ハンマヴェ/お題:これからもよろしく 若い頃、人肌恋しくてやんちゃしたことがある。その時の経験から自分が男女どちらとも交渉を持てることを知っていた。一定期間付き合うのは女性が多く、男はもっぱらワンナイトであったが。
だから彼から交際を申し込まれた時に同性であることが障壁になるかと問われて即答ではなかったものの否定したし、年齢差においてもそうだった。お互いいい年の大人だ。
ただ、互いに古い慣習の残る組織に属しているため――自分はもう長いこと在籍しないだろうが、相手は将来有望だ。その妨げにはなりたくないと正直に告げた。正直であることが一番誠実であると身を持って学んだため、彼にもそうした。
自分が君にとって相応しいかと考えた時、僕はそう思えない、と。
それに対して相手の反応は、一部分は予想通りだった。きっと彼は「そんなことはない」と言うだろう、と。確かにそう答えた。同年代――主にあの訓練に参加した彼以外の十一名――からはっ倒したくなると評される自信あふれる笑顔を封印して。
「あなたもご存知でしょうけど、俺は優秀ですから、例え俺とあなたが結婚したとしてもそれが障害になることなんてありません」
「けっ……?」
聞き捨てならない単語に目をしばたいた。
「きみ、そんなことまで考えていたのか?」
「考えますよ。でも今はただの願望で妄想です。俺はあなたと結婚したい。それくらいあなたに惚れてます。結婚を前提に俺と付き合ってください」
何もかもが早い。これが今時の若者のスピード感覚なのか、と唖然とする。特例だと思いたい。
「今、答えなきゃだめかい?」
「お試し期間は必要でしょう?」
ハングマンはにっこりと笑った。彼を知る人間が見ても胡散臭いな、と言ってしまいそうな笑顔だったがほっとした。それくらいの冷静さは残しているようだ。
「そうしてくれるとありがたいな。で、もし付き合えないという結論に達したらどうするんだい?」
申し出を断る可能性が高いんだぞと示唆したが、なんということもない、という態度を崩さない。
「あなたに対する尊敬はまた別ですから、周りをうろちょろするかもしれませんが、それを許してください」
「君にとってあまり得する賭けとも思えないが」
「そうですか? あなたに告白するチャンスを得たというだけでも得はしていると思いますがね」
マーヴェリックは思わず笑った。
「ウォーロックが、君は若い頃のアイスと僕を足して割ったようだと言っていたけど、本当にそうだな」
「海軍大将とあなたに? 光栄だな。アヴィエーターとしての腕も含まれてます?」
「ふふ、どうかな。アイスに聞けたら、あいつはしかめっ面で否定するかもしれないけど、僕はそうしないでおくよ。どちらかというと僕は、若気の至りでしでかしたことを思い出していたたまれない気分になるというか」
「大佐の武勇伝は先輩方から色々聞いてますよ。空のも陸のも」
「え、それで僕に交際を申し込むのかい? 君はなんていうか……大物だな」
「お褒めにあずかり」
口角をきゅっと上げる特徴的な笑顔を浮かべ畏まるハングマンに、胸の内で「誉めるというより呆れているんだがなぁ」と呟いて、ポジティブキングの称号を与えた。
実際、彼は上手くやった。意外なほどの辛抱強さで、年下であるという免罪符が効く限りの生意気さと無謀と懸命さを巧みに使って、興味を惹かせほんの少し罪悪感を覚えさせついには年長者の心を絆したのだ。これは確かにアイスマンの『相手のミスを誘う』あの操縦を思い起こさせる。
かわいいな、と思ってしまった瞬間、いくつも分かれていたはずの枝道はすべて消え失せ、一本道しか残っていなかった。
しかし彼を好ましいと感じる一方で、懸念していることがあった。己が命よりも大切なブラッドリーのことだ。
マーヴェリックが、自分よりも年下のライバルと交際を始めると知ったら、どう思うだろう。もし再び関わりを絶たれてしまうようなことになるなら……。
マーヴェリックの中の天秤は、まだブラッドリーの方が重くて、指一本分も浮き上がってはいない。ハングマンはそれも織り込み済みだと言い切るが、さすがにそのままでは彼に対して誠実とは言いがたいだろう。
浮名は散々流したマーヴェリックだが、二股はかけなかった。いや、マーヴェリックとブラッドリーはそういう関係ではないので二股でも浮気でもないわけだが。マーヴェリックが勝手にそのように感じているだけだ。
我が子に再婚の話をするようなものかな、と。
ペニーはアメリアに僕とのことをどんな風に話したりしたのだろうか、と彼女に聞いてみたかった。さすがに実行に移す前に思いとどまったが。
地上ではいつだって迷ってばかりだ。空に上がっているようにはいかない。しかも、そうやって悩んだ末に出した結論が上手くいかないことが多いのがまた、足を踏み出すことをためらわせる。
ブラッドリーに伝えておくべきかもしれない。交際がスタートするしないに関わらず、告白されたという事実があったということを。それとも、そんなことを聞かされても困るだけだろうか。
いやまて、とマーヴェリックは自分を制する。この間ブラッドリーとビデオ通話した際に「そういや最近あいつと仲良いね?」と聞いてきたのはうっすら気がついているからかもしれない。あるいは、ハングマンから何か知らされてマーヴェリックの反応を確かめるためだったのか。
さんざん悩んでグースに問いかけもして──すぐに、彼だってこんなこと聞かれても困るよな、と我に返り──結局のところ考えるな、行動しろの精神でセルフォンを手に取ったのだった。
ブラッドリーの番号を呼び出すまでにそこからまた結構な時間を要したが。
電話に出なければいいなと思っている時には、案外すぐに繋がるものだ。時差を失念していたことを悔いる間もなく相手が応答してしまった。
『ハイ、マーブ! どうしたの?』
「やぁブラッドリー。今いいかな」
元気そうな声に安堵したが、背後がやけにざわついている。自室でないなら、電話をかけ直す約束をしようと
「都合悪ければかけ直すよ」
『あーいやいや大丈夫。コヨーテたちがこっち来ててさ、メシ食ってるとこ』
通話口から顔を離したのか、少し遠い声が『マーヴから電話!』と告げた途端に歓声が聞こえてきた。
いっぺんに喋られたので聞き取りづらかったが『お久しぶりです!』『お元気でしたか?』と言っているようだ。その中にハングマンの声もあった気がする。
なんたるタイミング! 運が良いのか悪いのか。なおさらこの場であの話題を持ち出すのはためらわれる。
マーヴェリックは「久しぶりだね、僕はあいかわらずだよ」とひとしきり応えたのちに「ちょっと声が聞きたかっただけだから」と通話を終えようとした。
が、
『マーヴ、ハングマンから交際申し込まれてるって?』
冗談などではなく息が止まりかけた。訓練中は一度も取れなかったキルを、今取ったことを彼らは知るまい。
『マーヴ? あれ? 電波悪い?』
「ブラッドリー、なんで、それを」
同僚達がいるのにコールサインではなくファーストネームを呼んでしまっていることに気がつかず、マーヴェリックは呆然とした。
『ハングマンが律儀にわざわざ電話寄越したんだよ。これからマーヴを口説くからって』
「そ、そうか……」
まさか根回し済みとは、恐れ入る周到さだ。
「君はその……嫌だと思ったりは」
『俺はマーヴに幸せになって欲しいと思ってるよ。幸せになれそう?』
「それは分からないな。僕一人じゃ作り上げられないものだから、たぶん」
『そうだね。母さんは再婚するつもり全然なかったからアレできなかったんだよね』
「?」
『親の再婚を反対しまくる子供ってやつ。一度やってみたかったんだ。せいぜい頑張れよ、ハンギー』
歌い出しそうなくらい陽気な煽りに、『クソ雄鶏ィ!』という怒号が被さる。
初めて聞いた彼のFワードにマーヴェリックは思わず笑って通話口に向かって「Language」と注意する。するとルースターのセルフォンを奪い取ったのか、ハングマンの声が鮮明に聞こえてきた。
『失礼しました』
取り繕いながらも少しばかり慌てた様子なのがまた可笑しい。
『ご家族の許可は取りましたので、デートにお誘いしても? ランチでもディナーでもあなたの都合の良い方で』
『おい、ヒトの電話でデートの約束するな! それに許可はしてねぇ!』
『は? もう公認だろ?』
もみくちゃ始めた二人の背後で、やーい小姑小姑と囃し立てる声が聞こえてくる。アルコールはまだ入っていないはずだがこれが若者のノリか、と己の三十年前に思いを馳せていると
『マーヴェリック? 聞こえてます? あなたの雄鶏はなんとかしますんで、これからもよろしくお願いします』
予想外に優しい語り口に、マーヴェリックはつい頷いていた。
「こちらこそ、よろしく」
『なんとかってなんだ、鞄持ち!』という台詞を最後に通話は切れてしまったが、一悶着の結果は後でまた聞くことにしよう。
end.