「目を閉じなさい。」とルカは言った。
牧師が指導を行う時のようなルカの命令調の言葉遣いが、僕は苦手であった。
虐げられているような気がするからとか、逆らえないような気がするからとか、そんなことではない。ルカに教えられたことに対して従えば、間違いを起こさないような、嫌な信頼感が芽生えてきていることが苦手なのだ。
人の気分次第で、自分の根底が揺らぐような信頼は、言い換えれば依存とも言う。そんな不確かな土俵の上で落ち着いていられる程、僕の人生は甘く等は無かった。他人に自分の意義を見出すなど、あってはいけないことだ。
だと言うのにルカが「目を。」と蕩けるように柔らかく目を細めると、僕の視界はぐらぐらと揺らいだ。ルカが長い睫毛を伏せ穏やかに口元に弧を描くと、僕の心臓も視界と一緒に忙しなく騒ぎ出し、コントロールが効かなくなる。

怖い、ルカに自分のすべてが絡めとられて飲み下されるような感覚は恐怖で震える。足元が覚束なくなる。手が行き場を失くし、コートの袖をぎゅうと力強く握る。
だと言うのに、僕の感情が体に置いて行かれたかのように、自然と瞼が落ちる。これではだめだと頭では警報が鳴っていると言うのに、協会の讃美歌を無視した時のようにそれを受け流す。ルカの作る暖かな羊水のようなぬるま湯に、もう漬かり始めているのだと薄らと涙を浮かべてごくりと喉を鳴らした。
自分でも震えていることを自覚している体を、ルカは引き寄せたかと思うと、既に無くなった視界の先でくすりと笑う声がした。

「良い子。」

唇に柔らかな感触が触れる。乾燥しカサついた皮膚は、お世辞にも心地よいものと思えない筈なのに、ルカのそれであると言うだけで、ぎゅうと胸が締め付けられる思いにもなる。気持ちいい、気持ちいい、それしか考えられない。
ちくりとした八重歯が当たる感触と共に、何度も教えられた悪魔の誘惑のような教えを守り、僕は薄らと口を開いてルカの舌を迎え入れた。