八重歯の話「どうしたんだい？私の歯が気になるのかい？」

僕がルカのことをじっと見つめていたことが、いつバレたのだろう。視力が殆ど低下していると以前に教えられた左側から眺めていたと言うのに。
相変わらず隙のない男だと感心しながら、「いや、別に。」としらを切ることにした。勿論そんなことは通じる訳もなく、ルカはくるりと椅子を器用に回したと思うと、僕の方に視線をくれ苦笑いをしながら首を傾ける。
「そんなに見つめられては、穴が空いてしまうよ。」
照れ臭そうに頬を掻いたのを見て、自身がそこまで熱烈に見つめていたのかと、どこかバツが悪くなる。しかし、指摘通りルカを、いや、ルカの歯を見つめていたのは確かだった。
「お前の歯は」
「ん？」
「何故お前の歯はそんなに尖っているんだ。野生の動物じゃあるまいし。」
こんなことを伝えたかった訳では無いのだが、語彙力もなければ学もない僕には器用な伝え方など分かるはずもない。何故と言われても、そのような体質だからに決まっている。僕だって、何故そんなに白く生まれて来たと言われても首を傾げて「神に聞け。」とでも吐き捨てるしかないのだ。
答えの出ない問答を前に、ルカは「大分酔ってるだろ、君。」と僕の首に触れたかと思うと温度を測っている。食堂で勧められた酒を一口飲んだが、自身が酔っているとは思えずに、少しだけ腹が立ち「触るなよ。」と不器用に手を振り払った。ルカは臍を曲げる様子はなく、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「何故…と言われても困るのだが、うーん、そうだね。」
どうやら僕の下らない問いかけに対して、目の前の自称天才発明家は答えを弾き出そうと顎に手を当てて、視線を逸らした。そんなことに答えなど出るわけがないし、適当に受け流しておけば良いものの、どこで気が向いたのだろうか。僕はその間も、ルカの形のいい唇の間からチラリと覗く尖った歯を見つめた。
暫く奴は考え込んでいたが、その間も僕はルカを盗み見るいい時間になったのだから、部屋に来た甲斐があったと言うものだ。ルカもこれ以上、発明の時間を邪魔されるのは御免だろう。こいつは考え込むと周りが見えなくなるところがある、その間に退散しようと、僅かに残った理性と良心が働きかけてくる。かたりと椅子を引き、散乱した床のものを踏まないように気をつけながらドアの前まで来たつもりだが、ドアノブを握った手が動かない。よく見たら、ルカの手袋が、いや、ルカの手が僕の手の上に乗っているのに気付いた。
「折角私に問題を出したのだから、答えを聞いて行きたまえ。責任感がないぞ。」
「…何だよ、ずっと考えてるから、もう忘れてると思った。」
「そんなわけ無いだろう。」
ルカのもう片方の手が、僕の腰にするりと蛇のように絡みつく。僕より身長が低いくせに、ルカの仕草は淑女をエスコートするように洗練されていて、そして狡猾だ。いつの間にこんなに近くに来たのだろう、ルカの吐息が僕の頸にかかり、ぞくりと肌が泡立つ。あ、やばいと直感した最中。

「答えは、君を喰らうための牙だ、ということにしようか。」
意地悪に笑う声がしたかと思うと、僕の後ろ首にぐさりした痛みが走った。冗談を言うな馬鹿野郎と思ったが、捕食されている動物と言うのはこう言った気分なのだろうか。無防備に急所に噛みつかれ、僕の口からは「ひっ」と言うような引きつるような息しか溢れなかった。ドアノブを掴んでいた手を取られたかと思うと、ずるずると部屋の中へと引き戻される。その間にも、がぶりと至る部分を噛みつかれ、何がこいつを刺激してスイッチを入れているのか僕には理解不能だと吐き捨ててやりたい。自称、僕を喰らう牙をのぞかせながら、ルカは楽しそうにニヤリと笑っている。
「…お前は馬鹿だと思う。」
「おや、失礼だな。こんな天才を捕まえて。」
（自分で言うか。）と思ったが、その言葉が溢れる前に、僕の息ごと全てルカの口内の中だ。わざとらしく、がりと舌を甘噛みされ、ルカの長い舌が好き勝手に口内を弄る。もう考える暇などなく、僕の思考は下らない問いかけごとフェードアウトしていくのだった。