか、後で調べてみようと杉元は思った。
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    yak

    PAST2023年鯉誕、ちいコイ展示、その1。月鯉。原作軸。最終回から10年以上後、月島の軍属最後の日。
    pixivに展示しているhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19064686のエピローグにあたります(短編連作の本編はまだ終わっておりません)が、これだけで読めます。
    ことほぎ 兵舎から正門へと向かう道は、よけられた雪の中にうっすらと新たな雪の白化粧をして延びている。月島は、軍靴で浅い雪を踏みしめながら門に向かって歩いていた。門の傍から塀に沿って両側に並んでいる木はキタコブシで、兵舎を新築した当初移植した桜の木が根付かなかった代わりに植えられたものと聞いたことがある。敷地内のキタコブシは、雪の嵩は減ってきたとはいえまだ寒さ厳しいこの時期に、大きく広く伸ばした枝に多くのつぼみをつけ始めている。つぼみは微かに紅色を帯びた白色で、暮れ始めた薄暗い空と白く重なる雪の中、ほのかに温かな色を灯す。幾つものつぼみを目に映しながら、これらが開く姿をもう自分は見ないのだと思うと、不可思議にも思える感慨が腹にまた一つ積もった。兵舎に置いてあった少ない私物を今担いでいる頭陀袋の中に詰めたときも、直属の部下に最後の申し送りをしたときも、毎日通った執務室を辞したときも、兵舎の玄関を出たときも。一つずつ、腹に感慨が積もっていって、それは今やじわじわと腹の内か胸の内かを温めるようだ。
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