ルスマヴェ/プロポーズだいさくせん『今ちょっといい?』
そうテキストを投稿した先が、個人宛ではなくグループだったのが運の尽きだった、と後にブラッドリー・ブラッドショーは述懐する。
あんときミスらなかったら、すぐに反応寄越すヤツが居なかったら、こんな格好悪いことにならなかっただろうに……と。
『なに?』
飛んできたメッセージに付いているアイコンが、予想していなかったものだったので、遅まきながら自分の誤りに気がついた。
『すまん、間違えた』
すぐに謝罪を入れて退室しようとしたのだったが、その前に二番手、三番手が現れてしまった。
『大丈夫だよ』
『どうした?』
ブラッドリーはあーと唸りながら、入力フォームに留まっていたテキストを今度こそ送信した。
『すまん、間違えた』
『ちょっとファンボーイに聞きたいことがあって』
『テキスト送り直す』
『ごめん』
立て続けにシュポっとメッセージを送ると、人数が増えて返信がある。
時差もあるはずなのに暇なのか、あるいはそれほど友情に厚いのか。確かにあのミッションをこなしたメンバーの間には特別な繋がりが生まれたとは思うが。
『内緒話か』
『水臭いぞ』
『私達じゃ役に立てない?』
『とりあえず言ってみなよ』
『つか、当のファンボが居ないじゃん』
『ちょっと電話かけてみる』
もうどれに返信したらいいのかわからない。とりあえず『待って待って』と打ち込んでから
『ちょっとミームっぽい言葉のこと教えて欲しかったんだ。ファンボーイが一番くわしいかなと思っただけなんだけど』
『どんな言葉?』
隠し立てするほどの内容でもないし、もうこの場で解決するならそれでも良いとブラッドリーは判断し、
『──〝解釈違い〟なんだけど』
『辞書ひいたら?』
ポコンと表示されたコメントに、思わず「ごもっとも」と声に出して返事をしていた。
続いて、ご丁寧にもオンライン辞書の『解釈』の項目をコピー&ペーストしたメッセージが飛んでくる。改めて読んでも自分が理解している以上の内容は書かれていない。
『その言葉が出てきたシチュエーションにもよるんじゃない?』
『言われたか、どっかで聞いたかしたわけだろ?』
「まぁそうなんだけど」
返答は音声で行われたため、画面の向こうへは伝わっておらず
『おーい。生きてるか』
『ルースター? 寝たか?』
『人に聞いておいて無視とは良い度胸だな』
『もしやその台詞で振られたか?』
『そういうことなら話はちょっと違ってくるぞ。詳しく話せよ』
勝手にシナリオが作られているが、ブラッドリーは内心どきりとしていた。彼らは冗談交じりのつもりだろうが、実は大筋で当たっていたのだ。
『えーと』
ようやく反応したはいいが、次の言葉が考え浮かばずそのまま立ち止まってしまう。おそらく向こうではtyping…の文字をイライラしながら見守っていることだろう。
考えあぐねた挙げ句に、
『マーヴにプロポーズしたら、解釈違いだ! って断られたんだけど、これってどういうこと? どの辺が解釈違い? 年齢とか性別とか相棒の息子だからとか色々断られる原因考えてたんだけど、完全想定外でさ』
各々が投稿された長文に目を通しているだろう沈黙が落ち、そして蜂の巣をつついたかのような騒ぎになった。画面上でだが。
『待て待て』
『は? プロポーズ?』
『どういうこと』
『突然情報全部盛りすんなって。まずなに、プロポーズって?』
『意味ならセルフォンで調べられるだろ』
『いやそうじゃない』
『言葉の意味は知ってる』
『お前と大佐って……なんだ、プロポーズしたりされたりする仲だったのか? いつから?』
『付き合ってないけど?』
『は? 付き合ってなくて? プロポーズ?』
『一体どういうことなの』
『ちょっと急展開過ぎて振り落とされそうなんだけど』
『すげぇ目ぇ覚めた』
『テキストじゃまだるっこしい! ビデオチャットに切り替えろ!』
『あ、それはちょっと都合が悪い』
『なんだよ一人じゃないのかよ』
『俺も今、音声はダメだ』
『なんだよもう~』
『そもそもなんでいきなりプロポーズ?』
『意味分からん』
『のらりくらり躱されそうだし、まだるっこしいことやっても伝わらないのは知ってたからさ? ストレートに言ってみた』
彼が取るだろう反応は分かっていたし、シミュレーション済でもあった。だから余計に、アレコレぐだぐだ言わずに一言で断られたのが意外だったのだ。しかもその台詞が〝解釈違い〟。わけがわからない。
『いや意味わかんねーのはお前だよ』
『ストレートすぎ! 慎重派の雄鶏はどこ行った そもそもプロポーズすんのに想定問答?』
『そこはちょっとルースターっぽかった』
『それは思った』
『言い訳できそうなスキ見せると、逃げられそうだったからさぁ』
『怖っ!』
『間違いなくルースターだわ』
『で、解釈違いについてなんだけど、その〝解釈〟ってなんだと思う? マーヴって独身主義だったのかな。最近は知らないけど、昔はだいぶ取っ替え引っ替えだったんだよね。あれって別に結婚するつもりはないやつだったりするのかな』
『大佐の若い頃の話も気になるけど、それはまた次回』
『解釈、解釈ねぇ。プロポーズのシチュエーションが気に入らなかったとか?』
『まぁ意外とロマンチストなところはあると思う』
『それあんたが言っちゃう?』
『え、俺ってそんな感じ? そんなつもりなかったけど』
『や〜、色々聞いてるぞ、お前の戦歴。ロマンチストだけど肝心なところで雑、だとか』
『雑!』
『それは減点だわ』
話題が想像しなかった方向で盛り上がりだした。
『なぁ、俺の話聞くつもりある? このまま相談しててもいい?』
『聞く聞く。大丈夫続けて』
『つかファンボーイはどうした』
『ごめん! 遅れた!』
『待ってた』
『ログ遡ってきたんだけどさ』
『解釈違いって、大佐が言ったんだよな?』
『そう』
『あー、それたぶん俺のせいだ』
ブラッドリーは首を傾げている絵文字のスタンプを連打した。
『先月、うちの基地に大佐が来て、そん時ちょっと時間があって』
『なにそれ俺知らない』
『ルースターは口挟むな。黙っって聞いてろ』
『お前の隊はちょうど居なかったんだよ。ちなみに場所は食堂で俺以外にも何人もいたし、お供はアルコールじゃなくてうっすいコーヒーだった。んで雑談の流れでつい熱く語っちゃったんだよ』
『スタトレか』
『言い訳すれば、俺だけじゃなかった。スターウォーズとかアニメとかマンガとか語ったヤツもいた』
『なんの免罪符にもならねーよ』
『んで大佐が、そん時に出た、〝公式と解釈違いで〟ってフレーズをなんだか気に入っちゃって、それってどういうこと? って聞かれたからみんなで語り尽くした』
『なるほどお前のせいだな』
『学んだ言葉を使ってみたくて、ずっと狙ってたのかな』
『かわいい』
たしかにそれはかわいいかもしれないが、発揮するのがよりにもよってプロポーズの返事ってことはないだろう。唐突すぎた点は反省の余地があるにしても。
『ということは、ルースターのプロポーズが大佐の〝公式〟から外れてたってことだな』
『やっぱタイミング?』
『そもそもどういうシチュエーションでプロポーズしたわけ』
『マスタングの整備してる時』
『それっていつの話?』
『一時間くらい前だけど』
『???』
『お前今どこにいんの?』
『マーヴの格納庫だけど?』
『?????』
『大佐は?』
『エアストに閉じこもってる』
『LIVE中継かよ!』
『LIVE……ではないな』
『冷静じゃねーか!』
『冷静だよ。どーすっかなーって考え中』
『お前……無理やりドアぶち破ったりするなよ』
『大佐ァ、逃げてぇぇぇ』
『NCISに通報する準備はできてるからな?』
『そういう非紳士的行為はしないから心配すんな』
『だってお前、人気のない砂漠に二人きりなんて……惨劇の夜が幕開けたっておかしかねーだろ』
『それはホラーの見すぎだと思う』
『ルースター。正直なところ、〝解釈違い〟ってのは存外根が深い問題で、別の理由より難しいかもしれないぞ? だってお前に非があるわけじゃないんだからな』
『まじか』
ブラッドリーはセルフォンを握りしめて肩を落とした。シルエットが球体に近づいているかもしれないが、幸いにして映像付きの通話ではないので揶揄する人間は居なかった。
『全く望みないのかな』
文面から意気消沈を感じ取ったか、拙速を咎めていた面々が一転して励まし出し始める。
『その結論はまだ早いと思う』
『粘りのルースターだろ』
『応援してくれんの?』
『応援、ではないな』
『そう。大佐の話聞いてないからな。一方だけじゃ判断できない』
『だから今すぐ結論出そうとするなよ』
『お前ら……ほんとBest of Bestだわ』
『正直なところ〝解釈〟って人それぞれだから、よく大佐の話を聞いてみないとさ。完全一致なんてそうそうないから、歩み寄れるところを探らないと』
『……おう』
『じゃないと思わぬことが火種になる。いいか、これは非常にデリケートな問題だから、慎重に行けよ』
『肝に銘じる』
『で、ブラッドショー大尉は色々すっ飛ばしてプロポーズするに至ったわけだけど、いつ心に決めたわけ? そうするって』
『――プロポーズ自体は、初めてじゃないんだよ』
『は?』
『おい、隠し玉はあと何発あるんだ』
『マーヴは覚えてるかわかんないけど、一回目は三歳の時だって母さんに聞いた』
『Oh……』
『一回目と来たよ』
『そん時は親父も居たから、ブラッドショー家公認のはずだったんだけどなぁ』
『待て。認識がなんかおかしいぞ』
『さっきから、「待て」と「は?」しか言えてないなー』
『それ普通、かわいい勘違いだと思うもんじゃない?』
『大佐の返事は?』
『そん時は大佐じゃなかったけど』
『細けぇことはいいんだよ』
『えーと確か、嬉しいよありがとうとか言われた。そんなのもうOKだろ? 母さんと作った花冠頭に乗せたマーヴまじで王子様みたいに格好良くてさ。絶対ケッコンするって幼心に決めた』
『ちょっとー! この子、予想外に思い込み激しいんですけど!』
『そんで今日に至るまでに何度プロポーズしたわけ』
『え、覚えてない。思春期来るまでは顔合わすたびしてたから』
『食べたパンの数覚えてるかってやつだー!』
『思春期に恥じらいってのを覚えたのか』
『恥じらい……まぁ恥じらいか。マーヴの顔が眩しすぎて正面から見られなくて』
『いやさすがにそりゃないだろ。いくら大佐がイケメンだからって』
『証拠証拠!』
『写真とかないのか』
『大佐の若い頃 見たい!』
『トップガンで見ただろ!』
『二枚だけじゃん! 小さいのと横顔! 足りない! もっと寄越せ、アップで鮮明なの!』
『要望多すぎ。減るから嫌だ』
『じゃあ大佐に頼む』
『ヤメロ!』
実際教え子から懇願されたら、変なところでガードが緩いから「僕の写真になんの需要が……?」と首を傾げながら古い写真の一、二枚は渡してしまいそうだ。
そして「ルースターの小さい頃の写真も見たいです!」などと言われたら嬉々としてアルバムを取り出すだろう。絶対にやりかねない。
だがこれは、ひいては己のプライバシーを守るためであると言い訳しつつちょっと待ってろと言いおいて、ブラッドリーは写真フォルダを開いた。
一度は削除したデータを――決別の日、当時の携帯電話からデータは削除したが紙焼き写真は処分する決心がつかずに仕舞い込んでいた――再度保存し直し、今は専用フォルダにまとめてある。その中の、母が撮ってくれた一枚を選んでトーク画面に投げ込んだ。
ブラッドリーの野球の試合を見に来てくれたマーヴェリックとのツーショットだ。彼が光を放つような笑顔を見せている一方で、思春期と反抗期を併用させているブラッドリー少年は少々不貞腐れたような表情でカメラから視線を外しているが、今見れば好意を寄せているのが丸わかりな、いわゆる黒歴史にあたる一枚であった。
この時期の自分はどの写真も似たような顔をして写っているので、いわゆる自棄である。散々赤裸々な話をしてしまっているので、笑うなら笑え、という心境だ。
あんなにせっついて来たのに、滝のようだったテキストの流れが止まった。
今度はブラッドリーが『おーい』と呼びかける側に回る。
『納得したか?』
『これは……』
『すげぇ』
『正直、ルースターのフィルターがかかってるから話半分に思ってた』
『レフ板要らずだな』
『ちょっと髪が長めね』
『――たぶん、謹慎中だったんだと思う。休暇だって言ってたけど』
『謹慎ってそうそう喰らうもんじゃないだろ。なにしたんだよ』
俺もそう思う、とブラッドリーは独りごちる。休暇だ! とブラッドショー家を訪れていた日々の内、本当に休暇だったのは果たしてどれほどあったのか。
『まぁ色々? 機密で言えないのもあるけどその他のは始末書見たらわかるよ! ってことらしい』
『しまつしょ……』
今の子は優秀だし本当に真面目だ。まずちゃんと座って授業を受けてる、とミッションに参加した若者たちを評価したのを聞いた時は、あんたの時はどんだけ酷かったんだよと笑ったものだが、僕らが君らくらいの年齢の時はと続けられた内容には「これが時代ってやつか」と目眩を覚えたものである。
あのアイスおじさんにもそんな時代があったのか、同期だというベイツ少将も、もしかしたらシンプソン中将もだ。基地の上司だってそうだ。一時期上官たちを見る目が変わってしまったのは明らかにマーヴェリックのせいだった。同じ海軍に所属しているからこそわかる、はちゃめちゃさだ。知らないほうが穏やかに生きられたかもしれない。
『話もどるんだけど、ルースターは本気で大佐と結婚したいんだよね?』
『あぁ』
『大佐はなにが解釈違いだって言ってた?』
『特に言ってなかった。俺の話聞いて、解釈違いだーって逃げてった』
『なに言ったのさ』
『R18的な?』
『どっちもとっくに過ぎてるんだから問題ないだろ』
『セクハラってものがあるんだからね』
『とても口には出せないようなエゲツナイこととか』
『それはアウトだな』
『かわいいプロイポーズしてきたかつての三歳児がそんなこと言ってきたらたしかに解釈違いだわ』
『おい。そーいうことは言ってないからな。誓って』
『でも妄想はしてんだろ』
そりゃぁな、とタイピングしかけてあわててデリートした。あぶない。
『その手には乗らねー』
『性別だとか年齢差は言い訳にならない。ガキの頃からずっと好きだった。上司と部下なのが問題だってんなら、あんたが退役するまで待つか、俺が退役するから結婚してほしいって言った』
『で、解釈違い?』
『そう』
『追い込みすぎだったじゃないのか?』
『逃げ道は作っておかないと』
『普通びびって引かないか? そんだけ追われたたら』
『あんたと大佐ってこう……しがらみがあったわけじゃない? そこの部分が引っかかったんじゃない?』
『親父のこととかアレのことは確かにもっと話し合いたいトコだけど、それって〝解釈〟?』
それよりもまずマーヴェリックを掴まえておかなければと気が急いた部分が、あるにはあった。
『後ろめたいからってのは理由になるんじゃない?』
『なぁそのへんの個人的事情って俺等がこのまま聞いてて大丈夫? 事情知ってるならフェニックスと二人で話したほうが良くない?』
『悪い悪い。別に隠してたわけじゃないから平気。これまではすげー怒ってたしもやもやもしてたから口にしてなかっただけで、むしろ黙ってたらあの人に伝わんないってわかったから今は普通に話題にしてるし』
『ならいいけどさ』
『気ィつかってくれてサンキューな』
『なにが大佐の〝解釈〟と違うのか、ますます謎だな』
『ところで大佐に動きは?』
『静かだから、もしかしたら寝てるのかも』
『ルースターお前どこにいるって?』
『だからマーヴの格納庫』
『の?』
『エアストのステップに座ってる』
『ちょっと! 大佐出られないじゃん! 監禁しちゃってるじゃん!』
『人聞きの悪い。逃げられないように見張ってるだけだ』
『いやお前の巨体でドア塞いでるじゃねーか』
『窓から出られたら?』
『飛行機も車もバイクも自転車も俺の眼の前。移動手段は足だけ。格納庫のドアも無音で開け閉めできないから音でわかる』
『こ、怖ぁ――』
『それだけ聞いたら、サスペンスドラマに出てくる凶悪犯かと思うわ』
『お前らはマーヴの逃げ足知らないからそんな呑気なこと言えるんだ。マッハだぞマッハ。逃げると決めたら前線にだって行っちまう。だからがっちり捕まえておかないと。マーヴのこと追いかけていけるのなんて、もう俺だけなんだから、諦めてYESって言えばいいのに』
『そんだけ一途ならいっそ天晴だな』
『今までガールフレンドと長続きしなかったのにねー』
『え? そうなの?』
『あの人でなきゃ駄目なんだって思い知っただけだった。不誠実だったつもりはないけど』
『恨みつらみは聞かないから、酷い別れ方じゃなかったんでしょ』
『なんでそんなこと知ってんの?』
『あはー。ルースターと連んでるとね、探りっていう形で情報が向こうからやってくんのよ。こっちは全然、全く、これっぽっちも、そんな関係じゃないって言ってんのに! ヒトの話を聞きゃしない!』
『そこまで念入りに否定されると複雑だけど、色々ご迷惑おかけしております』
ブラッドリーは居住まいを正してセルフォンに向かって頭を下げた。フェニックスには見えていないだろうが気持ちというやつだ。
『マーヴ、話をしようよ〜』
トーク画面に打ち込んだところでどうしもうないことは理解しつつも、弱り切ったひと言を言わずにはいられなかった。
『俺のどこが駄目?』
盛大な溜息を吐ききった時、背中を預けていたエアストリームのドアが内側から遠慮がちに叩かれた。
はっと体を起こして背後を振り返れば、車内からぽそぽそ申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
「あの、ごめんよ、ブラッドリー。盗み聞き? するつもりはなかったんだ。本当に。結果的にはそうなっちゃったんだけど……僕も話をしたい」
盗み聞き? 結果的? 話を?
細切れに着弾したキーワードに、理解が追いつかなかった。情報がアップデートされていく間、ドアの向こうを瞬きもせずに見つめる。
『ルースター、どうした?』
『ルースター?』
再起動はまだ終わらない。
「ブラッドリー?」
ドアが押されたが、ブラッドリーの体が塞いでいるので当然開かない。わずかにできた隙間から、マーヴェリックの声がした。
「ブラッド? どうした、大丈夫か? みんなも心配してるみたいだぞ?」
「おあああああああああ」
起動音は、地響きみたいな悲鳴だった。
手汗で滑り落としそうになりながらセルフォンの画面を確認する。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉ」
そのままエクストリームの車体に頭を打ち付けてしまいたくなった。震える指でタップする。冷静な判断ができる頭はもうない。
『間違った。完っ璧に間違った』
『お? なんだ?』
『マーヴいるじゃん。マーヴいるじゃん』
トーク画面をよくよく見れば、今までテキストを送り合っていたグループメンバーの中にマーヴェリックの名前が入っていたではないか。
連絡先を交換しあった時、マーヴェリックもグループに入って欲しいとお願いしたのだが「僕が入っても……」と遠慮をされたので、まず十二名のみのグループを作った上で「俺たちだけのと、大佐が加わったやつの二つ作りますから、ね?」と説得したという経緯で、間違い探しのようなグループが二つ存在している。
ブラッドリーは初手から投稿先を誤っていたのだ。
『あ、ほんとだ』
『わざとじゃなかったの?』
『え? お前ら気づいてた?』
『今気づいた』
『聞かせたいのかと思ってた』
「早く教えてくれよぉぉぉ」
ブラッドリーはそう呻きながら同じ台詞を送信した。
『ごめんよ』
テキストと肉声とで謝罪され、羞恥心で死にそうになるってこういうことなのかとしみじみ噛みしめる。
『大佐、こんにちは!』
『お久しぶりです!』
『今度遊びに行ってもイイですか?』
『マスタング乗せてください!』
『大佐、ログ全部見ました?』
『うん。見てしまった。すまない』
『問題ないです。なら、なにが〝解釈違い〟だったのか、ルースターに説明してやってください』
『そうだね、ありがとう。心配かけたね』
『いいえ! 今度マジで寝袋担いで遊びに行きますから泊めてくださいね!』
『歓迎するよ』
その瞬間、テキストでのやりとりのはずなのに、歓声が聞こえたような気がした。
『じゃあ後はお二人に』
『ルースター、後でしっかり報告しろよ!』
『残念会もちゃんと開催してやるからな!』
『じゃあまた!』
別れの挨拶が次々に届き、そして格納庫にいる二人だけが残された。
「ブラッドリー」
「うん?」
「顔見ながらだとちゃんと説明できるか分からないから、まずはこのままで話してもいいか?」
「うん」
マーヴェリックもその場に腰を下ろしたのか、ドア越しに衣擦れの音が聞こえてきた。
「君からのプロポーズは嬉しかった。これは本当だ。でも――ブラッドショー家、つまりグーズとキャロルと君は僕にとって完璧な、理想の、家族の形で」
深く呼吸を繰り返す気配がした。
「当然君も、そういった家庭を作っていくんだと思ってるし、作って欲しいと願ってる。だから僕がその中に居るという想像ができなかった。
そこに僕が加わるということ自体が〝解釈違い〟だと思ったんだ」
昔からマーヴェリックはブラッドショー家をアイドルのように見ていて、自分は一番のファンであるというスタンスを取ることがあったが、そういうことだったか。
なるほどファンボーイ、〝解釈〟ってやつは確かに根が深い問題ですり合わせるのに骨が折れそうだ。でも自慢じゃないが執念深さには自信がある。何年だって付き合ってやるぜ。
「話してくれてありがとうマーヴ。とりあえずその想像ができるように頑張るから、覚悟して」
しかしてしばらくの後、十三人のメンバーが登録されたトーク画面に、次のテキストが投稿されたのだった。
『マーヴと結婚することになった。パーティーの準備よろしく』
end.