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    tk_hgmt_dc

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    うどんだけじゃない

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    tk_hgmt_dc

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    軍会7で開示していた小話です。
    こちらは月島verとなります。
    順番的には鯉登verからお読みください。

    前略 軍曹殿見える看板の文字、聞こえてくる空港アナウンスが慣れ親しんだ日本語であることに、漸く帰国したのだと実感し始める。
    「お兄ちゃーん」
    到着口から押し出されるように到着ロビーを出たところで、遠くから聞き慣れた声がして辺りを振り返った。見れば人混みの向こうから、見覚えのある顔が手を振っている。
    久しぶりに見た『妹』はすっかり少女ではなく、年頃の娘の顔になっていた。少し見ないだけで成長が早いものだと感慨深い。
    「どうしたの?ぼっとして」
    ぼんやりと思いに耽っていると寄ってきた妹にひょいと顔を覗かれた。
    「……いや」
    その顔の近さにも思わず目を見張る。相手が背伸びをしているわけでもないのはつま先を見れば分かる。いつの間にか身長も伸びて、もうほぼ自分と並びそうだ。
    ふふとおかしそうに彼女は笑う。
    「おかえり」
    変わらない笑顔。眼の前で揺れるふわふわの癖毛を優しく撫でると、ようやく一息つくことが出来た気がした。
    「ただいま」
    妹はその髪を揺らし「お母さん達呼んでくる」と、今度は小走りで土産屋に向かって行ってしまった。止める暇もない。その姿を見送りながら、こういうところは子供の頃から変わらないのだなと微笑ましく思う。
    こちらは大きなスーツケースを引いている身なので、追いかけることはせず大人しく壁に寄って待つことにした。
    どうやら両親は自分を迎えにきたついでに空港内のお土産を物色しているらしい。夫婦揃って甘いものに目のない二人なのだ。きっと空港限定品とやらに引き寄せられているのだろう。
    つい無意識にポケットに手を入れると、中に入れていた紙に指先が触れた。
    (そうだ、コレをあるんだった)
    僅かばかり眉間に力が入る。忘れていた訳ではないが、その存在があることで途端にポケットが重く感じる。
    ままならない自分の感情を持て余し、それでも捨て切れない矛盾したコレをなんと呼べば良いのか。

    帰国当日の朝。最後にと念の為確認した郵便受けに入っていた一通のエアメール。裏にはしっかりとした筆跡で『鯉登音之進』と書かれていた。
    どうして所在がわかったのだろうとか、まだ俺の事を覚えていたのかなんて一瞬で様々な感情が過ったものの、とにかく空港へ向かうエクスプレスの時間が迫っていたので慌ててコートのポケットにソレを突っ込んだのだった。
    『月島!』
    あの人の呼び声は今でも鮮明に甦る。あの屈託のない笑顔も、豪胆な性格も。人生であそこまで強烈な出逢いは忘れようとして忘れられるものでは無かった。
    良い思い出ばかりではない。そもそもそれが別れた原因であり、根底からお門違いだったのだから。
    それでも比較的穏やかな生活を送っていた中で、ふとした時に、あの人と過ごした日々が恋しいと思ってしまうのは未練なのだろうか。

    自分は産まれてすぐ、乳児院に捨てられていたので実の親の記憶はない。
    だからあの人ーー鯉登の言う通り、産まれたときには『月島』であったかも知れない。それはもう今では誰にも分からない。知りたいとも思わない。
    それに仮に『月島』だったのだとして、自分には今の養父母に実子と変わらず大切に育てて貰った記憶しかないので、それを認めるのは癪だった。
    今の自分を、自分たらしめる大切な苗字があるのだ。だから頑なに頷きたくなかったというのもある。
    「基」
    意識深く自分の中に潜り込んでいたため、すぐ近くまでその人が来ていたことに気付くのが遅れた。優しく自分の名前を呼ぶ存在。
    「おかえり、基」
    そこには幼い頃から見慣れた養父母ーー長谷川幸一とフィーナが立っていた。


    前略 軍曹殿

    言いたい事が沢山あってこうして筆を取ったと言うのに、いざ書こうとすると何から伝えれば良いのか迷ってしまう。
    先ずは謝らせて欲しい。お前をずっと『月島』としか見ていなかった事をだ。
    明治の『鯉登』と今の『自分』が異なる人間だと言う事を、己が一番理解している筈なのに、眼の前に現れたお前があんまりにも『月島』だったから。私が『鯉登音之進』だったから。お前が『基』だったから、違う名前だと思いもしなかった。いや、これも言い訳になってしまうだろう。


    「運転代わりますよ」
    「ん?大丈夫だよ、基は長旅で疲れてるだろうからね」
    ゆっくり休んでなさいと言われて仕舞えば大人しく助手席に座るしかない。
    『父』の運転で、車は首都高速をスイスイと危なげなく走っていく。渋滞することもなく、都内は長い地下トンネルなので見る景色もない。
    それこそ子供の頃から彼が運転していたのなんて何度も乗ったことがある。それなのに今、『彼』に運転させることが何故かそわそわとして落ち着かず、助手席から視線を彷徨わせた。
    「あの、途中で交代も出来ますんで」
    絞り出すようにそう伝えれば、フフと前を向いたまま口元だけで笑う。
    「それよりね、なんで敬語になっちゃったの」
    お喋りに夢中な後部座席の二人には聞こえない程の声で問い掛けられ、歯切れが悪く「なんとなく……」とボソボソ答える。
    「ふぅん?」
    どこか楽しそうに、彼は握るハンドルを人差し指でポンポンと軽く叩いた。叱られているのでもなく、責められているのでもないが少しの居心地の悪さを感じて、やはりどうしようもなくシートの中で身を縮こませるしかない。
    『何か』を思い出した訳では無い。
    ただ鯉登の元から逃げ出して、日本を出るまで実家にしばらく戻っていた際に、つい訊ねた。
    『俺の名前は貴方が付けたと聞きました。何故、基と付けたのですか?』
    突然のその問い掛けに、父は少し目を丸くしてそれから静かに笑い『鯉登か』とあの人の名を挙げた。
    一度も口にしたことが無いのに、まるで二人の間にあったことを全て理解しているかのような顔だった。
    『お前の全てを奪ってきたからね。名前くらいは返そうと思って』
    その答えだけで、この人は<覚えている>人なのだと理解した。


    お前の愛を疑ったことは一度もない。
    初めて再会した時の警戒したよそ行きの顔が、段々と親しい人にしか向けない柔らかな表情になっていったことに喜びを覚えていた。
    赦して欲しい。お前のその目に『前』と変わらぬ愛が篭もった事を喜んだ今の私を。
    赦して欲しい。その愛が諦めを帯びたものだと言うことに気付かぬ振りをした過去の私を。
    余りにも最初から含まれていたものだから、私の屋敷の離れにお前の部屋を作ろうと提案して断られた時、私が妻を娶ると告げた時、お前の目の諦めがドンドンと色を濃くしていくことを見て見ぬ振りをしていた。『月島』が私から離れていかぬとあの時は信じきっていたから。事実あの人は最期まで鯉登の側を離れなかった。
    だが今の私は知っていた。その瞳の諦めが、私への愛を超えてしまえば、お前は私を置いていってしまうだろうと。
    だからこそ今生では同じ部屋に住み、同じ墓に入りたいと、同棲を、パートナーシップ制度の話をしたのだ。それが叶うことの出来なかった『前の自分』への対抗心が含まれて居なかったとは言い難いが。


    二年ぶりに実家という気兼ねない場所で、日本式の深い湯船にゆっくりと浸かると、長距離フライトで固まった体がほぐれてゆく。
    湯上がりにリビングでビールを飲んでいると、もう寝ているのだと思っていた妹のオリガが二階から降りてきた。
    「まだ寝なくて大丈夫なのか?」
    「うん。明日はお買い物一緒に行ってね」
    帰国前から何度も電話で聞いていた。帰ってきたらあれこれ一緒にするのを楽しみにしていると。だから可愛い妹のおねだりは二つ返事で了承する。
    「今日は私も飲んじゃおうかな〜」
    冷蔵庫を開ける妹の細い背中。
    「オリガ」
    呼べば振り返るその白い肌、キョトンとした青い瞳、栗色の巻き毛。自分とは似ても似つかない美しい女性。当然だ。一滴の血も繋がっていないのだから。けれども、彼女は自分にとって大切な妹であることに変わりなかった。
    「幸せか?」
    笑って頷く妹は眩しいくらいに美しかった。

    幼い頃から自分たち家族は殆ど日本には住んでいなかった。父の仕事の都合でロシア、クロアチア、イギリスと様々な国を渡り歩いていたのだ。
    だから英語が一番得意で次点が露語。幼いころに現地で過ごしているとその国の言葉を覚えるのに苦労はそこまでしない。必要不可欠として生活に馴染んでいくからだ。ただし、クロアチアでは英語が通じたのでクロアチア語は挨拶程度で、話せる程にはならなかったけれど。
    それから、海外では誰も他人の容姿のことを言及して来ない。自分の高校入学を切っ掛けに日本に帰国して、初めて面と向かって『基君はお父さんにもお母さんにも似てないんだね』と言われた。
    養子なんだから(海外では養子のことを隠す必要もなかった)当然だと答えると、途端に周囲が『可哀想な子』を見る目に変わった。この国では養子だとそういう風に見られるのだと初めて知った。
    あまりにも馬鹿らしい。勝手にレッテルを貼られることにとてもうんざりした。血縁でないと歪な家族にでもなるというのか。夫婦は他人でも家族なのに、養子はその家族の子供には慣れないとでもいうのだろうか。
    血の繋がりではなく『自分』という人間を見てほしかった。


    不思議だな。共に居るときには『月島』の事しか見えていなかったと言うのに、居なくなってからはお前の事しか思い出せない。
    ーー基。
    お前に会いたい。
    顔を合わせ、目を見て、お前の声が聞きたい。
    温泉饅頭を口いっぱいに頬張った丸い頬のラインも、夜更かしした翌朝のおはようの声の優しさも、酔った振りで甘えてくる時の耳の赤さも。お前しか、お前でしか知らなかった。
    もう一度逢いたい。別れを告げられるのならお前の口から直接聞きたい。

    嘘だ、別れたくない。もう一度お前と共に生きたい。一目でもいいから逢いたい。四月一日の便でそちらへ向かう。

    草々


    「はぁ?」
    深夜の自室で、漸く読み終えた手紙を思わず握り潰してしまった。クシャクシャの紙を開いて何度見返してもそこには四月一日とある。
    嘘だろ、と視線を上げれば壁の時計では日付が変わってちょうど四月二日になったところだった。
    「あの人は……本当に」
    ぐるぐると渦巻く感情。地にのめり込む勢いで弾力のあるベットに頭を落とした。


    呼び鈴を鳴らす手が震える。今日こそと思うと逸る気持ちでつい力が入るのだ。
    ジリリリー、と昨日も聞いたブザー音が響く。
    ボタンから指を離して息を飲むこと数秒。どこか遠くから住民らの生活音が聞こえるだけで、この扉は沈黙のまま。もう一度押しながら扉に耳を傾けると、部屋の中でブザーが鳴っているのは聞こえるが、室内は人の気配もなく静かだ。
    「ダメか」
    鯉登は溜息を吐いた。昨日も、一昨日も。ここ、ロンドンに着いてから毎日通っているがこの部屋に彼がいた試しがない。いつ居るか分からないので、それこそ朝も昼も夜も、時間を変えて訪れているが全て空振りに終わっていた。
    鯉登からの手紙は届いている筈だ。隙間から覗いたポストは空だった。という事は敢えて不在にしているのか。
    (顔も見たくないという事か)
    自分のしでかした事を思えばそれも仕方がないと思う。けれど、こちらも諦めたくない。とにかく顔を合わせて話をしたかった。諦めの悪さは前世からのおりがみつきだ。それで意気込んでここに乗り込んだ訳だが。
    しかしタイムリミットは刻々と迫って来ている。無理やり作った休暇のため、明日には帰国しなくてはならない。
    「……帰るか」
    煉瓦造りのイギリスらしいテラスドハウスを見上げる。今度こそ、ここに彼が住んでいることを確認して来たのだけれど、こうも会えないと本当かどうか不安になってくる。
    後ろ髪を引かれる思いで、可愛らしい草花が咲くエントランスポーチに背を向けたところで後ろから呼び止められた。
    「鯉登さん!」
    振り返ると、会いたいと熱望していた男が息を切らしてこちらに向かって走って来ていた。
    「ッつ」
    つきしま、と呼びかけそうになって慌てて口を噤む。
    「は、基!」
    「なんで、」
    抱き締めようと伸ばした腕を、逆に痛いくらいに掴まれる。
    「なんで人の予定を先に確認しないんですか!」
    「キエェ」
    「俺は!妹の結婚式に出るために帰国してたんですよ!久しぶりの休暇を日本でゆっくりするつもりで!なのに貴方がここに来るって言うからまたとんぼ返りで飛行機に乗って!」
    まだ朝と呼んでも差し支えない時間帯に大きな声が辺りに響く。それでも鯉登は歓喜の思いが耐えきれず、腕を伸ばして愛おしい彼を抱き締めた。走って来たからか彼は温かくて、少し冷えた鯉登のコートの胸元に額を付けてジッと大人しく腕の中に収まってくれる。背中に回した手は払われなかった。
    「戻って、来てくれたのか」
    私のために。
    「……明日にはまた日本に戻らないと、式に間に合わないんですけど」
    腕の中の耳が赤い。
    「うん、私も明日の飛行機だ」
    互いの指先を絡めて手を繋ぐ。
    「基」
    涙で滲む視界をグッと拭って、目の前の巌のような小さな体を焼き付ける。
    「記憶なんて、無くていい。私と……俺と、共に今を生きてくれないか?」
    愛しい男はーー長谷川基は一度うつむき、それから顔を上げてしっかりと見返してくる。
    美しい海松色。記憶の『月島』よりも青味が強いそれを、鯉登は初めて見る気持ちで見つめながら返事を待った。

    「ーーはい」
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