天体観測 それは新月の夜のこと。暗闇にふわりと淡い金髪を浮かび上がらせた爆豪が、不意に天上を指差しながらテメェはどれくらい星を知っているかと訊いてきた。星座の知識を問われているのだろうか、小学校で習った位の知識しかねぇと返すとじゃあまずはお勉強だと呟き、その次のデートはプラネタリウムで夏の星座についての知識を簡単にレクチャーされた。
『爆豪は星が好きだったのか?』
『まァな、山の天辺から見る星は悪くねぇ』
なるほど、ではこの学習はいつか山登りに連れて行ってくれた時、一緒に星空を楽しむためだろうか。何となくこういう事前学習させるような流れは爆豪らしくない気もするけれど、恋人同士になってこうして隣に立つようになってからはまだ日が浅い。友達だった頃とは少しずつ距離の詰め方も変わっていくのかもしれねえ、そう思うと星空の勉強にも身が入る。
『あっちがアルタイル、ベガ、んでデネブと合わせて夏の三角形、だったよな』
『別に星座を覚えろって言ったんじゃねェけど、まァいいか、その方が覚えやすいから星座っつう発想が生まれたんだろーし』
段々と解ってきた、爆豪が促しているのは天空に星座を見出すことでも、輝く星が何等星かでも、星の名前でもなくて星そのもの、この天上のどこにどんな輝きが散らばっているかなのだ。そうと解れば余計な知識を一旦忘れて星空を見入ることに徹する。そうして晴れた夜の22時、きっかり22時に爆破の個性を使って空に飛び上がる爆豪の首に抱き付いたまま、パジャマ姿で天体観測をすること5回目、プラネタリウムを入れたら計7回の天体観測を終えた所で、
『明日から数日任務で留守にする。テメェは俺がいねェ間もちゃんと勉強しておけ、復習もだ』
『夏の星空ならもうすっかり覚えたぞ。俺は爆豪の身体のどこに黒子があるか全部覚えているんだが、それと同じ要領だと思えば意外と簡単に覚えられた』
『キモいわ変態クセェ』
思ったままを言ったら怒らせてしまったが、耳まで真っ赤なところをみると照れ臭いだけだろう。その夜、暫く会えない分とばかりに何度も身体を重ねる間、爆豪はいつになく優しく甘かった。
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今回の任務は軍も絡んでいるため極秘事項、例え恋人や家族と言えどそのミッションの内容を話すことは出来ない。して、その目的はヴィラン側が情報収集のために打ち上げた違法な人工衛星を撃ち落とすこと。本来は軍隊の仕事だが、衛星をステルス機能の個性持ちのヴィランがガードしていて、コンピュータで制御されたミサイルでは軌道を外されてしまうという。さらには軌道を外れたミサイルは下手すりゃ陸上に墜ち、たちまち大量殺戮兵器と化すときた。つまりは人間ミサイルみたいなことができる個性持ちが複数人選抜され、威力と精度の高さで最終的に俺が雇用された訳だが、
『成功率は?』
ヴィランの底が知れない限りは出たところ勝負って、こりゃどんな博打だって感じだが、大昔と違って情報戦争の時代だ、100人のヴィランを倒すより人工衛星を落とした方がずっとヴィランを抑えるのに効果的だ。この作戦は無謀だがヒーローとして見過ごすわけにはいかねぇ、
『なる程コリャ俺向きの仕事だなァ』
『大・爆・殺・神ダイナマイト、遺書が提出されていませんが?』
『ンなもんいらねーわ絶対死なねェから』
決まりデスだと?あーうるせー、んじゃ一筆書いたるわっ。そうしてターゲットギリギリまで軍用機で移送され、重々しく開いたハッチからステルススーツに包んだ身体を投げ出した。
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ああ、眠い、そろそろ22時だ。このところ爆豪と一緒にこの時間に星をみるのが習慣になっていたけれど、元々早寝早起きの俺達はこの時間に起きていることが珍しい。
(そういや爆豪は何でこの時間に天体観測を繰り返したんだろう?)
日の長い夏といえど20時には日が沈み天体を観測することは可能だというのに、どうして爆豪は俺たちが眠気を覚える22時にわざわざ星を見ようと提案したのか?この7日間ずっと22時だったからには、爆豪がいない今夜も22時に空を見ろというサインのような気がする。
(爆豪は特に白鳥座のデネブという星を見ていた)
これはきっと夜の22時に白鳥座の方角を見ろということだ。考えるべきは何故爆豪が暗号めいたメッセージを残していったか、
(それはきっと任務に関することだ)
普段から任務のことはあまり喋らない爆豪だが、それでも通常ならどこに何をしに行くかくらいは言って出掛けていく。それが何も言わずに出掛け、一方で一週間もかけて俺に暗号を残した。同じヒーローである俺にも言えない任務、緘口令を敷かれるような内容、それはきっと国家や軍に関わること。そして爆豪は執拗に俺に星空を見るよう教え込んだ、場所も、時間も特定してー
(まさか、爆豪は)
生死に関わるような任務に向かったってことじゃないだろうか?例えば、例えば、何だ?爆豪の個性に特化した、爆豪にしか出来ないような無茶振りの任務とは?
ふとポケットの中のスマートフォンのアラームで我に返る。時刻は21時55分、画面に映る文字は“天体観測”
俺はスマートフォンを握りしめて外に飛び出し、なるべく街の明かりが届かない場所まで最速で移動しそして22時ジャスト、睨みつけた白鳥座辺りにチカチカと煌めいたそれは、
『流れ星…!』
小さな煌めきが幾つも流れていく。流れ星の正体は燃えて大気圏に突入した小さな星、
(星を堕としたのは爆豪だ)
爆豪はこれを見せる為に1週間もかけて俺が22時に星をみるように仕込んだ。それは流れ星を見せる為じゃない、爆豪はそんなロマンチストではない。自分がいつ何処で何をしたのかをリアルタイムで俺に解るように仕向けた、それはきっと、
(俺の知らない所で死んだ時、俺に解るようにしたんだ)
今、爆豪のスマホに連絡をしてもきっと繋がらない。それでも俺は爆豪に電話を何度か掛け続け、日付が変わる頃にやっと繋がると爆豪は開口一番、
『ちゃんと天体観測したか?』
ああ、生きていた!
『見た、肝が冷えたぞ』
そこで改めて任務の内容を聞きながら俺はその場に座り込む。怪我してねぇか、こんな大事を抱えていたなんて、早く帰ってこい、ちゃんと生きているか確かめてえ、
言いたいことは沢山あるが、電波が悪いのか殆どは雑音に飲まれて消えていく。
爆豪はどんな思いで7日間を過ごしていたのだろう、そしてどんな気持ちを抱えて出掛けたのだろう。
数日後、爆豪はスーツケースを片手に帰ってきたし、後日爆豪からの遺書も届いた。遺書の中身は“美味しい蕎麦の茹で方”、何だこれは、
『何でもいいから書けっていわれて書いただけだわ、この俺がテメェ置いて先に逝くとか絶対ねェからなァ』
それは嬉しい、爆豪に先に逝かれたら俺はとても悲しくてきっと大好きな蕎麦さえ喉を通らなくなっちまう。
『爆豪、今度星をみるために山登りに連れていってくれねぇか?オマエと一緒に満点の星空を見てみたいんだ。それで、もしも流れ星を見かけたらお願い事をしてぇ』
何だ、せっかく流れ星作ってやったのに願わなかったのかよって呆れた顔をするけれど、それどころじゃなかったんだ、なぁ爆豪、絶対にお前と死に別れないってお願いがしてぇんだ。